012-ルクリウムの、おっぱいちゃん[2]
おっぱいのおかげで妙なトラブルになってしまったが、ようやく話が本題に戻った。
「つまり、貴女のいた地球が焼き尽くされて全滅したと。で、それで地球出身らしい者に安否確認にきたってわけ?」
『ああ、そうだ』
「なるほど……そうね。
わたしの知る限り、ポンクルクロッソにミリアちゃんと同じ世界線の地球人はいないよ。わたしも違うしね。だから、そういう意味の心配はいらないよ。安心して」
『そうなのか?』
「うん」
ポンクルクロッソにいる元地球人なんて、たしかに存在自体が希少だろう。
その希少なひとりであるヨナが断言するのなら、おそらく間違いないのだろう。
しかし。
「ここの精霊界って、よその世界線にはつながってないって精霊女王様が言ってたよ?
なのに、ここの元地球人は、その、よその世界線の人ばかりなの?」
「そうよ」
「ヨナさんも?」
「そうよ」
ウンウンとヨナはうなずいた。
「あのね、えーと」
「ミリアでいいです」
「ではミリアちゃん」
そういうとヨナは少し姿勢を正した。
そしてミリアの顔を覗き込むようにして、穏やかに続けた。
「ここは精霊界よ。
ねえミリアちゃん、貴女はどうやってこの世界を知り、ここにやってきたの?」
「はい、空間魔法です。コータに習いました、というより、わたしが使えるのは空間魔法だけなんですけど」
「何だ、ご同輩かぁ」
「え?」
「わたしも空間魔法使いだったの。しかも、他の魔法は全然だめでね」
ヨナは苦笑した。
「でもミリアちゃん、ふつう地球人は魔力をもたないわよね?貴女はどうして魔力を?」
「はい、わたしはボルダ人と地球人のハーフなので。ボルダ人は全員が魔力持ちなんだそうです」
「え、それって異星人とのハーフ?ほんとに?」
「はい」
「そんなこと本当に可能なんだ……まぁいいわ。
あのね、たとえば今、ここにいる元地球人は貴女をふくめて三人いるわけだけど、全員が純粋な元地球人とはいえない、ともいえるのよ。わかる?」
「……どういうことですか?
コータはそもそ人間と全然違う種族だし、わたしも確かにハーフですけど、ヨナさんは元地球人なんですよね?」
「転生したっていったでしょ?
貴女は宇宙人ハーフだそうだけど、その基準でいえば、私はコータと同じ純血の異世界人よ。そもそも地球人とは言えないわね」
「あ」
ヨナの言いたいことをミリアも理解できた。
「他の連中も似たようなもんよ。
たとえば友達に元地球人の精霊がいるけどさ、あいつなんて異世界召喚のあげくに殺されかけて、現地の幻想種に人から精霊に変えてもらったって」
「……ひどい話」
「まったくよ。勇者召喚なんていってるけど、要は体のいい誘拐よね」
ふうっとヨナはためいきをついた。
「話がそれたわね。
ま、わたしも魔法の研究家でもなんでもないから、地球には魔力もちが存在しない、なんて断言はできないけどね。
だけど、これだけはたぶん事実。
もしミリアちゃんの地球に魔力もちがいて、ミリアちゃんみたいに空間魔法の適性者がいたとしても。
でも素養だけじゃ何もできない。ここには来られないわよ」
「どうしてですか?」
「技術が蓄積されてないから」
ヨナは断言した。
「本来、ひとの世界からここにくるのはものすごく難しいの。
純魔のうえに空間魔法が専門、しかもコータっていう経験者に誘導してもらったミリアちゃんは、たぶん難しいと思ってないでしょうけど。
だけど、地球でなんの知識もなくゼロからやったとしたら、一生かかっても道さえ開けないわよ」
「なんでですか?」
「人は……人に限らないけど、普通の生き物は属する世界から出ないし、出ようともしないからよ。
普通の人が使う空間魔法って、今いる空間をどうにかするものなの。つまりアイテムボックスなり、今まで言った場所への転移なりってゲームみたいなアレね」
ヨナは、何もない空間から一冊の本をとりだし、そして収納した。
「そうした便利な空間利用をいくらしても、ここ精霊界に接続することはできないの。
人は──ひとに限らないけど、自分の属する世界の外を無意識に避けようとするから。認識すらできなかったり、ひどい恐怖や混乱に襲われて即座に閉じてしまったりね。
そりゃそうよね、生き物は普通、世界の外になんて投げ出されたら生きていけないもの……ひとつの例外を除いてね」
「それは?」
「実際に別の世界の者の使う空間魔法に触れたり、使い手から渡航方法を直接学ぶことよ」
「!」
ミリアは、まじまじとコータを見た。
「異世界があるという確固とした認識があり、その上で直接の技術継承。これが必要なの。
つまり。
もし地球に魔力があり、技術まで存在したとしても、異世界との交流がなければ渡航はできないの。
これが、ここに普通の地球人がいないことの理由。わかった?」
「……はい、わかりました」
今度こそミリアは大きくうなずいた。
「ま、あたしもこんな偉そうなこと本当は言えないんだけどね。だって、あたしも似たようなものだったから」
「似たようなもの?」
「人間だった頃、実は前世の地球に戻る方法を探していたのよ。だから空間魔法を必死で勉強していたの。
転移でもないと、とても帰れないって思ってたからね。
……だけど結局戻れなくて、かわりにここにたどり着いたのよ」
『おい、それガチの世界間渡航じゃないか。本気でそんなこと試してたのか?』
これはコータも初耳だったらしい。目を丸くしていた。
「そりゃ試したわよ、それに地球にだってたどり着けたわ。
だけど、その地球は別の世界の地球だった。
あたしの故郷じゃなかったのよ」
そういって、寂しそうにヨナは首をふった。
『平行世界か何かだったと?』
『ええ』
『根拠は?』
「日付を調べたら、まだあたしは生まれてないけど両親は結婚してるはずだったの。
だけど、父の家自体がそもそもなかったわ。
母はいたけど、名前が同じだけのまったくの別人だった。
専業主婦だったはずなのに都会でバリバリお仕事してて、相手がいそうな気配もなかった。
……あの人が結婚してあたしを産む?ないわ絶対」
『……』
「……」
ミリアが悲しそうな目でヨナを見た。
「ありがとうミリアちゃん、大丈夫、そんな悲しいことはなかったわ。
違うって確証がもともとあったからね」
「確証?」
「歴史」
ヨナが肩をすくめた。
「本屋さんで歴史本見てね、なにこれって感じだったわ。
織田で第六天魔王って言われた人を見たけど、なにあのおっさん。織田で第六天魔王と呼ばれたっていえば三ノ姫様でしょう。なんなのよまったく!」
「……誰?」
一般常識程度には日本史を覚えているミリアが首をかしげた。
『よくわからないけど、歴史上の人物の配置が違うってことか。たしかに違う世界みたいだな』
「でしょ?思わず笑っちゃったわよ」
『いや、織田信長が女って方が驚きだよ。創作物ではよくあるけどな』
だけどそのコータの反応に、ヨナは思わぬところでツッコミを入れた。
「ノブナ……ああ『織田三郎』様の諱よね」
『え?』
「いくらご当人がもういないからって、実在した人物の諱を呼称に使うのはどうかしら?
あたしだって、三ノ姫様を日常的に秀子呼ばわりはしたくないわ。
昔なら殺されても文句いえないのよ?」
『……あー、たしかに異世界だな』
「え?」
『いや、なんでもない』
コータが眉をしかめたのは、ヨナの故郷で織田信長が女だったことではない。
それよりもヨナが実名、つまり諱と通名を日常的に使いわけている事にだ。まるでボルダ人のように。
もちろん現代日本人ではありえない。
コータやミリアの歴史では、明治のはじめに仮名・通名を廃止して諱を本名と定めている。歴史上の人物についても以降は諱のみで語られるため、当時なんと呼ばれていたかを知る人は歴史に詳しい人だけだ。
たかが呼び名とはいえない。
ここが違えば成人などの通過儀礼まで全然違っている可能性があるからだ。
ほんの少し話しただけで、こんな違いが出てくるのだ。
おそらくマジメにきちんと調べていたら、無数に矛盾点がでてきてしまうだろう。
「そっか、人間の世界ってそんなにたくさんあるんだね。不思議」
「あら、あたしにしてみたら宇宙人ハーフのミリアちゃんの方が不思議よ?」
「へえ〜……」
世界は、宇宙は広い。果てしないと言われるほどに。
だけど異空間を旅できる者にとっては、その巨大すぎる宇宙ですら、数ある宇宙のひとつでしかない。
広すぎるのだ、この世界は──特に空間魔法使いにとっては。
そんな中、ひとりの人間が複数世界の地球を知るということは、かなりレアな部類だろう。
ミリアだけでなくコータも感心して話を聴いていた。
そして、いくつかの情報交換をして。
とりあえず時間がだいぶかかったので、今回はおひらきにすることにしたが。
「え、帰らないの?」
「うん」
「あっちで旅の途中なんでしょ?大丈夫?」
『今、船は生命維持装置を切ってるんだ。終わるまでミリアが戻れない』
「あらら……でもじゃあどうするの?」
『宿をとりたい。精霊界の影響なく泊まれるとこないか?』
「あるよ」
『あるのか!』
まさかの即答にコータが驚いた。
「精霊化をおさえつつ泊まりたいんでしょ?
あたしが人間だった頃に使ってた宿、あそこを使えばいいわ」
はいこれ、とヨナが差し出したメモをミリアが受け取った。
「これは?」
「お宿のメモ。お師匠様の店の隣にあるの」
『準備がいいんだな』
「たまにそういうひと、いるからね」
『すまん、世話になる』
そんな、お互いの行動理由を先回りするような会話をしていると、あたりまえだが、ついていけない者の機嫌が悪くなる。
今回の場合はミリアがそうだった。
「……ふたりは、仲がいいの?」
「え、ああごめんね、そういう関係じゃないわよ」
ヨナがミリアの疑惑の顔に気づき、ないないと訂正した。
「コータの地球はナゾすぎるもの。それで前にいろいろ問い詰めたの。
わからないことがいろいろあったし、別の地球の話でも何か参考になるかなって」
「……何かわかった?」
「ダメ。あまりにもナゾすぎて、全然参考にならなかったわ」
「そうなの?」
「ええ」
『……どういう意味だよ』
「そのまんまの意味よ。
猫の人類、つまり小さいながらも肉食の知的生命の社会なのよ?どんだけ異質な世界史がでてくるんだろうって期待したわよ」
『あー』
ヨナの言いたいことがコータにも理解できた。なんとなくだが。
『なのに、そりゃあ細部では違ってるだろうけど、気味が悪いほど歴史的差異がないんだもの。
逆にナゾが深まるだけで参考にも何もならなかったわよ」
そういうと、ヨナはクスクスと笑うのだった。




