016-メス猫とミリア
それは、ひとりの女の子の記憶だった。
ただ、それは人間でなく、猫の姿の異星人のものだったが。
■ ■ ■ ■
コータ同様、彼女の本当の名は人の喉では発音できない──ミレーヌという対外むけの名もあるので、それで語ろう。
ミレーヌは、物心ついた時にはコータのそばにいた。
それはなぜか?
ふたりは幼馴染──それも王族の、だったからだ。
猫系である彼ら種族は銀河のアマルー族同様、固有の国家を持っていない。
それは地球の猫科動物が、最大でも家族単位の集団しか作らないのと本質的に一致している。
だがアマルー族がそうであるように、彼らも例外をもっている──それが『王家』だ。
他文明と交わった時、外の世界から自分たちを守るためには統一の象徴が必要だった。
だから遠い昔に彼ら『王家』が定められたのであるが──経緯などミレーヌにはどうでもよいこと。
大好きな相手。
それがいつしか、共にありたい相手となり、将来の結婚相手と考えるようになるのに長い時間はかからなかった。
だけど。
『コータはダメ?どうして?』
『彼は「外に行く者」だ』
『外に行く者ですって?なんで?彼はただの研究者よ!』
『そうだ、研究者だ──古代遺跡と空間魔法のな』
『!?』
『単なる空間魔法の使い手ならいざ知らず、専門家となったら王家にはしばれない。
何しろ世界間移動すら是とする可能性がある者たちなのだから。
だが、空間魔法しか持たない彼に研究するなというわけにもいかない。
それは存在の否定に等しいし、古代遺跡と空間魔法は昔から切っても切れない関係にあるからな。
王族であろうとなかろうと、才ある者を勝手にしばるなど、あってはならぬことだ』
『……』
王家の外に出ていく者。
彼らは王族の行動を規制などしないが、後継者の結婚相手となると話は別だった。
王の存在価値とは、そこにいて君臨してくれること。
だからこそ、ひとりで出ていくならいざ知らず、嫁まで連れていかれては困る。
だから、外に出る者と王族を結婚させるわけにはいかないのだ。
しかし。
『いやよ!コータはミレーヌのだし、ミレーヌはコータのものなんだから!』
ミレーヌには昔から、コータこそ運命の相手だという確信があった。
別に彼女に特殊な能力があったとか、そういう事情があったわけではない。
だけど彼女は、そうだとなぜか『知って』いた。
……それが何を意味するかも知らないまま。
運命は残酷に巡っていく。
『行方不明!?コータが!?』
『件の古代遺跡ですが、どうやら世界線を越えて何かを転移させるものだったようです。
学者の話では、この世界の外に投げ出された可能性が高いとのことです。
まことに残念ではありますが……殿下はおそらく』
『──わたしが調査隊に志願します』
『ミレーヌ様!?』
愚直といえば、ミレーヌはあまりにも愚直であった。
だけど彼女はなぜか確信していた。
コータは無事、どこかにたどり着いているのだと。
そしてそこで、自分でない可愛いメスと出会ったのだと。
腹がたった。ムカムカした。
だけど同時に、なぜかもうひとつの確信もあった。
(お兄様は向こうで良きメスを得る。
だけど、それでは何かが足りない──足りないの)
ミレーヌは、これ以上なく強烈な巫女体質の娘だった。
ただし、なまじ王族に生まれたがためにその才を活かすことはなかった。
そして──その才は本人も自覚のないまま、コータに対してのみ、ひたすら磨き続けられていた。
その才がミレーヌを駆り立てる。
彼のそばに行かねばならない。
それができるのは、自分しかいないのだと。
今すぐにでも!
そして奮闘の末、ついにミレーヌは本当に世界を越えたのだ──コータの後を追って。
■ ■ ■ ■
(あーうん、死んじゃったかぁ。さすがに彼のマネは無理があったかしらね))
自分の遺体を見ながらミレーヌは自嘲する。
悲しくはあるし残念でもある。ついでに業腹でもある。
でも、もう彼女の生は終わったのだ。
だけど、そもそもこの状況は何なのか?
なぜ自分は、自分自身の遺体を見ながら冷静に思考している?
いったい何が起きているのか?
(え、お話できるの?)
「できるよー」
「こんにちは」
なんと、異界の妖精っぽい何かとコンタクトに成功してしまった。
きけば、ここは異界の技術で、本来は死者と話し、最後のおわかれをするための場所なのだという。
だから遺体を収容されているものの、自分は意識があるのだと。
驚いた。
しかしそこで、なんとコータの生存を知らされることになった。
感激した。
コータはやはり元気にしているらしい。
今はいないけど、コータの相方が近くにいるはずだという。
(やっぱり女!もうお兄様ったら!)
こちらの世界には同族がいない。
だというのに、なんで似ても似つかない異種族の女のハートまでキャッチしているのかとミレーヌは頭を抱えた。
向こうにいた頃、彼に次々と群がってくる有象無象を排除していたのはミレーヌだ。
なのに、同族のいない異世界ですら繰り返しているなんて。
何とかしなくては。
呼んでくれとダメ元できいてみたら、快諾してくれた。
ミレーヌは、自分の遺体のそばに漂いながらソレを待った。
──そして。
(なにこいつ、なんでこんなに彼のこと好き好きなの?異種族なのに?)
ものすごく変な女だった。
思考を読むと、コータをベタベタに溺愛しているのがモロわかりだった──異種族のくせに。
なんなんだこいつ?
たしかにコータを慕う女は多いが、利害で絡んでくるのはどうにでもなる。
厄介なのは純粋にお慕いしちゃってるタイプ。邪気がまったくないのだ。
そして、よりによってこの女はその純粋タイプだった──異種族なのに。
変態か?
でもミレーヌには、女の深い愛情もまた理解できた。
この女はお兄様を本気で愛している。
そして、同時に自分のすべきことも理解できた。
(なるほど、たしかにこの女ならお兄様を託せるわね。
でも、このままじゃ本当の意味で女としては役立てない。お兄様の子は産めないだろうし、女としてなぐさめる事もできないでしょう。
異種族だものね。
……何とかできないかしらね?)
そして考えた。
考えたすえに、その結論に達した。
(──そうね。その手があったわね。
なるほど、それがわたしの運命だったのね──うふふ)
彼らの種族は本来、その大きさ相当の弱い生き物でしかない。
だから彼らは生き延びるために、特殊な才能──固有のユニークスキルを獲得した。
地球でいう特異体質のようなものだが、それが時として特定個体を生き延びさせたり、ひとつの種の進化にまで影響を与えたり、さまざまな形で歴史に花を添えていた。
たとえばコータは『空間魔法の才能』。
そしてミレーヌは──。
死したはずのミレーヌ。
だけど今の彼女はまだ、ソレを使えた。
そして死にゆくミレーヌは、それをためらう事もなかった。
女──ミリアが自分に触れてきた瞬間、ミレーヌは迷わず発動したのだった。
──ユニークスキル『融合』を。
■ ■ ■ ■
「え……な、なにっ!?」
『ああ大丈夫よ、心配いらないから』
コータと違い、その白猫はミリアのわかる言語をまったく知らないようだった。
だけど何かの技術なのか、思考のようなものがミリアの頭に響き渡った。
『あなたに、わたしをあげる──融合よ』
「融合!?」
『大丈夫、あなた自身がどうにかなるわけではないわ──わたしは単なるきっかけにすぎない。
だけど、今、あなたが何よりほしいものをあげるわ』
「……どういうこと?」
『あなた、■■■と──コータと番になりたいのでしょう?
その願いはね、わたしの利害と一致するのよ』
「!?」
ミリアの目が丸くなった。
『わたしは死んでしまった。もう未来へはいけないわ。
だけど今なら、そんなわたしの全てを誰かに伝えることができる。
わたしの体質、魂、彼が好きという気持ち。ぜんぶ、あなたにあげる。
そのかわり、あなたは彼といっしょになりなさい。
彼と結ばれて子供を産んで、まろやかな家庭でも作ればいいわ』
「!」
それを聞いたミリアが、目を点にした。
『いっしょになれ、に反応するんだ……いいわね最高よあなた。ますます気に入ったわ!』
「……私が裏切るとか考えないの?」
『さあ?
ま、融合っていっても、そこにわたしの意思までは反映されないもの。
わたしの望みは今言った通りだけど、あなたの好きになさいな。
もっとも。
いっしょになれと言った途端、よだれを垂らした貴女にほかの選択肢があるのかしら?』
「うっ……。
か、体をあげるって、本当にそんなことできるの?異種族なんだけど?」
『彼、複数の体を使い分けてるでしょ?──そうそう、今あなたが考えた大型種の姿がそれよ。
くわしい説明は置いておくけど、それって、わたしたちの技術なのよ。
そうやって複数の姿を分けることで、異種族の体質でも取り込み共存できるの。
……さすがに機械や道具の助けもないと、使える姿はせいぜい2つまでだけどね』
「……」
『おもしろいでしょ?
わたしと融合すれば、今のわたしの身体をストックできるはずよ。
それを使いなさい。
そして、その身体で彼と結ばれなさい。いいわね?』
「……あれって銀河の技術じゃなかったんだ。うん、もちろん了解」
『おっけー、ほんと最高よおバカさん!
さあ、いくわよ。心を落ち着けて、気を楽になさい!』
「……わたしに選択肢はないの?」
『えらぶのはわたし、あなたじゃないわ。
だけどそれは、間違いなくあなたの欲する未来。そうでしょ?』
「……うん」
『さぁ、もういいでしょ──ほら、はじめるわよ?』
「わかった」
自覚がないですが、ミレーヌ嬢は強い巫女体質です。
そのために自分の運命とか、そういうものを漠然と知っていたようです。




