015-もらいもの
妖精と精霊は混同されることがある。
もちろん、いわゆる精霊術師だの精霊魔法使いだのと言われる連中は間違えるわけがないのだけど、そもそも見た目の問題があり、これがまた誤解の元になっている。
というのも。
実は似て見えているのは、見ている側のせいなのだ。
たとえば精霊女王だけど、彼女が美しき慈母の姿をしているのは、今まで精霊女王に出会った人々がそういう姿を想像してきたからだ。精霊も妖精も本質的には決まった見た目がなく、積み重ねた歴史が、関わった者たちが容姿を決定する点は変わらないのである。
だがその本質を問うならば、妖精と精霊はまったく異質だ。
精霊が、どんな小さな精霊もセカイを動かす一部であるのに対して、妖精はその世界で単に暮らしているだけなのだから。
目の前の妖精たちもそうだった。
彼女らは普段、浜辺に暮らしていて──変わったものを拾い集めている。
いわば、それはカラスが光り物を集めるようなものと言える──本質的には。
ルクリウム通りの路地裏に小さな旅の扉のようなものがあった。
妖精娘たち本人と彼女らが認めた客人だけが通れるということだったが。
「あれ、通れる?わたしは客人ってこと?」
「ちがうちがう」
「あなた精霊女王様の子でしょ、そりゃ通れるわよ」
「いやいやいや、たしかに精霊女王様は大好きだけど、わたし人間だし!」
「???」
妖精娘たちは首をかしげたが、ひとりが「ああ」と納得げにポンと手を叩いた。
「ここは『精霊界』よ、かわいい精霊っ子ちゃん」
「?」
「あのね、心のありようが全てに影響するのよ。ミリア、あなた精霊女王様が大好きでしょ?」
「うん」
即答だった。
なんの計算もない、素のミリアの言葉に妖精たちがクスクスと楽しげに笑う。
「ほらほら、だからだよー」
「???」
「あなたは精霊女王様が好き、そして精霊女王様もあなたが大好き。
精霊界ではね、その気持ちが関係性を決めるの。わかる?」
「……そういうものなの?」
「もちろん。
だから、あなたは精霊女王様の子供で──こちらがわなの。わかった?」
「なんとなくわかったけど……へええ、知らなかった」
「でしょうねえ」
「あたしたちには、ふつうのことだもんね」
「だね」
「そうよ」
へええと目を丸くするミリア。
「……そんなので大丈夫なの?悪い人とか入ってこないの?」
「精霊女王様が、ここを脅かすようなものを自分の子だって思う?」
「……それはないね」
「そういうこと。さ、いくわよ」
「わかった」
とりあえず納得し、妖精たちについていくミリアだった。
旅の扉の向こうは、古代神殿を思わせる荘厳な気配の場所だった。
まるで石造りの古代遺跡だが、照明などが完全に壁の一部になっている。
これは、おそらく高度文明の産物。
日本でもたまに、最新技術を使ってレトロな建物を作ったりしていたが、それを彷彿とさせるものだった。
「これ誰が作ったの?」
「しらなーい」
なんとも頼もしいお返事だ。
苦笑していたら、別の妖精が答えてくれた。
「漂着物よ、これも」
「え、この建物が?」
「そうよ、こんな大物はめったにないけど」
「……どういうこと?」
「前にきた人間の子が、この建物は大地に固定されてないって言ってたのよね。
こういう建物ってふつう、大地の上にたてるものなんでしょ?
でもこれは、すでにあった建物が、まるっと流されてきたとしか思えないんだって」
「へえ」
建築の専門家でもいたのだろうか?
どんどん建物の奥に進んでいくと、そこには特別な部屋があった。
そこは凍てつくような冷気が覆っていた。
「ほら、あれよ」
「……ほんとだ、コータに似てる」
ボロボロになった猫が、たしかに死んでいるようだった。
コータが黒猫なのに対し、この個体は白猫。なかなかの美猫である。
そして、ただの猫ではないのもミリアにはわかった。
(前肢が手になる構造……やっぱりコータと同じ)
彼らは前肢の構造が少しだけ地球の猫と違っている。
何度となくコータの前肢を弄り回したミリアは今や、コータ本人よりもその前肢の骨格を理解していた。
そして。
「──あれ?」
「どうしたの?」
「なにか、いる」
「なにか?」
「この子のまわりに、何かふわふわしたものが」
精霊や妖精とは違うようだ。なんだろう?
そうしたら、妖精たちはフフフと楽しげに笑った。
なんだろうとミリアが首をかしげる前に妖精のひとりが言った。
「さわってごらんよ」
「さわる?」
「そうだよ──それはその子の魂だよ」
「たましい──魂!?」
驚くミリアに妖精が続けた。
「この部屋はね、死者の間」
「死者の間!?」
「飛び去るはずの魂をね、一時的にこの世にとどめるのよ?」
「まにあえば、おわかれのまえに、お話できるの」
「……そうなんですか?」
「うん」
「そだよー」
言うまでもないが、ミリアは魂なんて信じちゃいない。ミリアは科学合理主義者である。
だけどミリアは同時にボルダ人でもある。
生まれ育った地球と違い、ボルダは魔法と科学のハイブリッド文明だ。
大きく異なる価値観の中で、それを受け入れてきたのだ。
あるものは、ある。それはまだ証明されてないだけ。
今、ミリアはそう思っている。
だから、魂そのものを信じられないとしても、何か残留意思的なものがあるのではないかと推測する。
そういう柔軟性をもつからこそ、コータともうまくやれているといえる。
さて。
ミリアが手をかざした、まさにその瞬間だった。
「!?」
その瞬間、ミリアの世界は渦をまき、光り輝きはじめたのだった。




