024-待ちぶせるのは歌だけでいいです
『フル加速しろ!』
【了解】
刹那、コータが叫んだ声にピアン号が反応した。
船内に軽いショックがあり、たちまち加速をはじめた。
『坊や!?』
ローラの驚く声が響いた。
【問題ありません】
『──ええ、ああ、なるほどね。そういうことかい』
ミリアもそうだが、ローラも刹那、周囲の掌握が遅れたようだった。
コータもそれは同様なのだけど、それでもコータが叫んだ理由は簡単だった。
完全に囲まれるよりは、追われる方がまだマシ。
単に自身の経験則からそうしただけだが、それはピアン号にとっても同意見だったようだ。
そして、すぐに状況説明が始まった。
【ワームホール出口に待ち伏せされていました、申し訳ありません。こちらの考慮不足だったようです。
コータさんのとっさの指示のおかげで、出口で敵側に捕まらずにすみました。
しかし捕捉されている事実は変わりません。このままでは捕まってしまいます】
『いいけど、さんはいらないよ』
【了解】
『ふむ、たしかにこれはまずいネ』
「逃げられないの?」
『まぁ、こっちはただの旧型船だからネ』
航宙船舶に疎いミリアの指摘を、ローラが引き取ってくれた。
「ハイパードライブで逃げられないの?」
『無理だろうな。だろ?』
【はいコータ、演算要求を妨害されています。これでは飛べません】
『なんてこった、これじゃ通常飛行も制限されちまうだろ』
【ご明察です】
『あたっても嬉しくないよ』
【ですねえ】
仲良くためいきをつくコータとピアン号のコンピュータを、女性陣は生暖かい目で見ていた。
さて。
通常と違う空間を通るハイパードライブは、事前に難しい計測と演算が必要だ。
そんな設備も演算能力も持たないピアン号のような船の場合、銀河に点在する演算ターミナルに計算依頼を出し、その回答をもって飛ぶ。
その演算要求を妨害されたら?
簡単だ、ハイパードライブできなくなるのである。
しかもピアン号は低コスト船なので、高速移動用にもハイパードライブ用のエンジンを流用している。
ということは。
計算妨害されてしまった結果、なんと亜光速の移動までも封じられてしまうのである。
なんともマヌケな話だが、お安い船なので仕方なかったりする。
『まさかこっちで待ち伏せていたとはね。てっきりアマルー側のゲートを想定してたヨ』
『同じく、よくもまぁこっちを特定できたな。
それにしても、これはあれかな?こっちが精霊界を使えると知っていたと?』
『いや、精霊界は知らないだろ。ただワームホールを知ってるだけサね』
『そうなのか、でも──ああそうか、ゲートの向こうは世界の外ってわけか』
『ああ、話が早いネご同輩』
『お互いにね』
精霊界のことを知る者は関係者のみ。
それは彼らの不文律でもあるのだけど、もうひとつの理由がある。
つまり、精霊界はこの世界ではないからだ。
何者であろうとこの世界に生きる生命体なら、その世界の外のことは無意識に認識から外してしまう。
それが自然の摂理。
コータたちが精霊界を普通に認識できるのは、彼らが精霊界に関わってしまっているから。
つまり彼らはローラたちを含め、すでに関係者ということなのだ。
『それにしてもまぁ、思い切った読みをするやつがいるもんだ』
太陽系からこの宙域は一千光年以上離れている。
この距離を普通にショートカットしてくるなんて、コータもミリアも想定しなかった。
精霊女王がいうまでもなく、精霊界を通路代わりにするなんてこの銀河でもローラくらいのものだろう。
なのに、それを読まれていたということは?
『やれやれ、あたしの不始末だヨ。さすがにないだろと排除していた可能性サ。
どうやら、あっちに元軍関係者がいるようだネ。
ったく、あの頃は笑い飛ばして相手にもしなかったクセに、今頃出てくるかネ』
『なるほど』
腹立たしげに話すローラをみるに、軍時代には有用性がないと門前払いだったのだろう。
そのくせ、唯一の成功例であるローラたちが野に放たれるとみるや目をつけてきたと?
なるほど、そりゃローラでなくたって怒るとコータも納得するのだった。
さて。
そんなこんなで打つ手もなく、うーんと黙ってしまったところで、今度はミリアがぽつりと告げた。
「ねえ、ひとつ試していい?」
『試すってなにを?』
「んー、うまくいけば、演算要求くらいは出せるんじゃないかな。うまくいけば、だけどね」
『なんだって?いったい何をする気だい?』
『いやまて』
ローラが眉をしかめたのをコータは制した。
『ミリア、もしかしてアレか?』
「うん」
『……そうか、そうきたか。使えるのか?』
「たぶん」
『はぁ、その口調もかわらずか、妙なところが残ったもんだ。
しかし、この距離でできるのか?』
「ええ、今のわたしなら」
『ほう……むしろパワーアップしたと?
いいね、でも、何を狙うかはわかってるのか?』
「もちろん、アンテナでしょ?」
『上等だ、繰り返すけど、ここから狙えるんだな?いま認識できてるか?』
「ええ、いけるわ」
くすくすと笑うミリア。
それに対しコータは告げた。
『頼もしいかぎりだな、いいぜ、やっちまえ!』
「わかった。そのかわり」
『ん?』
「あとでモフモフさせてね」
『だぁぁ……わかったわかった』
■ ■ ■ ■
同時刻、追手側の船。
「まさか本当にワームホールから出てくるとはな」
『軍では採用しなかったのではないか?』
【小舟くらいしか通過できないうえに、そもそも通過できた例が一例しかないそうです。よって軍では実用にならないと判断されました】
「まてまて、それじゃあどうして、あの舟は通れるんだ?」
【もちろん、そのたった一例があの舟にいるからです。
ローラァ・ロンダルア・ロージ・ロルマイン。間違いありません、そのたった一例の該当者です】
「特殊能力者か……やれやれ、なんで使えるコマを手放したかね?」
【普通に定年退職なさってます。最後の仕事は倉庫係です】
「はぁ?担当はバカか?正式採用されないからってレアスキルもちに冷や飯だと?」
「結構じゃないか。ただちに再接収すればよい。今度こそきちんと扱って、なんなら肩書のひとつもくれてやればいい」
「無理なら?」
「始末に決まってるだろ、コントロールできない特殊技能など有害無益だ」
【推奨できません。オン・ゲストロとアマルー王家の両方を敵に回すことになります】
「暗黒街だの猫だのがなんだというんだ?我らは悠久につながる銀河連邦だぞ」
彼らは妨害波を出しながら相手を追い詰めていた。
ハイパードライブさえ封じてしまえば所詮、相手は旧式の民間船。彼らの手に落ちるのは時間の問題だった。
しかし唐突に事件が起きた。
「む、なんだ?」
【通信装置に障害発生、船外の通信エレメントが故障しました】
『なんだと!?すぐ調査せよ!』
通信が復活すれば、敵にハイパードライブで逃げられてしまう。
慌てた彼らは船外の通信装置を調べようとしたのだけど。
「なんだこれは!?」
なんと白い猫っぽい小動物が通信アンテナに向かい、てしてしと前足で叩いていたのである。
アンテナは明らかに歪んでいたが、そもそも精密機器である。壊れたのでなく、調整されていたのが小動物の前肢で狂っただけだった。
故障の原因は間違いなくそれである。
しかし通信システムは繊細なもので、きちんと防護ケースに収められているはずだった。
なのになぜ、その防護ケースの中に小動物が入り込んでいる?
これでは防護の意味がない。
「あのアマリリン、センサーに写ってないぞ!」
「そんなバカな!?」
彼らにはわからない。
アンテナを急いで再調整しようとしたが、防護ケースをあけないと何もできない。
そうしているうちに問題の船は加速をはじめ、やがてハイパードライブ突入の光の向こうに消えたのだった。
そして、その小動物も同時に、幻のように消えてしまったのだった。
■ ■ ■ ■
【母さん、妨害が停まった原因を特定しました。これのようです】
ハイパードライブ突入前、多芸なコンピュータはどさくさに敵の通信映像を拾ったようである。
しかしそれを見たローラは目を丸くした。
対してコータはなぜかウンウンと頷いている。
『はぁ?なんだいこれは?』
『こっちの言葉になおすと「動き回る影」かな?
ミレーヌ、つまりミリアに融合した女の十八番だよ。おもしろいだろ?』
コータが普通に説明したが、ローラはむしろ目を丸くした。
『ちょっと待っとくれ、これをミリアがやったというのかい?』
『ああ』
『ああって……わかってんのかい、天文単位の距離があったんだよ?
あの距離でなお、こんな影響を与えられるってのかい?個人の能力で?』
『いやいや影響ったって、できるのは見ての通りだぜ?、
たしかに1光分先に猫パンチできたら面白いけど、それで何ができるってんだ?』
『バカかあんたは、事実できてるだろうが!』
『お、おう』
すごい勢いでローラに否定されるコータ。
『ハイパードライブ妨害を止めるのが、どれだけ技術的に大変かわかって言ってるのかい?
冗談じゃない、とんでもない異能だよこれは!』
『だけどなぁ、当人はこのとおりだぜ?』
『……それもそうだネ』
「♪」
コータはミリアに抱き込まれていた。
ミリアは疲労していた。明らかに魔力が枯渇していた。
幸せそうにコータを抱きしめている。
疲れ切った体に、その目は完全に幸福にとろけている。
コータはもちろんローラも、それを見て苦笑するしかなかった。
『魔力を使い切ってるネ。そんなに消耗がひどいのかい?』
『距離が遠いとめちゃめちゃ魔力喰いなんだと』
『そうかい……自分そっくりといったけど、ミリア本人でなく猫なのはなぜかネ?』
『そりゃ僕の種族の魔法だからってのもあるけど……たぶん違うんじゃないかな』
『ふむ、何か推測があるのかい?』
『たぶんミレーヌの身体情報を内包していて、それが元なんだよ』
『ほほう、続けな』
『僕が複数の肉体を持っているのは知ってるよね?
あれはドロイド側の能力じゃなくてね、もともと僕ら種族の固有能力なんだ』
『ふうん、しかし、あんたの身体とは結構違うようだけど?』
『僕の身体はボルダの技術で、いろいろいじられてるからね。
つまり、こっちが本来の姿なんだ。
融合後も相手の身体情報を残してあって、最初は幻で。
いずれは、それを随時発動することでふたつの姿と能力を使い分ける。
……で、ミリアはどう思う?』
そういってミリアをみあげるコータ。
対するミリアは、無言でにっこりと笑った。今までのミリアにはなかった笑いだ。
『笑ってるだけじゃわかんないって』
「……使ってみてわかった。ちょっと訓練しないとダメみたい」
『パワーダウンしてる?』
「うん、ごめんね。ちゃんとコータとエッチできるように頑張るからね!」
『……そんなことまではきいてない』
「うんうん、待ってるんだよね?」
『待ってない』
「素直になったほうがいいと思うよ?」
『なんでだよ』
「だって、あの姿を見た途端、なんかピクッてしたよね?期待したんでしょ?」
『……偶然だ』
「えー」
再開したふたりの漫才に、ローラは苦笑いした。
『やれやれ、本来なら大変な事件なんだけどね』
【母さん、お茶】
『ありがとよ息子。で、どうだい?』
【最終演算結果もらったよ】
『オーケー、いいから準備できたら飛んじまいな。燃料もそろそろ心配だ』
【了解母さん】
妨害がウソのように、小さなピアン号は広大な宇宙を音もなく飛んでいく。
アマルー領の入口はわずか四光年先。
さきほどの緊急ジャンプのあと、改めてハイパードライブの準備を整えたピアン号は、いよいよアマルー領入口に向かう最終ハイパードライブの秒読みに入った。
このあたりの宙域には何もなく、アマルー領の入口までの間には障害物すらもない。
ゴールは眼の前なのであった。
1光分:
混乱が生じるので、本シリーズにおける天文レベルの単位はすべて地球のものを採用しています。
したがって、1光分は約 1,798万キロメートルとなります。
(ただし、鉄拳ラビみたいに宇宙に出ない作品を除く。また古い作品もその限りではありません)




