011-ルクリウムの、おっぱいちゃん[1]
ポンクルクロッソ。
それは、ここ精霊の森に隣接する商業地域の名なのだけど、実は精霊界そのものの別名でもある。
どうしてそんなことになっているのかというと、もともと現在のポンクルクロッソの位置に森と小さな町があり、かつてはそれだけが精霊界だったからだ。
精霊が増え、訪れる者が増え、妖精たちが住み着き、精霊界は大きくなった。
町が大きくなったので森を移動させ、旧ポンクルクロッソとの間には道をつけた。
そうしてだんだんと今の形になっていったのだという。
古いポンクルクロッソの中でもルクリウム通りは最も古く、そこに森があった当時からの買い物通りだ。
一時は『古本横丁』と呼ばれる古書店の集合体になったのだけど、それに道具屋や古物商なども加わり、さまざまな商品を扱うお店の集まる通りとなった。
ただし食料品だけは近隣のバルリウム通りの管轄になり、両者の境界には屋台街ができた。
他にもいくつか棲み分けがなされているらしい。
さて。
そんなポンクルクロッソ・ルクリウムの57番地にその店『ヨナの店』こと通称『2号店』はある。
対する1号店である『ララフェンの店』の店主が錬金や魔道具寄りなのに対し、ヨナの店は完全な魔法寄り。もともと師匠と弟子という関係なのもあり、それぞれの得意なものはお互いに融通しあう。協業することもあり、ふたつの店は棲み分けて営業を続けている。
またその運営形態ゆえに、ヨナの店がララフェンの弟子の店と広く認識されている。
ミリアはそそくさとバスを降りると、さっそくコータを抱きかかえて町を歩いていた。
そして。
「この店?」
『ああ、そうだぞ』
「でもこれ、なんのお店?本屋さん?」
地球でもボルダでも、ショーウインドウなどは似たようなものだったが、ここにはそんなものはない。
外から見たら、個人のやってる民家改造の喫茶店のような雰囲気だった。
そして、わずかな窓からは店内の大量の書籍類が見えていた。
『魔法店だよ。あの本たちは魔法書や研究書だと思う』
「杖とか売ってるんじゃないの?」
『そういうのは魔道具店だな。
魔道具の店はお師匠さんがやってるんだ。
ここの人は本業魔術師なので道具類や素材は専門外だし、お師匠さんは逆に魔法は得意じゃないそうでね。
で、道具や素材はお師匠さんにまかせて完全な純魔の店にするって言ってたよ』
「え?お師匠さんと弟子なのに専門が違うの?」
『精霊術、つまり精霊に力を借りる専門の術があるんだよ。それの師匠と弟子なのさ』
「そんなのあるんだ。それ、わたしとコータは使える?」
『今はまだ無理だね。
というか、精霊術を使うためには、こっち側の要素がかなり強くないとダメなんだ』
「あ、そういうもの?」
『ああ、だから僕らにはずっと未来の話だし、それでいいんだ』
「わかった。ノックしていい?」
『いいよ』
「わかった」
ミリアは、カウベルっぽいものをコンコンと打ってみた。
ハーイという声が中からして、やがて扉が開いた。
そして、顔をのぞかせた女を見た瞬間。
「!」
ミリアは目を見開いて一歩引いた。
「ハイこんにちはってコータちゃん?あらら、お久しぶり元気だった?」
『よう、生きてるようで何よりだヨナ・サーワ……と言うつもりだったけど、おめでとう、でいいのか?』
「うんうん、ありがと。おめでとうで合ってるよぉ」
そう言って笑ったのはこの店の店主、ヨナ。
しかしそのヨナを見たミリアの反応はというと。
「……おっぱいだ」
『ミリア?』
そう、ヨナは巨乳だった。
ミリアは自分のそれと見比べ、悲しげな顔でうつむいた。
そして、それを見たヨナは「あー」と何か納得したような、そして困った顔をした。
しばらくお待ちください(おっぱいタイム by ミリア)
なぞの交流タイムが過ぎて、ちょっと疲れた顔のヨナ、どうでもよさげな顔のコータ、そして満足そうなミリアがいた。
『改めて紹介する、彼女が元地球人のヨナ・サーワだ。
しかし驚いたな、まさかこんなに早く完全精霊化してたとは。何があった?』
「言ったじゃん、師匠が店ひとつ任せてくれるって」
『だからって本当に急いで精霊化するか?』
「あいやいや、そこは違うよぉ。
故郷で戦争のコマにされそうになって精霊界に逃げ込んだのは知ってるよね?」
『もちろん、ぼやいてたよね?』
「あれがちょっと長引いちゃってね……気がついたら人でなくなってたのよ。
まぁ、そこまでは予想してたんだけどね。
で、完全にこっちに住み着くつもりで準備していたら、とうとう完全に精霊化しちゃったってわけ」
『あー……そういうことか、おつかれさん』
「いいよ、ありがと」
「はい、質問」
ミリアが手をあげた。
「なあに?」
「ヨナさん地球人ってきいたんですけど、どうやってここに来たんですか?」
それはミリアの気になるところだった。
ミリアがここにいるのは空間魔法、ひいてはソレを可能にしたボルダ人の血によるもの。
純粋な地球人に魔法が使えるかは不明ではあるが。
ならば、目の前のヨナなる人物はどうして?
詳細を聞きたいと思ったミリアだったが、予想外の返答に驚くことになる。
「ごめんねえ、あたし、そもそも地球からの転移者じゃないのよ」
「え?」
「別の世界の人間なんだけど、地球で生きた記憶があるの。いわゆる転生ってやつかしらね。
だから肉体的には異世界人だったの、しかも魔法がある世界のね」
「!?」
「だからごめん、地球人が直接何かの理由でとか、突然ここに迷い込んだとかじゃないのよね」
「てんせい……って、転生!?」
ミリアの目が点になった。
しかしすぐ「むむむ」と悩ましい顔になった。
「いや、あの、ごめんなさい。話せないことがあるってのは察したけど、その、なんていうか」
「あ、信じてないね。ごまかしてないよ、これ全部本当だよ?ほんとに転生したんだよ?」
『あー……ごめんヨナ、こいつ転生とか前世とか、その手の非科学的なニュアンス全然ダメなんだ』
「ええ!?」
ヨナが信じられないものをみる目でコータを見た。
「コータ。逆にきくけどさ、あんた、そこまで純粋な科学の信徒にどうやって空間魔法なんて仕込んだわけ?……まさか」
『おい、なんで犯罪者でも見るような目すんだよ。
単に科学的に未解明の現象を魔法と呼んでるって教えたよ。事実だろ?』
「うわぁ……なにその詭弁」
『詭弁じゃないよ、何ひとつ間違ってないだろ?』
「そりゃ、あんたたち宇宙文明の人たちにゃそうだろうけどさ……」
『こいつの国、マドゥル星系のボルダっていうんだけど、そもそもボルダが宗教国家でさ、しかも魔法と科学のハイブリッド文明で宇宙まで進出してんだこれが』
「ちょっとなにその変態国家。そっちの方がよっぽど非常識じゃん!」
『ハハハ、そうかもね』
仕方なくコータが説明することにした。
ミリアは最初、懐疑的な目を向けていたが、コータの説明を聞いてるうちに「あ、そうか」という感じになっていった。
『転生なんて言うと、うさんくさい気がするよな。それはわかる。
でもな、生命と死の仕組みだって、いまだに解明されてないことが多いんだ。
なのに最初からおかしいって決めつけるのは、さて、科学的な考えと言えるかな?』
「う……た、たしかに」
ものすごく詭弁だけど、平然とコータは続けた。
『魔法と同じだよ。そこは「そういうものだ」としておかないか?』
「あー……そうだね、うん、わかった」
「うわ、納得させちゃった。なるほど、これが手口なのね」
『手口ってなんだよ。まるで騙してるみたいに』
「あはは」
やがて納得したのか、ミリアはヨナに頭をペコリとさげた。
「ごめんなさい、理解できないからって失礼なこと言いました」
「うふふ、ううんいいの。それよりミリアちゃん、コータのいうことなら聞くんだねえ」
「え?あ、ち、ちが!」
「あらごめんなさい、そうね、決めつけるのはよくないわよね、フフフ」
真っ赤になるミリアに、くすくす笑うヨナ。
意味がわからないマヌケな黒猫だけが「?」な状態になっていた。
ヨナ・サーワ:
拙作『異界漂流者の物語』のストーリー『精霊界にて』の未来の姿。
もともと地球から異世界に転生して魔術師になり、その第二の人生の中で精霊と関わりができて今に至る。たしかに元地球人ではあるが、ミリアたちとは全く事情が異なっている。
かなりの長い時間精霊界で過ごしている。
もともと異世界の空間魔法使いでもあり、コータとは別の意味でベテラン。
宇宙文明:
銀河の住人であるコータたちは星間文明と呼ぶが、純粋な地球人から異世界人になった彼女は自分を銀河文明の人とは思っていない。彼女の目線では異星人でなく宇宙人、銀河文明でなく宇宙文明となる。
つまり立ち位置の違い。




