028-太陽の下の巫女
エムネアの勧めもあり、また船の補給そのほかで1日ほしいという連絡もあり。
そんなこんなでシャク=コターンの神殿で一泊していくことにしたふたりだった。
神殿は天然石製だが、まるでひとつの巨大な岩から削り出したようにつなぎ目がなかった。
しかも表面は滑らかで、削った痕跡ひとつない。
「コンクリートじゃないよね?」
『天然石だよ。削り出しでなく変形だけどな……魔法技術さまさまだよな』
「そうなの?」
『科学の力だと、そういうのは逆に難しいよ』
「へぇ……」
だんだんと夜に近づく神殿だが、まだ昼間の喧騒が残っている。
思い思いの姿で仕事している巫女や神官たち。
アマルー領の中だというのに種族を問わない。
男もいるが女の方が多いのも特徴だった。
「ほんっと、コータの行く先はどこも女だらけね。なにあの格好」
ミリアは、全裸や半裸で徘徊するものが多いのが気になるようだ。
『アマルー仕様だからね。この星ってアルカにはちょっと暑いでしょ?』
「たしかに暑いけど、だからって全裸はないでしょ」
『そもそも服、あんま売ってないんだよね』
「……じゃあ女が多いのは?」
『そりゃあ、ここが「風渡る巫女」の大神殿だからだよ。
キマルケ巫女に女が多い理由は話したよね?』
「それはまぁ」
コータは神殿の天井を見上げた。
視線を追いかけてミリアも見た。
そこには誰かが昔描いたらしい、壮大な絵画があった。
「王様?」
『そう、キマルケの王様』
「キマルケの」
ずっと昔に滅ぼされた国、キマルケ。
なのに二千年の時を越えて巫女が突然に復活したり、神殿を復興したり。
ミリアにとっては「わけわかんない、なんなのその国?」というのが正直なところ。
『アマルー最後の王、金色王って呼ばれる人だってさ。
ほら、あそこ。王妃の席で寝てる巫女がいるだろ?』
「いるいる」
明らかに王妃じゃないだろうって娘が、王妃用と思われる席で爆睡している。
ごていねいに、よだれまで垂らしてる。
でも、それを誰も咎めていない。
王様ですらも。
近くに控えている中性的な顔の騎士も、困ったような顔でしかし優しげだ。
壮大な絵柄のはずなのに、どうしようもなく肩の力が抜ける絵だった。
『メルさんの下の名前、エドゼマールっていうだろ?』
「うん」
『エドゼマールってのはね、正確な訳は忘れたけど、エレとエドセルの娘って意味なんだって』
「エレとエドセル?」
『あの眠ってる女の子がエレ。フルネームはエレグァラント、だっけかな?
で、あの騎士みたいな格好のひとがエドセルだってさ』
「ふーん、つまりエドゼマールって、昔のひとにあやかったものだと?」
『いんや、メルさんは本人たちに名前をもらったんだと』
「そう、本人に……ってどうやって?二千年前の人なんだよね?」
『二千年前のキマルケに行ったんだって。
巫女の名前には特別な意味があるから、メルさんはそういう意味で本当にこのふたりの娘なんだってさ』
「行った?どうやって!?」
『夢の中で、たぶん精神だけで時を越えたとかいってたかな。さすがメルさんだよね』
「……なんでもありだね、もう」
ミリアは額に手をおさえ、ためいきをついていた。
『おや、理解をあきらめた顔』
「それもあるけど、そろそろ限界」
『おっと』
そういえば、ミリアの顔が妙に火照っていた。
もってきた服が暑すぎたようだ。風通しのよい薄く白いワンピースなのだが。
これはいけないと、コータも気づいた。
「なんでコータは平気なの?」
『むしろ僕は、カルーナ・ボスガボルダが寒いんだよ。ちょっとまって』
「え?」
『そろそろビーチが涼しいはずだ。借りよう。おーい』
そういうとコータは、そこいらを歩いている下級巫女らしい子に声をかけた。
「あ、はい、なんでしょう?」
「……うわぁ」
もはや、見ている方が恥ずかしいとミリアは視線をそらした。
アマルー族なので毛皮で目立たないが、その娘も完全無欠のすっぽんぽん。
しかも全く恥ずかしがりもしない。
ためいきしか出なかった。
『ビーチを借りられるかな、この子、服の選択がね』
「あら大変、ちょっとまって。アヤネー、どこ、アヤネー」
はーいと答える声が遠くから聞こえた。
「アヤネこっち!ビーチ使いたいって!」
やはり、はーいという声がして、今度はコータも反応した。
『アヤネ?』
「遠い星からきた新人ちゃん」
つまり例の子供たちのひとりか。
「アルカだけどイタズラしちゃダメよ?」
『いや、しないって』
「しちゃダメだよ?」
『ミリアまで……なんなんだよもう』
「あはは」
■ ■ ■ ■
「あの、ごめんなさい。荷物ありがとう。本当にありがとう」
『いいよいいよ、君は何も悪くない。お邪魔するね』
「はい、ごゆっくり」
アヤネという少女は怪しい発音であるものの、きちんとアマルー語で案内をして去っていった。
しかも、結果として呼びつけたのに顔も出さない仲間たちについて謝罪もしてくれた。
その丁寧な態度に、ミリアもようやくごきげんになった。
「ちょっと前まで日本の学校にいたとは思えないね……」
『駆け出しっていっても、ちゃんと巫女してるんだな』
「うん、いたずらしたらダメよコータ」
『それまだ続くの?』
「あはは」
プライベートビーチは本当に誰もいなかった。
ところどころに大きな木があり、その影はとても涼しい。
しかも休憩用ベンチにサマーベッドっぽいものまである。
迷わずミリアは服を脱ぎ捨てた。
コータは退席しようとしたが、目ざとくミリアに首根っこつかまえて残された。
「コータはここ」
『僕も男だよ。種族違うけど、そこは考えよう?』
「ここ」
『いや、なんで不思議そうな顔する?』
「……」
『いや、なんでそんな悲しそうな顔するのさ?』
「ほら、ここ」
『わかったわかった』
とはいえ、そういいつつコータも逃げない。
おそらくミリアが捕まえなかったとしても、木の反対側で寝ているだけだったろう。
地球からボルダへの旅の時とは違う、確かな絆がふたりにできているようだった。
サマーベッドに横になり、そばにあったタオルケットっぽいので下腹部をガード。
女の子は、おなかと腰は冷やしちゃいけないの。
そう言いつつも、疲れていたのだろう。ミリアはすぐにスースー寝入ってしまった。
だけどコータは、そんなミリアに静かに──ただし、人間用でない肉声で語りかけた。
「おい、起きてるだろ」
『……ええ、でも、たぶん話せるのはこれが最後よ』
「え、そんなにか?ずいぶんと早いんだな」
『それだけ、この子がすごいのよ』
「……」
『すごい女捕まえたわねコータ。言い方は悪いけど、ある意味バケモノよ』
「……そんなに?」
『空間属性なのは、この女の才能のほんの入口でしかないの。本性出すのは、まだまだこれからよ』
「ほほう……いや、おまえが言うならそうなんだろうな」
『精霊女王様だっけ、あの存在が確保しようとするのも無理ないわ』
「……そこまでか」
ミリアに融合したはずの、コータの幼なじみの声。
さすがに肉声ではないが。
でもコータには、とても嬉しいものだった。
彼らの『融合』スキルは地球の某漫画に出てきた宇宙人のソレのように一瞬ではない。
実は結構時間がかかり、少しずつ混じっていくのだ。
普通はそんなこと自覚できないものだが、コータの幼なじみは普通では無い。
その余裕で、冷静に分析までするありさまだった。
「こわくないか?」
『むしろ楽しいわ。もう王族の義務もないし、ずっとコータといっしょだもの』
「……おまえなぁ」
『融合がおわったら、わたしの身体も普通に使えるようになるはず。もう少しよ。
だからコータ、そうなったら、わたしの身体をちゃんと使いなさい。オスとして。
大丈夫、この子なら使いこなせるわ』
「……いいのか、おまえはそれで」
『全然ウエルカムよ。……あ、ごめん』
「お、おい」
『うふふ……ほんとうにもう、最後みたい。ごめんね。
ねえコータ』
「なんだ?」
『ひとつ聞いてほしいの』
「なに?」
『もう「僕」はやめましょう?』
「……」
『あの時の約束を守ってくれて、ありがとう。本当にうれしいわ。
でも、わたしはここまでなの。
もういいよ、ね?』
「……」
『コータはもう一人前のオスだもの。「俺」でいいと思う』
「……わかった、そうする」
『うん、それで……』
「おい!」
声が一度とぎれて、そして。
『コータ……■■■……わた、あたし……あい、し、て、る、』
女の声は今度こそ、完全に途切れてしまった。
「……■■■■■■■」
コータは悲しげに鳴いた。
最後のつぶやきは、たぶん彼らの種族の葬送の言葉。
この世界の人には聞き取れないものだった。
そして。
「──おひめさま、いっちゃったね」
『気づいてたのか』
「うん、ごめんね」
『君は何も悪くないよ、悪いのは僕だ』
「コータ」
『ん?』
「おひめさまと約束」
『あー、うん……わかった、そうだな、「僕」はもうおわりだ。
これからは「俺」でいく。ごめん』
「いいよ。コータって、ほんとはもっと男らしく喋るんだよね?」
『ふん、あとで直せっていってももう直さないぞ』
「うふふ、いいよそれで……コータ」
『あ』
ミリアは起き上がると、コータを抱きしめた。
ぽろぽろと涙がこぼれた。
「──かなしいね、コータ」
『……ああ』
コータは力なく、ただミリアに抱きしめられた。
ただそこには、静かな時間だけがあった。
■ ■ ■ ■
ミリアとコータの2度目の旅は、こうして終わった。
もちろんこのあと帰路もあるのだけど、それはまたそれ。
さらに大量の猫耳っ子やアマルーの子供たちに襲撃されたり、多少の出来事もあるのだけど、それも今回の旅そのものとは別の話。それもまた別枠で語られることになるだろう。
異世界からやってきたコータの幼なじみ。
その幼なじみと融合し、その事件を経て変化したふたりの関係。
彼らはまた、一歩前に進んだのだった。
第二話終わりのはずでしたが、閑話のあとに後日談があります。
それをもって、第二話終わりです。




