006-今の状況とあの時
これが地球?
特に美しくもない、土と石くれしか見えない惑星の風景に、ミリアは目を点にした。
かろうじていえば、大気圏が光を乱反射しているあたりはキラキラと輝いていてきれいだ。
だけどそれは太陽の光の反射であり、地球そのものの美しさとは言えない。
かつて、宇宙飛行士たちが称賛した美しい星は、そこにはなかった。
あっけにとられているミリアにコータが続けた。
『今はまぁ、見守りのフェイズかな』
「見守りのフェイズ?」
『全惑星の温度を下げなくちゃならないわけだけどさ。
有人だった惑星全部そのままだからね。ただ冷やせばいいってわけじゃないんだよ。
そもそも物質は、熱くするより冷やす方が難しいしね。
だから今は、状況を見極めてる最中なのさ』
「そう」
別にミリアは地球そのものに害意があるわけではない。
ならば、きれいな緑の星が戻ることになんの問題があろうか?
どんな形にせよ、いつかは緑あふれる星に戻ってほしい──そうミリアは思った。
「これ、もとに戻るの?」
「戻ると思うけど、時間はかかるし、あと生態系はその時点でテコ入れすると思うよ」
「へー……ねえ」
『ん?もしかして事情を知りたいのか?』
「ええ、どうしてこうなったのか、誰も教えてくれないもの。なんで?」
こてんと首をかしげたミリアにコータは答えた。
『そりゃあ、ミリアが地球育ちって知ってるからさ。どういう反応するかわからないだろ?』
「……私は気にしないのに」
『それについてはごめん、事情知ってる僕や機関の人間がフォローすべきだった。
ミリアと親しくなったやつは君の帰属心が地球にないのを知ってるけどさ。他の人にはわかんないわけだし。
──ごめんよ』
「……ううん」
ミリアは首をふるとコータを抱き上げ、静かに抱きしめた。
「ありがとう」
『お、おう』
『地球を滅ぼした連中だけどな、実は滅ぼすつもりなんて全然なかったそうだよ』
「え?」
突然のコータの言葉に、ミリアが眉をよせた。
『地球に小惑星を叩き込んだ連中って連邦系の場末の開発業者でさ、そもそも惑星上に原住民がいることすらも知らなかったらしい。
彼らへの依頼にもちゃんと指示だけでなく目的も書いてあった。僕も見たよ。
目的のところには、駐在のオン・ゲストロの連中への嫌がらせと書いてあった』
「……いったいどういうこと?
嫌がらせって、そんな程度の目的なのに、どうして地球を滅ぼしたの?」
『彼ら、地球の現状を全然知らなかったんだよ。
まさか、まったく銀河文明と無関係の未開文明の星とは知らなかったらしくてね。
せいぜい、開発中の移民星程度に思っていたらしい』
「……なにそれ?」
『うん、僕もそう思うよ』
多くの銀河文明で使われているルールのひとつに「星間文明をもつ種族こそ隣人」というのがある。
ボルダの属するオン・ゲストロ陣営でも当然守られており、その点は連邦と変わらない。
だけど現実問題として、たとえ未開種族でも誰かが住んでいるとわかる場所に、仕事だからという理由だけで小天体をいきなり落っことすバカはいない。少なくとも一度、関係各所に確認をとるものだ。
『ちなみに彼らも一応、地球にむけて通信で呼びかけてはみたらしいよ』
「え、よびかけたの?どこの国に?どうやって?」
『ああ、連邦式の量子通信で、事前に呼びかけたらしい。これから小惑星を現実に投下しますよって』
「なにそれ、量子通信なんて地球のインフラ対応してないよね?どこの国がきけるの?
それに事前の呼びかけってなに?」
『まあまあ落ち着いて、ミリア』
コータはためいきをついた。
『連邦の決まりでさ、辺境宇宙で天体規模の作業をする時は、事前に開拓ニュースみたいなところに流すそうなんだよね……現地で人がいないかの連絡もそう、あいつら、要は決まり通りにはちゃんとやってるんだ』
「それって、現地の人のことは全くかんがえてなかったってこと?」
『正解、悪い意味での連邦野郎だよね。まったく』
「……」
厳密にいえば、星間文明をもたない種族を未開と分類する流れはオン・ゲストロにもあるのだけど、コータはそれをわざとミリアに指摘していない。地球を滅ぼした業者はたしかにろくでもないが、わざと、事実よりさらに悪人に仕立てた形になる。
だけどコータは理解していた。
ミリアはおそらく、当人の認識よりもずっと、地球壊滅を重く感じていると。
そう。
たしかにミリアは地球人を味方と見てないが、それでも全ての地球人と敵対していたわけではない。
良かれと思った人もいたろう。思い入れだって少しはあったろう。
その人たちはなくなり、自分は生きている──何も感じないわけがない。
そうした気持ちを考えたうえで、わざと、わかりやすい悪人をミリアの心に設定してみたのだ。
『ごめんねミリア』
「え?」
『あいつらはたしかにとんでもない奴らだが、ミリアを安全に逃がすため、あの時に情報を制限したのも事実だ。
その意味では僕も悪人かもしれない。本当にごめん』
「……コータは別に悪くないよ」
『そうかな?』
「ええ、そう」
ミリアは大きくうなずいた。
「顧客を安全に逃がすためには情報封鎖って重要なんでしょ?」
『あー、機関の安全確保マニュアル?』
「うん」
にっこりとミリアは笑った。
「私を安全に逃がすために、あえて後で私に恨まれることも覚悟で情報制限したんでしょ?
機関の研修で知って、なるほどねって二度納得したよ。ありがとねコータ」
『礼なんていらない。ただのマニュアル通りの行動だよ』
「はいはい」
横をむくコータを、たのしげにミリアはツンツンとつついた。
「それにしても、機関で勉強して改めて思ったよ。ひどい状況だったんだねえ」
『まあね。
実際、あの時点で無理ってわかって、泣きながら脱出した人が結構いるんだぜ』
「それって」
『だって、何も言えなかったんだよ。
オン・ゲストロ側の人間にしてみればさ。
ある日いきなり業者がきて「通告のとおり、今から地上を焼き払います」って宣言されて、なんだってー!って状況だったんだぜ?』
「……」
『できることなら、全ての人に知らせて逃がしたいさ。
だけど、そんな時間はどこにもない。
まして、地球側に知らせたところで絶対にどうしようもない。
だって時間以前に、彼らは逃げ場すらないし、助けるどころか関係者を説得する時間すらなかったんだし』
「……」
『こういう時はさ。
パニックと地獄の中で死んでいくよりは、突然にスパッと死ぬ方が苦しみが少ないだろうって考えるのさ。銀河の人々としてはね』
「……」
『一応言っておくけど、オン・ゲストロの駐在員たちはやめろと応答したらしいよ。
だけど、繰り返し作業時刻を知らせてきて、それまでに退避をって回答されただけだったって。
つまり、決まりだから告知しているだけで、対話のつもりはなかったんだろうね』
「……そう」
ミリアはその時、出会った時のコータとの会話を思い出していた。
コータ【ここに呼ばれるまで、僕は地球を出る準備をしてたんだ。君も急いだほうがいい、今すぐ】
ミリア【……何か大変なことがあったの?】
コータ【ああ、最悪だよ。今後のことはわからないけど、かりにいつか戻るとしても今は避難したほうがいいね】
ミリア【……そんなにひどいんだ】
コータ【うん、ひどいよ】
「あの時、今は避難したほうがいいって言われたのって、そういう意味だったんだ」
『そうだよ……詳しく言わなくてごめんね』
「ううん、ありがとう。あの時にいきなり実情なんて聞かされたら、情報量多すぎて座り込んでたよ。
そうならないように、わざと考える余地をなくしてくれたんでしょ?」
『うん、そう。あの時もし地球側に追いつかれてたら、それだけで危険だった。
当時のくわしい話、きいてる?』
「えっとね、もし私が携帯を持ち出してたら、まずかったとは聞いたよ。
あと、転送ポイントに移動するのが数分遅れても間に合わなかったって。
ほんと、ものすごくギリギリだったって」
『ああうん、そうだよ、それで正解。
あの時、もし携帯を持っていたら……そして歩き出すのが2分も遅れていたら、あの通路のある小屋に入る前に携帯が鳴り響いたと思う。非常事態、ただちに避難所に緊急避難ってね』
「避難所って」
星が落ちてくる状況で、避難所に逃げてなんの意味があるというのか?
だけど首をかしげるミリアに、コータが続けた。
『それくらいしかできる事がなかったって事だと思うよ。
ただ、あの時点でそれがミリアの耳に届いたらどうなったと思う?』
「あ」
それでミリアも気づいた。
「……どういうことなのって、足を止めたかもしれない」
『そう、そして、それが致命的だったんだ』
「……」
『小惑星の影響が地上に出始めたら、転送ポイントは安全のため動かなくなってしまう。
でもそうなったら、僕らにとってはアウトだった。
……ほんとうにギリギリだったんだよ。あの時』
「……コータ」
『なに?』
「本当にそうなったら、コータは私を見捨てるしかなかったんでしょ?」
『……』
「ありがとね、見捨てないで一緒に逃げてくれて」
『いいんだよ、仕事だったんだから』
「うんうん」
ミリアは満面の笑みでコータを抱きしめた。
地球を襲った業者の行動について:
地球人が見られない場所への告知とか、このあたりは業者がマヌケなのでなく、へー現住生物いるんだ、まぁいるんだろ、オン・ゲストロの支所があるそうだから、決まり通りに告知出しとけ、了解!……程度の軽いノリでやっちゃった模様。
ちなみにメタ発言で恐縮ですが。
うちのいくつかのSF作品に登場する「なんかふざけた業者が地球を壊滅させる」構図は、古い方ならご存知かと思いますが、『The Hitchhiker's Guide to the Galaxy(銀河ヒッチハイク・ガイド)』という、1970年代後半に出た有名な英国のSFシリーズの自分なりのオマージュになっています。




