010-精霊界
今話から精霊界パートです。
※途中から読み始めた方へ。
本作では主人公であるコータとミリア、両名が空間を制御して他所に移動する能力を持っています。
とはいえその能力には制限があり、ゲームのように「行ったところならどこにでもいける」ような便利なものではないのですが、それでも今のところ、彼らが自由に出入りできる世界があります。
そのひとつが精霊界と彼らが呼んでいる世界です。
そこは現実世界と同じ世界線に隣接する異空間ですが、現実世界とは違う理で動いているので何ともファンタジーな佇まいになっています。
だけどれっきとした現実世界の外であるがゆえに、空間を渡る能力を持たない者たちは知らないし、話しても伝わらない。だから知る人ぞ知る秘密になっています。
世界はひとつではない。
他でもないコータ自身がその証明である。
彼は異世界からこの世界に漂着した、いわゆる異世界人である。猫の姿なのも、もともと猫に酷似した知的生命なのだ……銀河での仕事のためサイボーグ化はしているが。
そんな風変わりな由来をもつコータだが、さらに一風変わった特殊能力も持っている。
『空間魔法』。
なんで銀河文明の住人に魔法なんてものを持っているのかとか、そういう説明は別の機会にしよう。あるものはあるのだと理解してほしい。
コータの『空間魔法』の真骨頂は、任意に別の世界に移動できること。
さすがに故郷の世界となると完全な異世界であり難しいが、現在地に隣接する異世界なら普通に出入りできるのである。
まぁ、現実世界に隣接する世界なんてのは何もない隙間のような場所がほとんどなのだけど、例外もある。
そのひとつが、いわゆる『精霊界』である。
◆ ◆ ◆ ◆
精霊界は精霊、それから妖精と呼ばれるこの世ならざるものたちが悠久の時を過ごす世界。
現実世界に生きているコータたちとは完全に異質の、まるでファンタジー映画のような場所。
当初、コータはミリアをあまり精霊界に触れさせるつもりはなかった。
なぜなら精霊界は文字通りの異界だから。
銀河文明に生きられるはずのミリア。
地球であまり幸せといえない暮らしをしていたミリアには、普通の幸せを掴ませてやりたかった。
しかしミリアは、精霊界とあまりにも相性がよかった。適性に至ってはコータ以上だった。
こうなってしまっては仕方ない。
ミリアに空間魔法を教えた者としては、彼女の行く末を見守ってやるのも義務だろう。
そうも思っているコータだったのだが。
『おや、こっちはいい陽気だな』
「やっぱ雨上がりはいいよねえ」
『ん?天気崩れてたのか?』
「うん、ここんとこ雨が多くてね、やっと晴れたよぉ」
『……そうか』
どうやらコータが普通に仕事をしている間にも、ミリアは頻繁に顔を出しているらしい。
『よし、僕はちょっと行くよ。あとでな』
「ってコータ!?」
するりとミリアの腕を抜け出し、トットッと走っていくコータ。
ミリアはあわててその後を追いかけた。
石畳の道を音もなく駆けていく黒猫と、それを追いかける美少女。
ミリアはそろそろ大人にさしかかる年代なのだけど、あいにく小柄で童顔なもので、ここでは普通に少女に見られてしまう。
歩いていた住民らしき異形の者たちの優しい目線も、明らかに子供向けだ。
ミリアはしばらく追いかけて、やがて大きな通りに出たコータをつかまえた。
「はぁ、はぁ、どこ、いくの」
『ん?女王のとこ行くんじゃないの?』
不思議そうにしているが、もちろん追いかけてくるミリアには気づいていたコータ。
それはそうだ。
でなきゃ、猫がおとなしく人間の女の子に捕まるわけもない。
ミリアは精霊女王に非常に懐いているし、かわいがられてもいる。
そして、森の図書館で読書タイムするのも大好きだ。
精霊界にくるとまず女王様にあいさつし、場合によっては女王とお茶してから図書館いきが基本だった。
だからコータはコータで自分の用事をすませるつもりだった。
しかしミリアとしては、コータの優先度のほうが高い。
せっかく一緒に精霊界にきたというのに、コータを放置するわけがないではないか。
コータはそのあたりの認識がまだ甘い。
「そうじゃなくて!コータは、どこいくの?」
まだ息が切れていた。
『──言ってなかったか。安否の確認にいくんだよ』
「安否の確認?誰の?」
『ほら、銀河に出ていた地球人の安否がオン・ゲストロで確認されてるだろ?
だけど、さすがのオン・ゲストロも精霊界にいる地球人は知らないだろうからね、まぁ念のためさ』
「ああそっか、安否の確認……って精霊界にいるの、地球人が!?」
『いるよ。正しくは「元地球人」だけどね』
ミリアは初耳だった。
まさかの爆弾発言だった。
「コータ、なんでそんな大事なこと言わなかったの!?」
『落ち着いてミリア、そもそも精霊界そのものが秘密じゃん。外で言ってどうすんだよ』
「あ」
そっか、そうだったとミリアは納得した。
精霊界には空間属性もちか、あるいは精霊術師しか入れず、銀河文明でもその存在は認知されていない。
どうも別の世界の事というのは、その世界に縁のない連中にはうまく認識されないようなのだ。
だから話題になっても、自然と立ち消えてしまう。
話題にしても伝わらないし、だいいち伝える意味もない。
だから銀河文明が広がるような世界になってもなお、精霊界は、そこに入れる者たちだけの秘密になっていた……。
『今日まで放置してたのもそのためさ。確認しても意味がないんだ。
僕がいこうとしているのは、単に自分が気になるから。それだけさ』
「そっか。でもどうして地球人がいるの?」
地球には魔法使いなんていないはず。
だけどコータは言った。
『逆にきくけどミリア、君はなぜ魔法が使えた?メンタリティはともかく物理的には地球出身なのに?』
「……つまり事情ありってこと?」
『そういうこと。さ、きたよ』
「え?」
コータの見た方をみて、ミリアは目が点になった。
「なに、あれ?」
『見てのとおりバスだよ』
「……」
『おもしろいよね。ボンネットバス、だっけ?偶然だろうけど、なんであんな形なんだろうね?』
もちろんボンネットバスそのものではない。見ればわかる。
ボディのあちこちから木の枝が生えているし、何か妖精か精霊かわからないけど、まだ形さえ成してない燐光みたいなものをたくさんつれて走っている。エンジンが回っている気配も音もない。
だけど確かにそれはバスだった。中には乗客の姿もみえる。
『僕はアレでお出かけするけど、ミリアはどうする?』
「行きたい!」
『そんなに行きたいの?けど、あまり面白いとこはないよ?屋台のほかは道具屋と古書店しかないとこなんだ』
「え、森の図書館以外にも本があるの?」
『そりゃああるさ、僕らみたいなのが持ち込んだ本もいっぱいあるし……ミリア?』
「おお!」
『あーあ、瞳キラキラさせちゃって……わかったわかった、つれていくよ』
「やったー!」
そんな話をしているうちにバスはふたりの前で停止した。
運転席らしきところにいる、服を着込んだ犬の運転手みたいなものが声をかけてきた。
「どこにいくんだい?」
『ポンクルクロッソのルクリウム通りへ』
「あいよ。駄賃はもっているかね?」
『ん、久しぶりだからレートわかんないけど、これでいい?』
コータの右の空間がちょっと開いて、そこから青い石のようなものがふたつ、ふよふよと運転手のところに飛んでいった。
運転手はそれを受け取ると、しげしげと眺めてから目を剥いた。
「おや、これはまたいい魔石だ。異世界産だな──ケープランドあたりか?」
『ツンダーク産だよ』
「ほほう、それはまた珍しい」
『足りる?』
「足りすぎだ。これじゃあお釣りがないぞ」
『あー、だったら往復割引にしといてくれる?』
「そこの嬢ちゃんと二人分で、さらに往復割引でも全然多すぎる。さすがに受け取れんな。
そうだ二人とも、定期券はいらないか?」
『定期券?』
「二人が今の二人である限り無期限のバス定期券さ」
『……それはそれで豪気すぎないか?』
「君ら、いずれ同胞になる身だろ?」
『……そういうことか、つまり変わるまではその定期でいいと?』
『ああ、そうだよ』
『わかった、それでお願い』
「まてまて全部はいらない、もらうのは一個な。それでこの2つの定期券だ」
『ありがとう』
ひとつと二枚のカードをもらうと、コータは一枚をミリアに渡した。で、石と一枚を自分の空間にしまいこんだ。
ミリアはそのカードを見た。
日本の古い免許証のようなデザインで、驚くべきことに顔写真までついていた。
そこには、びっくり顔のミリアが写っていて──そして一瞬画像がブレたかと思うと、おすまし顔の、よそいきのミリアに変わってしまった。
「なに、これ」
『ん?ああ写真かい?』
「誰も撮影してないのに」
『オーナー登録だよ、便利だよね』
「……まるで魔法」
『そりゃそうだよ、魔法だもん』
「あ、そっか」
やっとミリアも納得したようだ。
「うん、まいどあり。ポンクルクロッソ・ルクリウムなら4つ目だからね、気をつけて」
『ありがとう。乗るよミリア』
「うん」
運転手は笑顔で、適当なとこに座りなさいと態度でうながした。
ミリアは自分のポーチにカードを収納すると、コータに続いて乗り込んだ。
中に入ると座席はほとんどいっぱいだったが、ひとつだけ窓際の席が空いていた。
ミリアはコータを抱えると、そこに座った。
やがて着席を確認したのか、バスはゆっくりと走り出した。
「ねえコータ」
『なに?』
「こんな通りとかバスとか、はじめて見るんだけど?」
『あの森にバスは来ないからね。仕方ないさ』
ミリアはキョロキョロと車窓に映る風景などを見た。
『ミリア、君は森から出るの初めてなんだろ?』
「うん、ていうか森の外があるなんて知らなかった」
『やっぱりか』
タハハとコータは苦笑した。
『ミリア、たまには森の外も見てごらん。勉強になると思うよ』
「わかった」
そんな話をしていると、乗客たちが話しかけてきた。
「嬢ちゃんは森からきたのかい?」
「うん、いつも女王様のとこに行ってるの。今日はコータについてきたけど」
「ああ、精霊女王様の子かぁ。なるほどなるほど」
「え?私、人間だけど?」
「うんうん、今はそうだね。だけど精霊女王様に見込まれたんなら、いつかは精霊の子になるさ」
「お嬢ちゃん、精霊になるのはイヤかい?」
「んー、イヤじゃないけど、なるならコータといっしょがいいな」
「ああ、なるほどなるほど」
そんな話をしつつも、バスはポンクルクロッソの市街をゆっくりと走っていった。
魔石:
魔力をチャージしたり引き出せる、電池のような汎用の石。
色艶が精霊界のものと異なっている。異世界のものは容量が大きかったり、いろいろな付加価値があるのでお金代わりに取引される時も少し高めになる。
ツンダークについては拙作『モンスターといこう』を参照のこと。




