003-ピアン
『ほんとにピアンだよ……はぁ』
見上げた瞬間、コータからためいきが漏れた。
港に転移したコータたちの目の前に、一台の宇宙船が駐機していた。
それは小さい船なのだけど──それでもなおコータたちの尺度では十分に巨大だった。
銀河でも有名な個人用小型船のベストセラー『ラム・ランカ・ピアン号』。
銀河文明の住人なら誰もが見たことくらいはあるような、あまりにも有名すぎる『小型宇宙船』である。
「これが貸与されたってお船?」
『識別コード確認、よし。ああそうだよ、間違いなく貸与されたやつだ』
「……」
『ミリア?』
「コータ、これってそんなに旧式なの?」
『そうだよ、かなり古い。もっとも整備済みのピアンなら心配はないけどね』
「そうなの?」
『こいつはとにかく壊れにくい、いい船だからね。超ロングセラーは伊達じゃないよ』
「そっか……さわっていい?」
『いいよ』
ミリアは船体をあちこち覗き込み、ぺたぺた触っていた──とはいえ宇宙船なので大きく、触ったのは下回りのほんの一部だが。
しばらくして戻ってきた。
『どうだった?』
「んー、なんか、こんなので宇宙を飛べるのって不思議な感触?」
『まぁ、ほとんど宇宙空間の移動だからね。自動車や航空機と比べたら色々違うかもね』
「そっか……ところで今回は何日かかるの?」
『そうだな……あんま早い船じゃないからなぁ。なんだかんだで10日は見込んでたほうがいいかもね。
まぁ行き方や状況にもよるから目安にもならないけど、ピアンじゃそう早くは着かないと思う』
「……」
『ミリア?』
「……ご本、いっぱいもっていくよ。
あと、夜はあっちの世界に行くのはダメ?」
『あっちって、まさか、精霊界で休む気?』
コータはミリアに向かい、わざと「あっち」とボカした物言いをした。
そして、ミリアもすぐその意味に気づいた。
「ダメだった?」
『ごめん、それはちょっとまずいかな』
「そうなの?」
『銀河文明の船は基本、強力なAIを積んでるからね』
「あ」
それはミリアも気づいたようだった。
「そっか、そういうこと……あれ、でも天翔船じゃ問題なかったよね?」
『船の運行って、どの船も建造当時のスタイルを守ってる場合が多いんだよね。
天翔船は良くも悪くも古代船で、乗客のプライバシーをいちいち報告しない。
普通の船はそうはいかない。途中で乗員が消えたりしたら大騒ぎするよ』
「そういうのって『こうしなさい』とか随時命令されるんじゃないの?」
『そのとおりだけど、船の頭脳って頑固なのが多いんだよ。特に古い船はね。
長年やってる運行スタイルを、なかなか変えようとしないんだ』
「へえ……よくわかんないけど、わかった。
じゃあ、お船の中で食う寝るモフるの無限ループで決定?」
『……君はブレないなぁ』
「うふふ、それほどでも」
『毎度のことだけど、ほめてないからね僕は』
「はいはい」
『ま、これ使えってんなら仕方ない。乗り込むぞ』
「はーい」
◆ ◆ ◆ ◆
ピアン号の通常昇降口は倉庫区画のすみっこで、倉庫を支える柱のひとつの中が入口とエレベータ兼用になっていた。
合理的ともいえるが、悪くいうと可動式の昇降口を搭載していないということでもある……つまりコストダウン。
『機関員番号90432、コータ』
「えっと、機関員番号100234、ミリア」
【生体認証承認しました。ようこそコータ様、ミリア様】
開いた扉の中に入ると背後で扉が閉まり、次の瞬間にはプシッと密閉音までした。
「あがってる」
『ちょっとだけな。ほら止まった』
【ガス交換中です、しばらくお待ちください】
「ガス交換?」
【扉の開閉により船内の大気成分が変わらないよう、乗り込み区画で調整いたします】
「へー」
アナウンスの説明にミリアが感心していると、やがて【おわりました、ようこそピアン号へ】という声が流れ扉が開いた。
「おー、まるで宇宙船のコックピット!」
『そりゃそうだ、宇宙船のコックピットだからな』
「え、そうなの?今どきのお船ってコックピットないんでしょ?」
『そりゃ、ピアン号は「今どきのお船」じゃないもの』
「へー」
ミリアとコータが会話していると、音声がそれに割り込んできた。
【ご指摘の通り本船にはコックピットがございますが、居住区画からも指示可能になっております】
『そうなのか?最近のピアンはそうなってるのか?』
【はい、ニーズが多かったもので一世代前から対応いたしました】
『おー』
「?」
『コックピット以外からでも使えるってさ』
「ああ」
『理解できた?』
「うん……えーと、とりあえず何をすればいいの?」
『まずは着席しよう。せっかくだし』
「わかった」
席についたミリアとコータ。
いつものようにコータを確保しようとするミリアに、先にコータが発言した。
『ミリア、起動から発進までをやってみて』
「え?」
『大丈夫だって、詰まったり失敗したらフォローするから』
「……」
「どう?」
「うん、やってみる」
ミリアはウンとうなずくと、表情を正した。
「えーと、これからお出かけするんだけど」
【目的地をお教えください。口頭でもデータでもかまいません】
ミリアはコータを見た。コータは『いいよ』と言わんばかりにうなずいた。
「データを今、送るよ……送った。確認して」
ミリアは地球のスマホのような電子機器など一切持っておらず、あるのは片耳の耳飾りだけだ。
だけどこの耳飾りは、ただの耳飾りではない。
何もしなくても、考えるだけでミリアはこのデバイスを自由に扱えるのだった。
今だって前者のデバイスに「データを送れ」と思考で命令するだけだ。
そして。
【目的地データ受領しました】
便利すぎる。
しかもインターフェイスが『思考』と『認識』なので、小さな画面を見る必要すらない。
おそろしいほどに便利なものであった。
【第1目的地はソル太陽系第三惑星地球。接近したら現地対応のオン・ゲストロのサービス船に連絡をとること。
第2目的地は現在、コードネームのみ。アマルー中央ゲートに向かい、王家エリアに向かい到着後におふたりに改めて指示をあおぎます。
そして第3目的地として、ここに帰還します。これで合っていますか?】
「合ってる」
【では航路指定について質問です。
現在地から第1目的地まではゲートを一切使わない設定になっています。これについては何故ですか?】
「第1目的地のソル太陽系は被監視区域で近郊にも文明圏がないの。ゲートを使おうとしたら大回りになってしまうわ。ほかにまだある?」
【第1目的地からアマルー中央ゲートまでの航路指定がありませんが、こちらの裁量でかまいませんか?】
「別にかまわないけど、どういう航路で行くつもり?」
【図示します】
ふたりの眼前に銀河系の一角の巨大立体図と、航路らしき線や矢印がパパッと示された。
「んー、私にはよさげにみえるけど、コータはどう?」
『ラーラン星系ゲートを中継しているけど、あそこを選ぶ理由は?』
【今までの利用者の方々が立ち寄っています】
『ミリアは未成年だし僕は種族的に用がないよ。ラーランは行かないで』
【了解、修正するので少々お待ちを】
「えっと、なに?」
『ラーランには歓楽街、要はアダルト領域があるんだよ。ミリアはいきたい?』
「……それって、女の私が行ってどうするの?」
『女性むけも完備されてるよ。でもミリアの趣味じゃないかなと思ったんだけど。どう?』
「うん、コータがいるから不要」
『なんでドヤ顔なのさ。で、なんで僕が基準なのさ?』
「コータは癒やし」
『わけわかんないって』
「モフる人の気持ちは、生まれながらのモフモフにはわからないのよ……うう」
『また何か変な本読んだな……まぁいいか、で、いく?』
「いかない」
『了解、そういうわけで頼むよ』
【はい、それでは、改めてこちらをご覧ください】
訂正されたルートマップを見て、ミリアとコータはオーケーを出した。
【出発はいつですか?】
「今すぐ」
【了解、各ブロックの点検とリソースの確認を行います。
……パーフェクト、各機関良好。
燃料100%、推定、銀河規約における通常航行で2年と四ヶ月、非常事態用航法で2402年の飛行が可能です】
「コータ、燃料はこれでいい?」
『いいよ』
「ありがと。続けて」
ちなみに呼吸用の酸素等は燃料と同量確保と決まっているので、異常がなければ言及されない。
ただし。
【食料ですがアルカの定員四人が通常活動でボルダ時間の2ヶ月分の食料を搭載しています】
「ん……コータ、四人分で2ヶ月なら足りるよね?」
『量的にはね、でもそれって非常用携帯食だよ』
「あー、ふつうのごはんが食べたいかも」
『ボルダ式でもいい?』
「問題ない」
『毎食食べたい?』
「んー、別にそこまではいらない」
『なるほど……作業要求、ボルダ式食料セットを一週間分』
【了解、セット購入いたします。代金はどういたしますか?】
『僕の口座から出して』
【承知いたしました】
コータとコンピュータのやりとりをミリアはきいていたが。
「しつもーん」
『なに?』
「食料セットってなに?」
ミリアのコータへの質問をコンピュータが引き取った。
【食材ごとの細かい購入を面倒がる方が多く、日数と人数単位でセットで購入したがる方が多いのです。
ちなみに食料セットは通常食料に比べて長持ちしませんので、少なめに注文なさる方が多いです】
「へえ〜……」
【余ったらお持ち帰りもできますよ】
食料チェックから各所の確認がおわり、その完了が告げられた。
【全ての準備が完了しました】
「では出発して」
【了解、大気圏離脱用重力制御機構を始動します】
◆ ◆ ◆ ◆
惑星ボルダ首都の郊外、場末の小さな『港』のひとつ。
港といっても銀河文明の港は宇宙港なので、海には面していない。
市街地と違って広いのをいいことに大気圏外の大港に行くためのシャトルポートが並んでいるほか、地上に降りられるタイプの小型船がいくつか駐機している。富裕層むけが多いが業務機も少しある。
その中のひとつ、星間トラファガー便の渡り鳥マークのついた古いピアン号が突然、前後上下の識別灯をつけた。
起動したのだ。
ただちに管制とデータがやりとりされ、他の船に接近しない大気圏突破経路が確定される。
やがてゴーサインが出ると、音もなくゆっくりと船体が浮き上がりはじめた。
見物人はなし。
近くの木にたむろっていた鳥たちだけが、それを見ていた。




