013-お宿にて
ヨナの店を出たミリアとコータは、指定の宿に向かった。
「あれかな」
『そうだよ』
「隣のお店は?」
『ヨナのお師匠様の店だな』
「へー……」
『よってみる?』
「んー、よくわかんないお店だし、今日はやめとく」
『そっか、そうだな。わかった』
雰囲気でミリアは興味を示さなかった。
コータは少しだけ安堵した。
というのも。
(魔法薬や道具の店だもんなぁ)
ヨナの店は魔法店であり書籍などもたくさんあったが、ヨナの師匠の店は魔法薬と魔道具の専門店。
どちらも本来、ハマると危険な種類の店なのである。
回避するに越したことはない。
『いこう』
「うん」
さて問題の宿である。
ヨナの店と同じようなドアノッカーがあったので、ノックしてみると中から『どうぞ』と、くぐもった中性的な声で反応があった。
あけて入ってみる。
「あ、すずしい」
中に入ると一陣の涼しい風がふいた。
外は少し暑く、ミリアの腕の中でじっと動かないコータはともかく、ミリアの方は少し汗ばんでいた。
そんな体にとても心地よかった。
で、──眼の前にはカウンターがあり、そこには。
『いらっしゃい。泊まりですか?』
「え?え?」
ミリアのパニックは無理もない。
そこにいたのはそもそも人でもなんでもなく、うにょうにょとうごめく触手の塊だったのだ。
なにこれ?
ミリアは混乱した。
(さすがに無理か)
コータが助け舟を出した。
『あんたがここの店員でいいのか?』
『少し前から店員させていただいてます、シーマ・ペナス・カムノといいます。シーマと呼んでください』
「……えーと?」
あまりにも人類外すぎる触手のかたまりにミリアが首をかしげたが、コータは普通に対応した。
『カムノ族だ。これでもれっきとした知的種族で、ついでに銀河の一員だから安心していいぞ』
「え、そうなの?」
『ああ。ミリア、紹介状を』
「え?」
『ミリア?』
「あ、うん」
言われるままにヨナの紹介状を渡すと、ああと触手のかたまり──シーマは納得したようだった。
『ヨナさんの紹介ですね、了解です。宿泊予定は何日ですか?』
「とりあえず2日で。そのあとは状況次第……それでいいよねコータ?」
『それでいい』
そういうと、コータは触手に目を向けようとして……ミリアの方を見た。
「コータ?」
『何も知らないというのは、ある意味武器だ。
失礼になるようなら僕もフォローするから、ききたいことがあったら聞いてみてごらん』
「あ、うん……えーとシーマさん?」
『シーマでいいですよ、かわいらしいアルカのお嬢さん』
「あ、ありがとう、わたしはミリア。ミリア・ノジマ・ユービ・ボルダです」
自分の名前を説明しようとして、一瞬ためらったミリア。
結局は母親の姓を入れて名乗った。
『ミリアさん……貴女もしかして、ユービ神官長とノジマ・アキさんの娘さんではありませんか?』
「え、父と母をご存知なんですか?」
母の名前を当てられたミリアは目を丸くした。
『お母様とは面識がありません。ユービ神官長からお話をうかがっているだけですね。
彼から、お母様と貴女のことは伺っています。ご無事で何よりです』
「……父が母と私のことを?」
『ええ、結果として地球に置き去りにしてしまったことを物凄く悔いてらっしゃいました。
しかも、彼の立場的にいつまでたっても、助けどころか様子見すらも満足にできない。
そりゃあもう、えらい嘆きようでした』
そこまで言うと、シーマは少しためらうように言った。
『実はですね、貴女にお会いできたら謝罪するつもりだったんです』
「謝罪?なにを?」
『そんなに心配ならトラファガー機関にでも依頼したらって彼を焚き付けたの、実は私なんです。
なんたってトラファガーは第三者機関、ボルダ政府の立場なんて基本、関係ないわけですから。
公的立場で動けないなら、私的に動けばどうかとね』
「……」
『ですが、それは裏返すと大事になりかねないのも事実でした……。
申し訳ありません、突然のことで驚いたでしょう?』
「そうなんですか?ほんとうに?」
『はい、本当です』
思わずミリアはコータを見たが、コータも驚いているのがわかった。
「あの、それってむしろお礼を言わせてほしいです。
だって地球脱出しなかったら、わけもわからないまま私も死んでいたわけですから。
それにあのまま地球で暮らせたとしても、よい未来はなかったと思います。ありがとうございます」
『そうですか……あなたはよい方ですね。
精霊界にいらっしゃったということは、これからも御縁があるかもですね。よろしくお願いします』
「あ、はい、よろしく」
案内された部屋は近代的な要素が皆無の、中世風ファンタジーアニメに登場しそうな宿屋の一室だった。
『では、ごゆっくり』
「はーい」
部屋まで案内してきた触手野郎──ちなみに性別はないそうだけど、便宜的に男扱いだ──は、静かに立ち去っていった。
ちなみに触手の塊である彼がどうやってふたりを案内したかというと、普通に歩いてだった。
その方法はというと。
「あれってロボット?パワードスーツってやつ?」
『一種の歩行装置だな。カムノ族専用のね』
シーマは奇妙な乗り物を使っていた。
人間の形をして首から上がなく、そこから乗り込んで使うような人間サイズの『乗り物』だった。
非人類どころか脊椎動物ですらないシーマは陸上だと素早く動けない。
そんな彼が宿屋で仕事をするには便利な道具なのだという。
『一応いっとくけど銀河文明の産物だよ』
「そうなんだ」
中身がファンタジーだったらどうしようと内心思っていたミリアだったが、バレバレだったようだ。
『さてミリア、情報を整理しようか』
「うん」
落ち着いたところで二人はテーブルを囲み、今後の話をすることになった。
「お船の方は今、わたしは戻れる状態じゃないんだよね?」
『連絡方法がないけど、予定通りならね。
戻る時は、あらかじめ決めてあった行き先座標に僕のセンサーを飛ばして反応を見る。
当然だけど、宇宙空間だったら戻れないからね。
戻れること、元の船内であることを確認したら位置調整して、それで帰れるってわけだ』
船の方は今、あのローラ、船舶頭脳が仕事をしてくれているはずだ。
彼女は船の生命維持装置を切り、さらなる加速もしていた。
「わたしたちが避難したくらいで、そんなに移動時間に差があるの?」
『安全装置を止められるのは大きいよ。有人だと安全のために制限がつくんだ。かなりね』
逆にいえば無人運転だと安全を気にする必要がなく、それらの安全装置も働かない。
「……なんかゲームみたい」
『ゲーム……なるほど、そうかもね』
この手の乗員保護機能は全自動で動作してオフにできないし、銀河の船のセキュリティの裏をかくのも難しい。特に生命維持装置が動いてる状態でオフにするのは不可能といえる。
つまり、確かにこの方法しかないのである。
『生命反応も出ないから、敵をあざむくにはもってこいってわけだ』
「その生命反応ってよくわかんないんだけど、銀河の技術でこう、うまくごまかせないの?」
『できるよ。できるけど小型船では意味がないんだよ』
「……どゆこと?」
『それやると、不自然に色々隠れすぎるんだってよ。
つまり小さな船でやってたら、ここで何か隠してますよーって逆に宣伝するようなものらしいよ』
「あらら」
科学は魔法ではない。
明確な論理により組み立てられており、できることはできる、できないことはできない。
それは地球だろうと銀河文明だろうと全く変わらない。
『ははは、精霊界でする会話じゃないよね』
「ほんとほんと」
コータとミリアは笑いあった。
「それにしても追手かぁ。確定なの?」
『ローラは冗談ぽく言ってたけどマジだな』
「そうなの?根拠は?」
『あいつが直接出てきたからだよ』
「?」
『銀河系の船乗りってね、特にローラみたいなやつは裏方に徹する文化があるんだ。
何かあった場合でも運行責任者、今なら僕にだけ告げてくる。
なのにミリアがいるのに堂々現れて、しかも顔まで出した。
この時点で、間違いなく非常事態だよ』
「ふうん?」
事情を知らないミリアが首をかしげた。
『ローラは正規の社員扱いみたいで特殊だけど、普通は彼女自身がグレーゾーンだと言える。
なのに、僕らの前に自分から積極的に姿をあらわした。
その時点で、やばいから気をつけろって言われてるのと同じなんだよ』
「……そういうもんなの?」
『ああ、どんなに警戒しても損はないよ』
「それほどなんだ……わかった」
お茶を飲みながら、ふたりは話していた。
コータはもちろん人間用のコップが使えないが、ちゃんとミリアが用意してきていた。
いつものように異空間から取り出そうとしたコータだったが「ソレ、あっちで使えないでしょ?練習練習」と謎の言葉で押し切られてしまった。
たしかに空間魔法によるアイテムボックスもどきなんて、銀河文明で使ったら騒ぎになりかねない。
細やかな心遣いに、へえ、女の子なんだなぁとコータは内心つぶやく。
「何か変なこと考えてない?」
『ん?いや、気遣いがありがたいと思ったんだけど?』
「へ?なんのこと?」
どうやら自覚すらもないらしい。
コータは自分たちの種族が違うことに改めて感謝した。
故郷ではよく、幼馴染に感情を読まれまくって困ったものだと。
「それにしても、なんか厄介なことになっちゃってるねえ」
『だな、とりあえず船の状況は僕が確認に戻るよ。こっちに置き去りでミリアには悪いけど』
「仕方ないよ。わたしは戻れないんだし」
『まぁ生命反応切ってても2日はかかると思うし、のんびりと「コータ、そこはこまめに確認して」え?』
コータは少し驚いたようにミリアを見た。
しかしミリアは「ダメ」とくりかえし否定した。
「知らないの?精霊界と現って時の流れが違うのよ」
『ああ、それは知ってるけど……あ、そういうこと?』
ウンとミリアもうなずいた。
「コータ、悪いけどチェック間隔は『のんびり』しないでくれる?」
『そうだな、了解わかった。ありがとなミリア』
「うふ、どういたしまして」
コータに素で感謝されたとわかったミリアは、ちょっと嬉しそうにドヤ顔で笑うのだった。
次話は宇宙船の方に戻ります。




