005-船内食
ハイパードライブ中になると、コックピットの風景映像などは実画像ではなくなってしまう。
なのでコックピットを出たふたりは食堂に移動することにした。
食堂はすぐに到着したが、ミリアは目を丸くした。
「狭い」
『ピアン号だからな』
それは部屋といっていいのかもわからない、機械の隙間のデッドスペースを有効利用しただけの空間だった。
たった数名しか想定してないピアン号の乗員でさえ全員座るのは厳しい。それほどに異常な狭さといえた。
「なんでこんな狭いの?」
『あー……銀河を旅する船の中でさ、継続的に大きなリソースを必要とするのはどこかわかるかい?』
「継続的……んー」
素人にこんな質問をすれば、よくある答えはエンジンとか動力系だろう。
だけどミリアの返答は違っていた。
「えーと……生命維持関係?」
『ふむ、理由は?』
「生命維持って、中に人がいる限りずっと必要でしょ?
エンジンはたしかに大きな出力がいるわけだけど『継続的』じゃないよね?休める時は休めるわけだし?」
『正解、ミリアは僕の予想より宇宙に向いてるかもね』
ウンウンとコータはうなずいた。
『慣性航行中の船なんて、原理的には投げた石と同じだからね。単に空気も重力もないから惰性で飛び続けているだけだ。
それに比べて、生命維持システムは節約がしにくい、というか止められない。
生活環境の維持や食料や水、浄化に排泄処理。
旅が長ければ長いほど、ひとの生命活動にかかるコストは増え続ける。
これらは有人である限りは絶対に削れない』
「そうだね」
『だから、お安い小型船では、削れるものはなんでも削る。ピアンは古いから食堂があるけど、最近の船なんて、そもそもキッチンも食堂もないんだぜ?』
「それはひどい」
『そうかもな……よし、あがってきたぞ』
「おー」
部屋の片隅にある電子レンジのドアのようなものが開くと、中からいいニオイが漂ってきた。
ミリアが取り出すと、そこにあったのは鶏の唐揚げに似たものをスクランブルエッグと野菜で取り囲み、広いお皿に丸くトッピングされていた。中が熱く、外に向かうにつれて冷たくなる配置だった。
飲み物は、ボルダでよく見かける緑茶。
ちなみにフォークだけでなくお箸もあるのは、もちろんミリアに配慮されたものだ。
「お花みたい。これ、なんて料理?」
『そのまんま、花のお皿だな。古い軽食スタイルのひとつだよ』
「へー……油っこい?」
『鳥から出た油しか使ってないよ。それも大部分は捨てられる。
あっさりと仕上げるんだ。
油を追加するようなことは絶対にしないし、なんなら炒めず蒸してもいい。
おかげさまで、お年寄りでも見た目よりはずっと食べやすいってさ』
「そうなんだ」
大皿の中心に鶏肉の揚げ物、その外側に黄色い卵系の色々、そしてその外側を揚げ野菜で囲う。
まるで皿の全面で作った大輪の花。
花のお皿。
ボルダで民家にお邪魔すると、来客対応などで出てくる定番のひとつである。
気軽に作れるよう、どこの家でも花のお皿に対応した調理器具が普及していたりする。
「そんなに人気なの?」
『まぁシンプルだし、野菜・肉・卵と揃ってるのが、特にアルカには受けがいいよ。
だから、特に来客時によく作られる。
手づかみでもいいし取り皿にとって箸やスプーンでもいい。好きな食べ方で食べればいいんだ』
「お箸ある?七味は?」
『マニアックだな。あるよ』
うれしそうにミリアは小皿とお箸を手にとった。
食事が終わり、ふたりは狭い食堂から談話室に移動した。
「ちょっと余っちゃったね」
余ったものは回収・検査の後、問題なければ次の食事で続きが食べられる。
『少し多すぎたか?ごめんな、適量が読めなくて』
「仕方ないよう。ま、先は長いからゆっくり知り合おうね?」
『……』
「ん?どうしたのコータ?」
『いや、一度確認したかったんだけど』
「ん?何を?」
『ミリア、君は本当に僕と一緒にいるつもりなの?』
「……?」
『いや、そこで、何をあたりまえのこと言ってんの?みたいな顔しなくていいからさ』
なんでこうなった?
改めて、ミリアの思考と行動にためいきをつくコータ。
コータは実のところ、ミリアを憎からず……いや、かなり親しく思っている。
なぜか?
たしかにこの銀河文明には、猫に似た知的生命体が存在するし、コータとて差別などされているわけでもない。身元引受人もコータに好意的なひとだ。
だが、コータは感じている……ミリアの奥にちゃんと、女としての湿った空気感があるのだと。
さすがに、そこまでの好意を向けられるのは、はじめてとは言わないが珍しいことだった。
「コータ、今なにか変なこと考えた?」
『気のせいだろ』
妙なところに鋭い。
異生物なのに、なぜここまで女なのかとコータは首をかしげる。
『そんなわけだからさ、ミリアもそろそろ相手を探さないとな』
「銀河の技術のおかげで私でもコータの子を産めるわけだけど、やっぱり同族じゃないとイヤだよね?
となると、私も猫の身体を用意しないとダメだよね!」
『おい……本気か?』
「うん!」
こりゃあ無理だなと、コータは内心ためいきをついた。
別にミリアが嫌いなわけではない。むしろ気に入っていた。
しかし、ミリアに無意味な苦労をさせたくない、それも本音だった。
自分は人間じゃないどころか、そもそもこの世界の生き物ですらないのだ。
そんな自分と結ばれるなんて、いいことがあるとは全然思えなかった。
だけどコータはわかっていない。
当初はとまどっていたコータが、今は自分を大切に思ってくれている。
そのことに気づかないほど、感じないほどにミリアだって鈍くないってことを。
ひとは言う。
ひとの心とはつまり、鏡のようなものだと。
少し雑多な話をしたあと、これからのことになった。
『まずどうする?詳しい船の案内するか?』
「その前にコータ、地球は今どうなってるの?」
『ああ……そっちか。まだ何も変わってないはずだよ』
「え、そうなの?」
たしかオン・ゲストロの船が対策に入ったのではなかったか?
『地球サイズの惑星表面となると、あまり急激にいじると反作用がバカにならないんだよ。
そのままほっといても、時間をかければ冷えていくわけだろ?
今は状況を見つつ、自然な温度低下にテコ入れする形でやるんだとさ』
「……銀河のすごい技術でも難しいんだ?」
『単にぶっ飛ばすだけならそれこそ、ポケットに入るような小型爆弾でもできるさ。
大変なのは、他人のやらかした状況をコントロールすることだよ。
特に、生き物のすむ環境ってのはデリケートなんだ。
ほんのちょっと暑かったり寒いだけで、ひとの住めない星になっちゃうからね』
「そっか。うん、そうだね」
ミリアが納得したことをコータは確認し、そして空中に映像を結んでみた。
『とりあえず状況だな』
「……えっと、まさかと思うけど」
『?』
「これが今の地球?」
『そうだよ』
「……ほんとに?」
『ほんとだよ』
説明されなければ……そして月の映像もオマケについてなければ、そこいらの知らない星の映像だった。
青い地球なんて面影はどこにもない。
そこにあったのは海も何もない、ただの土と岩の塊みたいな星だった。
『花のお皿』:
広いお皿に鶏肉と卵、野菜を使って大輪の花を表現した、とても素朴なおもてなし料理です。
あっさりした飲み物とあわせ、熱いうちに皆でつっつきます。
単純であること、シナンチ(ポルポル)という食用鶏の普及と共に広がった経緯があり、源流は億年の昔にあるとも言われていますが、もはや記録がなく不明です。
聖女が始祖母に振る舞った逸話というのは拙作『宇宙へ逝こう』でメヌーサ・ロルァが主人公に振る舞った件が脚色されたものです……配役は間違ってないんですけども。
ただし、家族制度がなくなった国では、おもてなし用家庭料理自体が絶滅しかけており、一緒に消え去るはずだった『花のお皿』が、パーティ用料理などの一品として再興するきっかけにはなったようです。
ちなみに『花のお皿』は簡単な料理なので地球でも再現できます。
もし再現を試みるなら平たく広いお皿を使い、鶏肉とスクニンブルエッグで花本体を、青物はチンゲンサイを使うのがおすすめです。鶏肉から出る油を使い、さらに余った油は極力使わないようにしてみてください。
大切なのは花の形をつくること、中心に鶏と卵を置いて青物は周囲を固めることくらいで、詳細は家ごとにバラバラで正解などありません。独自の花のお皿を作ってみてください。




