022-精霊界と宇宙船
『よし、着陸だ。ただし動力は切るんじゃないよ。シールドも維持、いいね』
【はい母さん】
ローラが細かい指示を出し、ピアン号は異郷の大地に降りようとしていた。
浜辺のそばに、まるで砂丘のような広大な砂地があった。
そこにピアン号はゆっくりと降下していった。
下の方から不整地用の機械足が数か所出て、それが設置していく。
地面の凹凸を吸収してバランスをとり、穏やかに停止した。
『……』
コックピットの中では、周囲の風景を見たコータが驚きの顔をしている。
「……」
そのコータをミリアはじっと見ていた……幸せそうに。
しかしその表情と視線の熱には、今までのミリアが持たなかった色が混じっていた。
──それはつまり人間であるミリアが、異生物であるコータにはどうしても持てなかった感情。
すなわち。
同族のメスがオスを見る時の顔である。
それは融合の結果。
それが何を意味するのか彼らは、まだ知らない。
『なるほどね、転移先は常にここってわけだ』
「コータ、なに?」
『ああごめんミリア。
そうだよ。ここ、僕が精霊界に漂着した浜辺なんだよ──たぶんね』
「たぶん?確定じゃないの?」
『目覚めた時には森の中で、女王陛下の庇護下だったんだ。ここは後から教えてもらったんだよ。
それにあの時の僕では、言われた以上のことは理解できなかった。
だけど……これでも少しは成長できたのかな、久しぶりにこうしてみたらよくわかるよ』
そういうと、コータは前肢で空の一角をさし示した。
『わかるかいミリア、あのあたりに特異点があるんだけど』
「特異点?……なんか空間に歪みがあるけど、あれが特異点?」
『ああそうだ……なるほど、ミリアにも見えるようになったのか。それはよかった』
「?」
『ああごめん、知りたくてね。
なんで僕が無事でミレーヌが死んでしまったのか。
あいつは研究者としては僕より断然上だったからね。何か知識を共有してないかって』
「……コータは故郷に帰りたいの?」
『ん?いや、そうでもないかな。
でも「帰れない」のと「帰らない」のは大きな違いだからなぁ』
「そっか、そうだね。たしかにそこは調べないとね……ん?どしたの?」
『ふふふ、ごめんよ。こうして話すと「融合してるんだなぁ」ってしみじみ思うから』
「ふーん……わたしは自覚ないけど」
『そりゃそうだろ、融合だからな』
「つまり──わたしはピッコ●さんみたいになってるってこと?」
『いや、あのね──ってミリア、ミリアってあの漫画読んでたのか?』
「それ、わたしのセリフ。なんでコータ知ってんの?」
『読んだからね』
コータは地球における猫の扱いを知るため、いくつかのコンテンツに触れた。
その中に鳥山◯の世界的傑作漫画『ドラゴン◯ール』があった。
まぁ結論からいうと本来の役には立たなかったのであるが、純粋にコンテンツとして楽しんだ。地球脱出で途中までになっていたが、ボルダで無事に全巻読み終えている。
「そういえばコータ?」
『ん?』
「ボルダでも読めるのは嬉しかったけど、ボルダの出版社って、ちゃんと印税払ってたの?」
『ん?ああそれは問題ない、ちゃんと著作権部門みたいなのが仕事してたはずだよ』
「え、そうなの?」
『正式な国交がなかったろ?
だから地球駐在の長いオン・ゲストロが、地球作品の版権まわりは処理してたはずだよ。
というか君のお父さん、たぶんピッコ●さんのファンだぞ』
「え、そうなの?」
『彼、かばんにこっそり「魔」のマーキング入れてた』
「え?まさか?」
『こんどユービさんに会ったら、マカン●ーサッポーってやってごらんよ。きっと反応してくれるから』
あの漫画は世界的なメガヒットコンテンツだったこともあり、服につけるワッペンや車に貼る防水シール、果ては道着風の子供服など昔からいろいろ売られていたものだ。ミリアもコータも地球で、漫画の中のものであるはずの会社や軍隊のロゴの入った服などを見た記憶がある。
しかし、自分の父親がそれを持っているとはミリアも知らなかったらしい。
「お茶目なひとだと思ってたけど、そんな趣味もあったんだ」
『あれ、嫌いなんじゃないの?』
「一緒に住むのはどうかと思うけど、友達なら嫌いじゃないタイプだよ」
『へぇ』
しかし、さすがの大漫画家も、2000光年彼方の異星文明にファンがいるとはご存知なかったろう。
もしご存命でお教えできたら、どんな顔をしたろうかとコータは内心微笑む。
そんな会話をしていたら。
指令室の空間に突如として、陽炎のような光の屈折による揺らぎが現れた。
揺らぎはたちまちに大きくなり、ひとを少し大きくしたくらいの立体映像を結んだ。
その姿を見たミリアが、ますます嬉しそうになる。
「女王様!」
「──ミリアか、今日も元気そうじゃな」
精霊女王だった。
「はい、ごめんなさい女王様、ちょっとお願いがあってきました」
「うむうむ、そうじゃろうの。まぁちょっと待っておれ」
「はい!」
精霊女王の映像は、ふと顔をローラの映像の方を向けた。
「久しいのうローラ。で、こたびは何事じゃ?」
(久しい?面識があるのか?)
内心、首をかしげているコータをよそに会話は続く。
『ご無沙汰しております、精霊女王様。
本日は南の6632番の扉を通していただきたく参上いたしました』
「南の6632番じゃと?最果て中の最果てではないか。あんなところを使うのか?」
『はい』
「うむ、あそこなら別に対価はいらぬと言いたいが、今までのこともある、さすがにタダとはいかぬぞ。こたびはどうするつもりじゃ?」
『はい、今回は緊急のことで良き対価がないのですが、そこは交渉させていただきたいと』
平然と精霊女王と会話をはじめるローラに、さすがにコータが口をはさんだ。
『おい、なんであんた精霊女王様と面識あるんだ?』
しかしローラが返答する前に精霊女王が返答した──苦笑いをしつつ。
「この女はのう、わが精霊界を抜け道か何かと勘違いしておるのじゃ。まぁ有用なので我らも便乗するがの」
『それはさすがに言い過ぎかと。特に今回はこの2名を守るためです。
それに南の6632番は放置扉です。あちらの整備も必要なのでしょう?』
「わかっておる、じゃから咎めてはおらぬし高額の対価も求めておらぬじゃろう?
特に今回はコータたちの事もある、責めるつもりもないぞ。
──されど、前のこともあるからの──うむ、いつもの対価だけはもらうぞ──そなたら、少し来るがよいぞ」
【およびですか、女王様】
二体ほど小さな、ひとの子供の形をした精霊が現れた。一体は体育会系風で、もう一体は事務職のような姿をしている。
「うむ、来たな──そして顔を出せ、カイル」
(カイル?誰のことだ?──え?)
そうしていると、なんと船のコンピュータのウインドウまでが空中に開いた。
【もしかして、その名はわたしを呼んでいますか?了承した覚えはないのですが】
「よし、きたなカイルよ。
名前とは基本、他者が勝手につけるものであろう、違うかえ?」
【……なるほど、たしかにそう言われて見ればそうですが、意図せぬ名を訂正する権利もあるはずですよ、未確認個体ゼロ号?】
「ふふふ、やはり我をそう呼ぶか。そなたもあいかわらずじゃのう」
【おほめに預かり光栄です、未確認個体ゼロ号】
『いやいやいや、未確認個体ゼロ号ってなに?精霊女王様をなんつー呼び方してんのさ!』
【ですが事実、彼女をここまでよく表す表現はありません】
「ぬかせ、ふふふ。
かまわぬ、カイルは機械生命体の一種じゃからの。きゃつらとは元来そうしたものよ──さて」
『え──!』
さきほど現れた精霊二体が、それぞれローラとカイル──船のコンピュータの通信映像に飛び込んで消えた。
そして次の瞬間、ローラとカイルの映像が大きく乱れて──そして止まった。
「え、なに?」
「対価が払えん場合の対価とはな、精霊を融合させる事で対価とするのよ」
『ああ……もしかして、船舶頭脳なのにローラが魔術師になったのって、前に精霊を取り込んだから?』
『ふん、そうさ──若い頃、ここに調査に入ってまんまと捕まって、そこでつけられたのサ。
わけもわからず当時は焦ったが、メリットも多くてネ』
『マジか──よくそのまま精霊界に取り込まれなかったなぁ』
「それをやると、精霊側が勝ってしまってこやつらの意識が残らぬのでな。気をつけて調整しておるよ。
われらとしては、こやつらをきちんとした形で取り込みたくてな。
それでローラにカイルよ、気分はどうじゃ?」
『いやいや、機械ベースのこいつらに気分なんて……』
否定しようとしたコータだったが、ローラたちの返答に驚くことになった。
『悪くない、さすがは女王様。これでもうしばらくは現役がやれそうだネ』
【ありがとうございます、全性能が底上げされました】
「そのかわり、わかっておるな?
前回までにつけた精霊と今回ので、そなたらは現界での臨界を越えた事になる。
もし外界で死亡すれば、こちらの住人として転生することとなる──もはや止められぬぞ?」
『はい、お世話になります』
【母ともども、よろしくお願いいたします】




