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ミリアとコータ  作者: hachikun
宇宙のエージェント研修?
32/40

004-出発

 地上からの宇宙船の出発というと、盛大なジェット噴射のようなものを想像するかもしれない。

 しかし現実には盛大なエンジン音もなければ派手なロケット噴射もない。埃などを吹き飛ばすこともない。

 とはいえ大きなものを上げ下ろしするから、地上港は万が一を考え、人の少ない郊外に作られていることが多いのだった。

 

 

 重力制御により惑星重力の(くびき)から逃れた船体は、重い大気をかきわけつつ上昇していく。

 ゆっくりと建物や施設の間から空に抜け出ると、気圧の低下とともに速度も少しずつ上がっていく。

【慣性制御機構作動準備完了、相転移機関起動。このまま大気圏を出ます】

 相転移機関は大気圏内では効率が悪いとされるが、ピアンはあえてそれを使っている。

 理由はコストダウンだ。

 たしかに遅いが大気圏外と兼用できるうえに低燃費なのだ。

 だからピアンの場合、遅くとも許容範囲として採用されている。

「おお、あがっていくねえ」

『クッソ遅いよなぁ、これ』

「え、遅いの?」

 少し不満そうなコータに、不思議そうな顔でミリアが反応する。

『遅いよ。けどまぁ逆に「出発」って感じがするってやつもいるけどな』

「あー、うん、わかる。なんか『港を出ていく』って感じがする!」

『そっか。なら良かった』

 大気圏の下層部をゆっくりと、ゆっくりとあがっていく。

 たまに警備と思われる船舶がやってくるが、急ぐ者はトロくさい旧式船なんて普通に追い抜くし、そうでない者も生暖かく見ているだけだ。

 同様にのんびりあがる船の人々も、ああピアンかと思ってそれだけだったりする。

 そんな時だった。

【大気圏内警備隊より通信が入ってます】

『へ?なんでまた?』

【いつも照会通信が行われています。ログも残っています】

「コータ?」

『いや、ミリアは顔を出さないで。僕につないでくれる?』

【了解】

 通信がつながる音がして、そして通信相手の顔が出た。

【おっと、ベルトおやじじゃなかったのか。ん?猫?】

 明らかに、コータをただの猫と勘違いしていた。

 コータはライセンスを提示した。

『これでも分類上はアマリリンだ。これライセンス』

【ああ、トラファガーの者なんだな。すまん、ベルトさんかと思ってな】

『ベルト?ああ、ベルトは先日、退職しました』

【爺さんもとうとう退職かぁ……わかった、ごくろうさま】

『その様子だといつも通信なさってたんです?』

【おう、ベテランとはいえ爺さんに旧式船だろ?よけいなお世話なのはわかってたけど、ついな】

「いえ、ありがとうございます、では失礼します」

 そして通信を切った。

「ねえコータ、どういうこと?」

『さてね、言葉通りなら大丈夫かって連絡してくれてたことになるけど。いちおう報告しとく』

「善意の行動なのに?」

『一応ね』

 

 このピアン号はトラファガー機関に属する船だ。

 そして、まっとうな組織なら運行記録は必ずつけて報告することになっている。

 警備隊の者が老職員を心配してくれたにせよ、単に職務で声がけしたにせよ、何か事情があったにせよ。

 コータたちとしては問題ないし、おそらくトラファガー機関も問題にしない。

 

 とはいえ、報告はきちんとすべき。

 おそらく老人もさっきの警備隊も悪人ではないし、なんの問題もない。

 だが、渡航のたびに通信していて記録もとってないとなると、変な勘ぐりをする輩がいるかもしれない。

 そして──そういうおかしな疑惑は、組織に属したばかりのミリアにとって逆風になりかねない。

 

 つまるところ、コータはちょっとばかし過保護。

 自分をかまい続ける娘を悪からず思うがゆえの、無意識から出る行動だった。

 

「わかった、報告する」

『ん?僕が報告するけど?』

「練習させて」

『ああ了解、わかった』

 

 ミリアは、そんなコータの真意まではわからない。

 だけどコータと共にいるためには「おんぶにだっこ」はまずいという事くらいは知っている。

 コータは肉親ではない。他人どころか種族すら違うのだ。

 背負わせてしまったら、いつか重いと感じた時点で背中から降ろされるに違いない。

 愛してくれた母親を早期に失い、無償の愛を知らずに育った少女は愛情が有償だと知っている。

 

 自分はコータと「いっしょにいたい」。

 ならば。

 同じくコータにも「いっしょにいたい」と思ってほしいのなら。

 せめて彼を助けてあげられなくちゃ、その舞台にもたてないだろうとミリアは考えている。

 

 お互いに不器用同士。 

 だけど両者はお互いの距離を、少しずつ、でもゆっくりと縮めつつあるのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ゆっくりとであるが、船は確実に空の向こうにミリアたちを運んでいく。

 空が真っ暗になるほどの上層にくると、さすがのエンジンも元気に回りだした。

 旧式船とはいえ、こうなると加速はそれなりに元気なものになり、漆黒の空間を加速していく。

【惑星空間を出ました、ここから宇宙空間になります】

「おお、きれー!」

 地球上空では直接見られなかった大気圏外の風景に、ミリアが歓声をあげた。

「コータ、これでソル系に行けるの?」

『ああ、そうだよ……といっても、このまま飛んでいったら数千年かかるけどね』

「うん、そのためのハイパードライブだよね?」

『そうそう』

 ソル系とはつまり、地球人がいうところの太陽系のことだ。

 しかしマドゥル星系と太陽系は地球単位で二千光年も離れているうえに銀河文明圏でおなじみのゲートもない。よって、移動には超光速航行が欠かせない。

『さて、ハイパードライブのためには星系区画に出ないとね。ここは惑星区画なので』

「あー、そういえば、そんなの習った!」

『うんうん、座学だけなのによく覚えてたね』

 恒星系には惑星区画と星系区画があり、星系区画に出ないと恒星間用の速度は出してはいけないことになっている。

 それは安全のためだ。

「どうやって星系区画に出るの?」

『内惑星用の最大速度でマドゥル星系の惑星区画を出ます。

 同時にハイパードライブ計算をマドゥル第七ステーションに依頼します。

 天体の少ない領域に出たところで銀河潮汐エンジンを始動、計算結果をいただいて確認がすんだ時点で、ソル星系への超遠距離ハイパードライブ航行に移行する予定になっております】

「わかった、そのまま進めてくれる?」

【わかりました】

 ミリアと船の会話を、コータは満足げに眺めている。

「どうですか?センセー?」

 ミリアが、わざとふざけた物言いでコータに問いかけた。

『問題ない、あとは今回の行程のオペレーションを全部クリアすれば、初級の銀河航海士資格の実技は免除になると思う』

「おお!でも筆記試験は必要だよね?」

『うん。それは帰ってから受けよう』

「わかった」

 現在のミリアの立場を日本的にいえば『仮免許・路上教習中』である。

 航海士とはつまるところパイロットだが、銀河航海士というと銀河系内の通行なら可能なものだと思えばいい……ちなみに取得はちょっと面倒だ。

 もう少し簡単にとれる『銀河文明圏航海士』もあるが、こちらは制限があり、トラファガー機関の仕事の役には立たない。

 なぜなら、ソル太陽系のような被監視区域や開拓惑星のようなエリアは『銀河文明圏』ではないからだ。

 そういう意味で、今回の旅はミリアにとってはオトクでもあった。 

 どのみち誰かの監督の元に文明外エリアを旅して、その記録を提出する必要があったのだ。

 つまり今回のミッション、ある意味実にタイムリーではあった。

 

 

 そんな話をしているうちにも、船は進んでいく。

 加速が始まり、各所に出ている速度等の数字が上がり始めるが……特に振動などはない。

「静かだね」

『惑星区画で許される出力では、こんなもんだよ』

「そうなんだ。外にでたら騒々しいの?」

「古い船だからね、全開運転になったら結構騒々しいよ」

 そんな話をしていると、なぜか船のコンピュータが口出ししてくる。

【お待ちくださいコータ様、本船は運行環境基準に正しく適合しております。

 それを騒々しいなどとおっしゃられては、今まさに学び中のミリア様に偏った知識を与えかねません】

『わかってるよ、大丈夫。ミリアはちゃんと自分で判断するって。なるほどうるさいのねって』

【ダメじゃないですか!】

『大丈夫だって。なぁミリア?』

「あーうん、なんとなくわかった」

【ミリア様、いったい何がわかったのですか。お願いですから誤解しないでください。私たちは騒々しい未開文明の船ではないのです】

「わかってる、問題ないから気にしないで。ね?」

 意味ありげにクスクスと笑うミリア。

 そう、問題ないのである。

 なぜならコータはコンピュータをからかって遊んでいるだけで、それをミリアは生暖かく理解しているだけなのだから。


 

 そんな会話をしていると、その時はやってくる。

【惑星区画を出ました】

【ハイパードライブの計算式を受諾いたしました】

 水晶のような輝きがメインパネルに灯る。ハイパードライブ準備完了の合図だ。

「これでソル系まで飛べるの?」

【はい、準備完了いたしました。

 現在もソル系に向けて飛行中ですが、もちろん実際に到達するにはハイパードライブを繰り返す必要があります。許可を】

 ミリアはコータを見た。

 コータはミリアに「いいよ、やっちゃって」と返答する。

 ちなみに船のコンピュータは彼女らの風景を『孫と猫』というカテゴリで映像記録している。

 ……どうやらこの船のコンピュータも、なかなかに個性的のようである。

「オーケー、ソル系にむけたハイパードライブを開始して。ちなみにこの後の予定は?」

 システムのあちこちが『加速中』になり、何かのカウントダウンが始まった。

【加速をはじめました、171秒後にハイパードライブに突入いたします。

 このあとの予定ですが、本日のハイパードライブは今回のみです。

 理由は中央ハイパードライブ禁止区間を亜光速航行で通過するためです。

 通過後に改めて計算式申請を行い、再開いたしますが事実上今日中は不可能です。

 よって再開は明日になります】

「わかった」

【ちなみに、おふたりはこの後何かご予定がおありですか?】

『えっと、そうだな』

 なんと言おうか困ったコータをさえぎって、ミリアが答えた。

「ごはんは食べるけど、基本的にお部屋で待機だよ」で

【承知いたしました。お部屋に映像は結びますか?】

「現在地と現在の風景映像がほしいかな」

【わかりました】

『……ミリア?』

 あとで話すから、と無言で合図したミリアに、ふむふむとコータもうなずいた。

 その暗黙の了解にコンピュータも気づいているが、彼はもちろん突っ込むような無粋な真似はしなかった。

 

【それでは、まもなくハイパードライブに突入いたします。

 おふたりとも何かと準備はおありでしょうが、突入まではなるべくこちらにいらしてください】

『もちろんわかってる、ミリアもいいな?』

「もちろん。さ、いって」

【承知いたしました。ではハイパードライブ準備加速開始、開始点に移動します】

 

 

 旧式の小型宇宙船が、猛然と遠い星に向けて加速していく。

 古いといっても恒星間航行用宇宙船であり、加速をはじめればその速度は立派なものだ。

 そして、速度がついに亜光速に達する。

【ハイパードライブ開始前、空間干渉システム作動】

 船首の部分にある小さなジェネレータが光り出すと、同時に周囲の空間そのものにピシッと亀裂を入れる。

【四、三、二……】

 亀裂は船が進むよりも早く伸びて、やがて大きな裂け目となって発進元である船をも飲み込んでしまう。

【開始】

 そして次の瞬間、空間の亀裂は支えを失ったかのように一瞬で閉じて消えてしまう。

 

 

 そこには、小型船の痕跡などどこにも見えない。

 ただの漆黒の空間があるのみであった。


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