020-ワームホール
ミリアを受け入れたピアン号はオン・ゲストロの施設から離脱したあと、速やかに太陽系を離れる航路をとった。
【ただちにハイパー・ドライヴに入ります】
『え、もう入るのか?』
コータが首をかしげた。
『なんでドライヴ計算がそんなに早い?アマルー領までだぞ?』
太陽系からアマルー領までは少なく見積もっても数千光年ある。
これほどの大ハイパードライブとなると、航路設定などの計算量も半端なものではないわけで、計算ターミナルに依頼を出しても返答まで時間がかかるはず。
なのに、もう終わったという。
コータが反応したのは当然だった。
【中継点を使います】
『え、このあたりにあるのか?』
【はい】
『ここソル系だぞ、そんな近くに飛べるところが?』
【一般用ではありませんので】
なるほど軍用かとコータはためいきをついた。
「あんまり無茶すんなよ」
【はい、ですが監視する勢力が大々的に動き出したようなので】
『なるほど安全優先か。しかし情報共有も急いでくれ、知りませんでしたじゃ、まさかの時に不味い』
【わかりました──では、ショート・ドライヴ開始】
■ ■ ■ ■
そこはピアン号から天文単位で離れた場所を飛ぶ宇宙船の中。
『小舟がハイパー・ドライヴに入りました』
「なんだと?ずいぶん早いな。航路データを呼び出せ。手段は問わん」
『了解』
宇宙は、空間は均等ではない。濃淡あり温度差あり歪みあり、しかも常に変動もしている。
そんな世界でハイパー・ドライヴ航法をとるためには、行き先までの空間偏差などもあらかじめ計算して飛ぶ必要がある……というか、やらないと、どこに飛ばされるかわからない。
この計算はなかなか大変で、そもそも観測などにも非常に手間もかかる。
そのため、銀河の各地にはハイパー・ドライヴ・ターミナルという施設がある。
船舶はそこに『◯◯から✕✕まで飛びたい』と計算依頼をし、その返答を使って飛ぶのである。
このターミナルインフラは、いつ始まったのか誰も知らないほど大昔から銀河にあり、今も国家を越えて維持されている……というか、このレベルの最低限のインフラは、どこの星間国家でも「保守できてこそ一人前の国」という認識だった。ゆえに、どこのターミナルもきっちりと保守されているのだ。
そうして整備を続けているおかげで、ピアン号みたいな安価な船でもハイパードライブができるのだし、計算結果がぶつかって衝突事故を起こすこともない。その出来はシンプルで壊れにくい本当に素晴らしいもので、お隣・アンドロメダ星雲のイーガ帝国でも同じ規格のターミナルを採用している。
地球的にわかりやすい例でいえば、GPSが近いだろう。
GPSは現在位置を知るだけのこれまた素晴らしい仕組みだけど、同じようなノリで全銀河を高速移動するためのネットワークが作られているわけである。
ただし当然、これには欠点もある。
つまりターミナルの通信を復号することで、どこに行こうとしているかバレてしまう、というのもそのひとつだ。
『航路出ました、ラム・ランカ・ピアン号はキール星系に向かっています』
「は?キール星系?それはどこだ?」
知らないのも無理はない。
キール星系は、国も何もなく補給基地もないので、定期便なども寄り付かないエリアなのだから。
『航路AIによれば、第二惑星の「ロルッカ」が目的地である可能性が高いようです』
「なぜわかる?」
『航路設定が、惑星降下を前提にしている可能性が高いと』
「なに?降下だと?」
『はい』
「なるほど、たしかにピアンなら可能だが……しかしわからないな、なぜ地上に?」
司令官がためいきをついた。
彼らは遠くの恒星系に荷物を届けようとしているはずだ。
行き先の情報は掴めていないのだけどアマルー圏のどこかであり、この近隣の星系ではないのはわかっている。
なのにどうして、そう遠くでもない恒星系に立ち寄り、しかも惑星に降下?
意味がわからない。
「追跡を続けなさい、もし目標個体に接近できるなら現場の判断で処理してもかまわない。
ただし、くれぐれも注意するように。
該当個体群は、かの『母にして父』の関係者である可能性が高い。
たかが一隻と油断したら何が起きるかわからないぞ」
『了解!』
「あと別働隊に、アマルー領のゲートに回れと言いなさい。
そうだな、特に『歌うゲート』は重点的に」
『了解!』
「うむ」
母にして父とは、かつてこの銀河系全土に史上最悪のバイオハザードを引き起こした史上最悪のテロリストの通称。
その者はチキュウのニホンというところで生まれた人間でありながら、合成人間つまりロボットを異性として愛した狂人だという。
それだけなら個人の趣味の問題にすぎない。
だが、その者は信じがたいほどにトチ狂った方向に走った。
すなわち。
──合成人間だろうとなんだろうと命は命。心があれば、それは人だろう──
そんな、頭のおかしい理屈を『母にして父』はなんと現実にしてしまった。
かの者のやらかした結果により、全銀河に無数の「人間とそうでないものの混血」が生まれた。
それらは道具なのに、人形なのに、しれっと市民として登録され市民として暮らしている。
それらはおそろしい速さで増え、あっというまに社会に浸透した。
人間の社会を、国を、彼らは労せずに自分たちで置き換えていった。
バカな。
ロボットは有能なサポーターであるが、どんなに優秀でも道具は道具だろう。
だいいち、優秀なロボットがもし人の隣にたてば──それはロボットの反乱を招き、人の世は終わってしまう。
なのに、どうして市民として受け入れる?
事実、銀河の多くの国で人の歴史は終わり、機械人形どもの国になってしまったではないか。
罪人は滅ぼさねばならない。
そして、銀河を滅ぼすようなものが二度と現れないようにもしなくてはならない。
母にして父と、それにつながる者たちは捕縛し、そして銀河に広く伝わる方法で滅ぼさねばならない。
末路を全銀河に見せつけることで浄化を進めていく。
それが我々、銀河文明の人間すべての使命なのだ。
さあ行け。
行って、あのおぞましいテロリストの眷属どもを始末してくるのだ!
■ ■ ■ ■
船内には現在位置と星図がオペレーションルームに表示されていて、それは現在、ハイパー・ドライヴ中であることを示している。
しばらくしてコータが入室してきた。
その航路を航路図で見ていたコータが首をかしげた。
『キール星系?なんでまた、こんなとこに?』
『あたしが変えさせたんだヨ』
ローラの声が響き、そして人物映像のウインドウが開いた。
それを見てコータは顔をあげた。
『なんでまた?理由をきいていいか?』
『ああ、もちろんだ──坊や、アレを』
【了解ローラ】
ローラの指示で一枚の星図が投影された。
『地上に降りる?なんでわざわざ?』
『なるほど、あんたは知らないか……理解した。
実はこの惑星の地上には天然のワームホールがあるんだヨ』
『ワームホールぅ!?』
ワームホールとは何らかの理由で、空間の一部が別の場所とつながっていて通行可能になっているものを言う。
そんな話をしているとミリアも入室してきた。
『ちょっとまて、こんなところにあるなんて初耳なんだが?』
『ここは田舎すぎるし規模も小さい。記録されちゃいるが学者どもが調査しにくいんだヨ』
『え、そんな理由で放置されてるのか?』
『ああそうだよ、しかも安定稼働すぎててネ、学者的にはうまみがないとサ』
『へえ……』
ワームホールの研究は銀河でもまだ基礎研究レベル。
おまけに、ここは定期便どころか、まともな星図にすら載っているかも怪しいエリア。
要するに、調査対象としては優先度が低すぎる。
門外漢のコータが知らなくても不思議はなかった。
『それでもローラは知っていたと?』
『あたしゃ調査で潜ったことがあるからネ。軍時代にこっそり使ったこともあるヨ』
『なに!?』
「え、そうなの?」
これにはミリアも反応した。
ローラの現役時代ということは軍時代ということになる。
『いくらあたしでも、あやふやな話だけで航路変更はしないヨ』
「なるほど……それよりも、ねえ、軍事転用したの?」
『え?いや、それはないネ』
ローラは首をふった。
『基礎研究もろくに進んでないワームホールにまともな用途なんてないね。軍でも「使えない」が結論だったヨ』
「よかったぁ」
ホッと胸をなでおろすミリアだった。
しかし意味がわからないコータは、ますます首をかしげるだけだった。
『悪いけど情報共有してくれ。わけがわからない』
「コータ、ここってね……コータの世界間転移にも関係する可能性があるよ」
『え、そうなのか?』
なんで、おまえにそんなことがわかる?
当然のコータの疑問にミリアは胸をはり、答えた。
「あのねコータ、ミレーヌちゃんの情報にもあるの」
『え?ミレーヌの?』
「精霊界だけどね、コータの世界にも似たような場所があった可能性が高いの。ミレーヌちゃん自身はたどり着いてないけどネ」
『なんだと!?』
「その情報と、それとローラさんの情報が正しいなら──ローラさんはつまり、つまりワームホールを利用した抜け穴を使うつもりなんじゃないかなって思うの」
コータを追いかけるあまり、世界の壁すら超えて見せた猫型異世界人ミレーヌ。
たしかにコータ本人には届かなかったが、その研究成果は記憶ごとミリアが受け継いだ。
だが。
「推測だけどね、共有された情報を見てたらそう思ったの」
『マジか』
『びっくりしたのはこっちの方さ。
まさか、抜け穴の話をミリアから聞けるとはね。いやはや』
「ローラさん、入り方はわかる?」
『わかるよ、あの時もこの子で入ったからネ──息子、いけるかい?』
【はい母さん、問題ありません】
『オーケー上等だ、すぐにはじめな』
【了解。皆さん、侵入と同時に空間シールドをかけますので注意してください】




