026-シャク=コターン
まったくの余談であるが、惑星シャク=コターンの名前には特別な意味がある。
この星系はもともと熱い恒星を中心に持たず、永遠に凍てついた世界だった。
放浪するはぐれ星、つまり系外の恒星を引っ張ってきて温めてはみたものの、やはり資源くらいしか利用価値がない……そう思われていた星に命の息吹を吹き込み、豊かな海の惑星に変えてしまったのは昔のキマルケ巫女だった。
彼女は遠いキマルケからふたりの巫女だけを連れ、やってきて祈り始めた。
たったそれだけ。
たったそれだけのことで──半年後には、命を根付かせるには万年かかると言われた惑星シャク=コターンは、魚と海獣の楽園たる豊かな海の星に変わってしまった。
いったい、この生き物たちはどこから?
そう尋ねたアマルー領の人々に、彼女は平然と微笑んで答えたという。
星の夢からと。
『星の夢』。
この時の巫女の言葉がつまり、この星シャク・コターンの名前になったわけだ。
ちなみにこの名前については、もうひとつエピソードがある。
コータたちの魔法の師匠であるメル・エドゼマール嬢。
彼女がこの地に赴任して、すでに百年以上がたっているわけだが、彼女はこの星の名前をはじめて聞いた時「シャコタン」と聞き間違えて首をかしげたのである。
この発言、オリジナルより音節が短く発音しやすいのも災いしたのか、気がつくと予想外に広がり、多くの人がシャク=コターンをシャコタンと覚えてしまっていた。
そして、気がついた時には。別名として宮内庁発行の辞典にまで記録されてしまったという。
まるで笑い話だが、本当にあったことである。
■ ■ ■ ■
雲ひとつなく晴れた美しい空を、急いで降りてゆく。
ショートカットしたとはいえ、2000光年以上の彼方からの届け物なのだ。先に届けてしまおうとコータたちは考えていたので、そのきれいな空を横目で見ながらの降下だった。
さて。
地上に降りると、さっそく待ち構えていた者の姿をセンサーがとらえたのだが。
「子供たちがいない?」
『エムネアさんがいるのか、ということは彼女が代表だろう。いこうミリア』
「わかった。ローラさんいってくるね!」
『ああ、いっといで。こっちは息子と燃料の手配をしとくヨ』
【受け渡しの荷物はカートにいれて出口に移動させました。カートごと渡してください】
「わかった」
■ ■ ■ ■
船外に出た瞬間、ミリアがピクッと反応した。
『どうした?』
「?」
『何かあったのか?』
「んー、気のせいかな?」
『ふうん、とりあえず僕は何も感じなかったかな。
ま、今はとにかくいこう。気になるなら、あとで確認すればいい』
「そうだね、わかった」
■ ■ ■ ■
簡易タラップから下に降りると、白猫のアマルー族女性がふたりを出迎えた。
他には小さな女の子がひとり。やはり船内から見た通り、他には誰もいなかった。
「はじめまして、エムネア・パルティ・アマルーです。教員をしております。
遠いところ本当にありがとうございます。
コータも、おひさしぶりね」
『やあエムネア、おつかれさん』
「ミリア・ユービです。これが荷物です」
「ありがとう、発電装置まで用意してくれたのね。みんな喜びます」
「そのお礼はソルに駐在しているオン・ゲストロのスタッフに。ところで子供たちは?」
日本の子供たちがいないのは気になるところだった。荷物の持ち主なのに。
なにか意見の相違でもあったのだろうか?
小さなアルカの女の子がひとりいるが、あきらかに就学前の幼女だし、つけている猫耳としっぽも気合が入りすぎている。生徒たちとは別枠だろう。
「ごめんなさいね、あの子たちは、まだ心の折り合いがつかないんです」
『あー、そういうこと。では伝言を頼んでいいかな?トカゲのおじさんたちが心配していたと』
「地球にいたオン・ゲストロの皆さんですね。
わかりました、たしかに使えます。ありがとう」
「?」
首をかしげるミリアに、ミリアの腕の中にいるコータがコメントしてきた。
『ミリアは、自分たちの帰属先にボルダを選んだよね?』
「うん、わたしボルダ人だもの」
迷いなく答えたミリア。
『子供たちは迷ってるのさ。
そりゃま、当然だ。
ずっと小さな日本の田舎で暮らしてたのに、いきなり遠い異星で未来を決めろって方が無理があるしね。
そういうのが不協和音になったり、不安定要素になってるんじゃないかな?』
ミリアの帰属心はボルダにある。
今もフルネームには母の名前が残っているが、母への想いと地球との関わりは全然別の話だ。
でも、子供たちにはミリアみたいな決定的なバックボーンがない。
だから迷う。
『僕らもボルダでモメたろ?
一番上でも小学生らしいし、保護してる人たちも急がせる気はないだろうね。
でも、子どもたち自身はそう思ってないはずだ。
ま、色々あって当然だろ……そう思うんだけど、どうかなエムネア?』
「ええ、その通りよコータ」
そういうとエムネアは微笑んだ。
『そうなると、たとえ本人たちが望んでも僕らは会わないほうがいいね。
もう少し成長してそういうことを乗り越えるまでは、ミリアのように明らかに日本人ですって外見なのに異星を選んだ子は、まだ刺激が強すぎる……そうだよねエムネア?』
「ええ、そうよ。さすがねコータ」
『あのね、僕にまで先生モードにならなくていいんだよ。君は本当に先生だよね』
「うふふ」
『いや、ほめてないからね。僕は』
ちなみに、また女友達なのであるがミリアは嫉妬しない。
なぜならエムネアという人物は、誰にもわかりやすいレベルでいかにも小学校の先生か、あるいは保育園の保母さんかという雰囲気をまとっていたからだ。
その強烈な母性は、ミリアに嫉妬心を全く抱かせなかった。
「そっか……あれ、でもそしたらこの子は?」
小さな女の子にミリアが目を向けた。
そんなミリアを見て、女の子はふんすと何故か気合をいれると、いっぽ前に出た。
ピクピクと動く耳としっぽが可愛い。
「アヤカ・リ・エムネアの2」
明らかに地球式ではない名前。
堂々とそれだけ言うと、エムネア女史に再びはりついてしまった。
ミリアは微笑むとしゃがみ、きちんとアヤカに目線をあわせた。
「よろしくアヤカ、わたしは、ミリア・ユービ。ミリアでいいわ」
アヤカがアマルー語で挨拶したので、それにあわせてアマルー語で答えた。
もちろんアマルー語は予習済みである。新人くんだがミリアも立派な社会人なのだ。
『僕は、コータ』
「……よろしく」
ちゃんと通じたようだ。ミリアにもコータにもきちんと反応してくれている。
よかったと内心、少し安心するミリアだった。
『仮耳に仮しっぽまでつけてるってことは、もう申請済みなの?早くない?』
「宮内庁の許可も出たわ。今、新しい体作ってるけど、それまでに心変わりがなければ、この子は私の養子でなく実子になるわ」
『この歳で!?』
「ええ」
『マジか……すごい子なんだな』
うなるコータに、ミリアが首をかしげた。
「ごめんコータ、わかんない」
『ミリア、この子の耳としっぽは飾りじゃないよ、完全に彼女の一部なんだ』
「え、そうなの?」
『ああ。今、エムネアの遺伝子を元にアマルー族の体を作っているんだ。
完成したらそちらの体に移動して──この子は種族的にもエムネアの実子になるんだよ。
耳としっぽはその準備。
アマルー族の耳としっぽは感情表現のために必要だからね。今から慣れておくんだ』
「すごい……でも」
耳としっぽをつけているといってもアヤカはどう見ても地球人だ。
種族変更?
こんな小さな子に、そんな重たい選択をさせるつもりなの?
そういうのは、やるとしても大人になってからがよくないか?
そんなミリアの疑問をひきとったのは、なんとその小さなアヤカだった。
アヤカは再びミリアの前に出てくると、きっぱりと告げた。
「アヤカはマアの、エムネアのこども。ほかはいらない」
「……そう」
ほかはいらない。
小さい子ゆえの全く配慮も何も無い、しかし大変わかりやすい拒絶。
ミリアはそのひとことで、だいたいのところを察した。
ゆっくりとミリアはアヤカに近づくと、にっこりと笑った。
「そっか、よかったね。エムネアさんは、お母さんはやさしい?」
「うん、ときどき、ぽんこつになるけど」
「あら」
「あらアヤカ、わたしがいつポンコツになったの?」
「たまには、ちゃんと、朝おきよう?」
「あはは、そうね」
どうやら朝はアヤカが起こしているらしい。
仲良しだなぁとミリアは思った。
対等な立場で「よかったね」というミリアに良い印象をもったのか、アヤカも上機嫌だった。
「コータ、せっかく帰ってきたんだし、ゆっくりしてらっしゃい」
『僕らがいると、子供たちの行動に制限がつくだろ?次でいいよ』
会うのが微妙なら、顔をあわせる危険も避けるべきだろう。
そういったらエムネアがふふふと笑った。
「なら神殿に泊まりなさいな。子供たちは一部を除いて、神殿本体の敷地には入らないから」
『そりゃ神殿には入らないだろうけど──一部って?』
「下級巫女になった子がいるの。アヤネって子なんだけど。アヤネは会っても大丈夫よ」
『え、地球人が巫女に!?』
「コアもちがいたの。メルちゃんが目覚めさせたわ」
『マジか……地球人にいたのか。それはまた』
「それがね、結構比率高いのよ。子供ばかりってのもあるだろうけど」
『あ、誘引効果』
「そうよ、さすがに知ってるわね」
「?」
コータが驚いたのに、ミリアは首をかしげたのだった。
誘引効果:
特殊能力者がいると、それに影響されてその周囲にも特殊能力者が出やすいということ。
これは遊泳にたとえるとわかりやすい。
人体は構造的には遊泳可能だが、そもそも泳ぐことが生活史に入っていない。水かきもない。
だから、泳ぐという概念すら知らずに育った人は、当然ながらまったく泳げない。
ちなみに日本の場合は島国であり、古来から伝わる泳法もあった。そして近代化のおりにも「必要あり」と水泳をカリキュラムに加えた。
そんな事実があるので、現代日本人にとり遊泳は特殊技術ではない。
むしろ、水辺で理由もなく泳げない人がいると、基本くらいと教えてくれるお人好しまでいる始末だ。
だけどこれは地域的なものであり、全世界基準ではない。
遊泳とは特殊技術なのである。
同じことが魔術・魔法にもいえる。
ボルダでは、道を歩けば魔術師か神官にあたるし、学校でも教える。学ぶ機会も多く、そして体質的にも、ボルダ人とそれらの親和性は非常に高い。
さらに、ミリアに素質があるのに学ぶ機会がなかったと知ったコータは、普通に彼女に魔法の基礎を教えた。その必要もなく、仕事の範疇でもないのに。
つまりは日本の水泳と同じ。
その地域で生まれ育つと容易に刺激を受けるし学習しやすいという意味で、日本の水泳とボルダの魔術には共通点がある。
いうまでもなく地球には、魔術を使う者はいない──たぶん。
だけどそれは、地球人に魔術が使えないことを意味しない。
それは水泳と同じく、単に方法を知らないだけかもしれないのだ。




