019-不穏
銀河文明の世界ではどういうわけか、地球のことをソルと呼ぶ。
なぜソル?
どうしてテラではいけないのか?
なに、もちろん理由は簡単だ。
つまり銀河でいう『ソル』は地球の言葉ではないからだ。
単にそういうことである。
■ ■ ■ ■
ミリアたちの眼前には壊滅した地球の風景が広がっている。
もちろん宇宙から地上のあれこれを見ることはできない。
だが海がなく、まるで岩塊の惑星のようになってしまった荒涼とした姿は、もうそこに人類はいないのだと、いやおうがなしに感じさせるものだった。
地上の平均気温、いまだ摂氏500度前後。
この状況で生存できる地球生命は、皆無ではないが非常に限られる。
灼熱の大気は海も何もかも消滅させ、むきだしの地表は全く別の、見たこともない姿に地球を変えてしまっていた。
むしろ月が──かつてと全く変わらない月の姿が異様に感じるほどであった。
このダイナミックな風景をバックに、アルダー族つまりトカゲタイプの異星人が、すまなさそうに謝罪していた。ミリアに。
「すみません、取りにいらっしゃるのが地球の方とわかっていれば。配慮不足でした」
「地球人じゃないですよ」
「え?」
「わたしはボルダ人です。
すみませんが、間違えないようお願いします」
「それはまた……かえずがえすも、すみません」
「いいんですよ。で、お荷物はそれだけですか?」
「はい」
そこにあったのは、地球製とおぼしきバッグ類が少しと、それから筆記用具にノート、それに日本の携帯電話らしきもの。
それから、何か付加装置のようなものが追加された充電器。
「変換器を用意しました。この端末も充電可能です」
『これ子供たちのスマホだよな?』
「はい」
就学未満の子供以外は全員が持っていたらしい携帯が、なぜかここにあった。
「これ、忘れ物じゃないよね?」
ふたりが聞いたのはノートとかばんだけだった。
なのに携帯電話がある、この違いは何だろうか?
「はい、この電子機器類は、子供たちがおいていったものです。
ですが、それには事情があったのです。
もっていっても使えるわけもなく、地球式の電源が確保できるあてもない。
そして、見たら家族を思い出して泣くだけという理由でした」
『あー』
その言葉に反応したのはコータだった。
『なるほどなぁ。でもじゃあ、どうして返すことにしたんだ?』
「資材に余裕ができたので、付加装置をいくつか作りましてね。
これで充電もできますし、銀河仕様のデバイスに直結してデータを持ち出せます。
道具として使い続けたければ、仲間同士で使えるSNSも用意しました。
……捨てるのはいつでもできるんですから」
「わざわざ電源作ったんだ……」
『おせっかいだなぁ』
「否定はしませんが……最近きたスタッフが人情家でね、悲しみや苦しみだって思い出だよ、本当にいらないなら大人になってから捨てればいいって泣きながら装置作りましてね」
『……それで、あんたらも絆されたと?』
「流されたつもりはありませんが、たしかに小さすぎる子供たちもいましたからね。
今は渡せないというのなら、アマルー領の保護者たちに預かってもらうのもいい。
どちらにしろ、大人になってから当人の意思で決めるのがいいだろうってね」
『お人好しだな』
「否定しません」
「?」
苦笑いしあうコータと担当に、ミリアは首をかしげた。
無理もないことだった。
それは歳をとった者たちの感覚。
いろいろ苦労してきた身とはいえ、思い出にすがるような経験はまだ足りないミリアだった。
ちなみに携帯電話の電源は実は厄介で、USBがあれば充電できると思うのは素人考えだ。実はいろんな規格が乱立していて、きちんと整合性をとるのは難しかったりする。
ただ幸いなことに子供たちの充電器は、日本の交流100Vコンセントにつなぐ前提のものばかりだった。
しかも用意したのは銀河有数の文明圏の災害対応むけのプロたち。
この程度は何とでもなるのだった。
さて、コータは同時進行で保安上の話をしていた。
『不審な船がたびたび目撃されている?こんな辺境に?』
「そうです、安全を確保の上、速やかな移動が推奨されます。
行き先はどちらになっていますか?」
『ああうん、それはすまない、こっちも秘密なんだ』
「……なるほど、そうですね。それがいいと思います。では出発は?」
『悪い、すぐ出る。
ちなみに補給は頼めるか?目的地まで微妙なんだが』
「別に悪くはありませんが……すみません、融通できる燃料は0.5ロットが限界で」
『あやまる必要ないよ、むしろありがたい。融通に心から感謝する、ありがとう』
「いえ、どうかあの子たちによろしく。トカゲのおじさんたちが心配していたと」
『わかった、たしかに伝えるよ』
担当から荷物を受け取り、そして二人はピアン号に戻った。
「ねえコータ」
『なに?』
「オン・ゲストロの施設の中で、変な視線感じなかった?」
『変な視線?……もしかして何か感じたのか?』
「え?」
『自覚なしか』
コータは少し考えると、おもむろに切り出した。
『ミリア、君はミレーヌを受け継いだんだろう?』
「あ、うん」
『あいつはプライドの高い女でな、君の人格を歪めるようなものは絶対に渡さなかったはずだ。
たとえ自分自身が消えてもな。あいつはそういうやつだ。
だけど、いくつかの能力や研究成果は確実に君に渡してるはずだ。
唐突に変な感じになったりしたら注意してくれ、いいな?』
「あー……わかった」
ミリアは大きくうなずいた。
「ねえコータ、ちょっと外出してきていい?」
『え?今からか?』
「今から」
コータはまじまじとミリアを見て、そして、ためいきをついた。
『何を仕掛けてくるつもりだ?』
「おもちゃ」
『なんでまた?』
「オン・ゲストロの人たち、気づいてないでしょ。アレ」
『……うわぁ、そこでミレーヌが出るのか』
「え、なに?」
『なんでもないよ……わかったわかった、これもっていって』
そういうと、ミリアの手の中に小さなブローチのようなものが現れた。
「あ、これ?」
『記憶もあるのか、あいつらしくもないな……なんで個人記憶なんて託したんだ?』
「……にぶちん」
『なんだ?』
「なんでもない、いってくる」
『おう、だが繰り返すけど、終わったらすぐ戻れよ。絶対だぞ?』
「そんなに私が信じられない?」
『ちげーよ、逆だからいうんだよ。
融合したら面倒事まで二乗倍ってのは勘弁してくれ。急いでるんだ』
「……わかった気をつける」
『おう』
■ ■ ■ ■
ミリアはピアン号に戻るコータと別れると、その足で格納庫を出た。
倉庫区画に移動中の通路で、ふとポケットから何かを取り出した。
それは何かが刻まれた小さな石だった。
地球のマニアなら、その『何か』がルーン文字というものに似ているのに気づけたかもしれない。
その石の文字の下にミリアが爪を走らせると、きれいにツーッと、まるで柔らかいものであるかのようの亀裂が走った。
「■■■■■」
何かをつぶやいたかと思うと、その石をペタリと壁にはりつけた。
まるで接着剤でもついていたかのように壁に吸い付いたソレを確認すると、ミリアは「よし」と納得げにうなずいた。
そして、何事もなかったかのように格納庫のピアン号に戻った。
「ただいまー」
【おかえりなさい、もういいのですか?】
「うん、いいよー」
手をふりながら歩いていくミリアの背後で、ドアが次々に閉鎖していく。
誰も触っていないのに灯火類が一斉に『封印』に切り替わっていく。
そして船内アナウンスが流れ出した。
【本船ピアン号は、ただちに離床いたします】
アナウンスが、船内と船外に同時に響き渡る。
次の瞬間、ふわりとピアン号はオン・ゲストロの施設から離れていくのだった……。
■ ■ ■ ■
ピアン号が地球の周回軌道を離れ旅立ってから数分後。
オン・ゲストロの船団長のところにおかしな連絡が上がってきた。
司令室の男が眉をしかめた。
「通路にひとが倒れている?」
『はい、しかしどうやら侵入者らしいです』
「なんだと?船のデータを誤魔化してたってのか?
いや、しかもなんで倒れてる?」
『セキュリティの網をくぐって侵入していたようですが』
ふうむ、と男は眉をよせた。
「で、倒れていた原因は?」
『不明です、現在調査中です。
外傷も何もなく、しかし意識はないのです』
「続けなさい、あと念の為に防疫注意頼む。何か病気でも持っていたらかなわん」
『了解です。あともう一件』
「なんだ?」
『侵入者の倒れていたところの壁に落書きがありました』
「落書き?」
『これです』
現れた映像を見て、男は眉を寄せた。
「わかった、それはこっちで調べておく。続けて頼む」
『了解』
男は通信をエンジンルームの片隅に切り替えた。
「──爺さん、ゴッグ爺さん起きてるか?」
『ん?おおゲロスタか。なんだ、侵入者の件か?』
映像の向こうに、いかにも老人らしい青白いアルダー族が見えた。何やらのんびり茶を飲んでいるが、背後では古臭い機械がいくつも動き続けている。どうやら機械室の片隅に作られた休憩スペースのようだ。
「話が早いな爺さん。連邦くずれっぽいのが潜り込んでたって?」
『訂正、崩れじゃねえぞ。ありゃあ現役の連邦だ』
「え、ほんとか?なんでわかる?」
『かなり古いが特マル偽装がかかっとる。ほれ、解除コードだ』
そういうと男の端末に何やらコードらしいものが届けられた。
「ありがとよ爺さん……げ、本当だ。こいつら何してたんだ?」
『船や乗組員に関わる気はなさそうじゃったが……もしかしてボルダの娘でも狙っとったか?』
「爺さん、やばそうだと思ったら報告してくれよ……まぁいいや。
連中、倒れてたんだが原因が不明なんだ。今調べてる」
『ほほう、状況は?』
「ただ通路に倒れてただけだ。
どうも電気ショック的なのをあてられたみたいなんだが」
『通路で電気ショックぅ?……おい、壁か床に何か貼り付けられてなかったか?』
「よくわかるな、落書きが壁にあったよ。これだ」
男は映像を老人に見せた。
『そりゃ警告だぞ』
「警告?なんの?」
『連邦崩れに注意せよ、だとよ』
「なんでわかる?」
『落書きの頭にあるマーク、よく見てみい。連邦マークを逆さまに書いとるじゃろ?』
「あ」
『『反連邦』陣営が使う注意喚起マークじゃよ。わしも久しぶりに見たが』
「なんと」
ふむふむと男は納得顔になった。
「しかし警告相手は誰です?」
『わしらの他に誰がおる?
しかし子供だと思っておったが、なかなか面白い娘じゃないか』
「え、彼女の仕業ですか?」
『知らんのか?ボルダの高位神官の娘じゃぞ、あれは』
「ほんとですか!?」
『ボルダの神官が、トラファガーに依頼して地球から娘を助け出した話はきいとらんか?』
「きいてます、では彼女が?根拠は?」
『先日、広報で見たときの情報と一致するでな』
ふむ、と男は考え込んだ。
「ありがとよ爺さん、すげえ参考になった」
『うむ、あいつらとは仲良くしといたほうがよかろう』
「はい、おれもそう思いますよ」
男と老人は笑い合うのだった。




