002-ゆずれないもの
惑星ボルダ。
その首都にある星間トラファガー便機関。
ふたりがその連絡を受けたのは、いくつかの講義が終わったときだった。
「呼び出し?」
首をかしげた少女の名は『ミリア』。
日本人の母とボルダ人の父をもち、最近、ボルダに帰化した元JKである。
黒髪に黒目、外見はほとんど日本人。ついでに日本育ち。
しかし事情あってボルダに住み着いて以降、ボルダ製の衣類やアクセサリーを身にまとうことで、最近はすっかり日本人の雰囲気が抜け落ちた。見た目は今や完全にカルーニャ、つまり典型的なカルーナ・ボスガボルダの若い女の子だ。
女の子はお化粧ひとつでガラリと雰囲気を変えるもの。
半分もっているボルダ人の血も、おそらくそれを助長している。
『なんでまた、僕とミリアなんだろうな……ないだろ普通』
ミリアの腕の中、抱きかかえられている黒猫は、彼女の相棒である『コータ」だ。
見た目こそただの黒猫であるが、異世界からの漂流者であり、これでもれっきとした知的種族。
トラファガー機関では中堅なみの経験があるベテランだし怒らせると冗談でなく血の雨が降るほどの戦闘力ももつのだが、ミリアに抱き上げられ運ばれる姿は見た目通りの可愛らしさで、今ではボルダ支所の癒やしと一部で言われつつあるとか。
ちなみに今は、見習いであるミリアに色々と機関職員の教育をしていたのだが。
「珍しいの?」
『僕と君がセットの時点で厄介事のニオイしかしないな──ほれ』
「ん?んん、ふわ、アメひゃんらぁ」
『うまいか?』
「うん、おいひ♪」
アメを口の中で横に寄せて、そして不思議そうに首をかしげる。
「ん──地球のアメと同じ?」
『あ、たぶんこれ、元は日本のアメだと思うぞ』
「そうなの?」
『たしかそう。潰れたアメ会社を買ったってきいたよ』
「へー、なんでわざわざ?」
『そりゃあ、人種が同じなら味覚も大差ないんだろう』
「ふーん、おんなじ……え?でもボルダ人と地球人は異星人同士だよね?」
『どっちも同じアルカじゃないか。ほら急げ』
「え?え?」
『いいから急げって。先いくぞ』
「え、わかったから!いくいく!」
腕の中から逃げ出そうとするコータを捕まえ直し、ミリアは足を早めた。
■ ■ ■ ■
「おとどけもの?」
「そうだよミリアくん、地球の生き残りでアマルー領に保護された子たちがいるのは知ってる?」
「あ、はい……まぁ聞いているといえば聞いてます」
『室長、その話は』
「む、そうだなすまない」
ミリアの微妙な反応には理由があった。
日本の子供たちの生き残りがアマルー族の女性に保護されてアマルー領にいる、まぁそれはいい。生存者がいるのは良い事だろう。
ただ、その経緯が色々とおかしかった。
なぜなら、そのアマルー族の女性は日本で半年ほど臨時教師をしており、助かった子供たちは就学年齢に達してない最年少の子を除く全員が、彼女の教え子だったというのだ。
ちなみに、アマルー族は人間の成人サイズの巨大な猫が二本足で立ち上がった、いわゆる完全な獣頭人身の姿の異星人。
日本人目線では化け猫か、はたまた着ぐるみかという容姿になってしまう。
要は、あからさまにひと目で人間ではないとわかる連中なのである。
そんなアマルー族のしかも女性が、なぜ何ヶ月も日本で学校の先生をしていたのか?
しかも異常事態になぜ絶妙のタイミングで気づき、自分の船で子供たちと宇宙に逃げ出したところを運良くオン・ゲストロの船に拾われたのか?
まったく意味がわからない。
正直、ミリアはデマか何かだと考えていた。
「もしかして信用してなかったのかい?子どもたちが助けられたこと、助けたのがアマルーの女性なのも本当のことだよ?」
「そうなんですか?」
「ああ、実は依頼はその子たちに関連するものでね。
保護されていたオン・ゲストロの船に忘れ物をした子がいるんだよ。なくなったご両親にもらったものらしい。
それをアマルー領の彼らのところに届けてほしいんだ」
『忘れ物……つまり家族の遺品を置き忘れたと?』
聞いていたコータが発言した。
そしてその横でミリアが、うーんと少し考え込んだ。
「ミリアくん、まだ信用できないのかい?」
室長が眉をしかめたミリアに質問した。
「ああすみません、そっちじゃないです」
「?」
さりげなく距離をとろうとするコータをつかまえ、胸元に抱きしめつつミリアは言った。
「家族の遺品なんですよね?そんな大切なもの、どうして忘れちゃったのかなって」
「ああ、なるほど」
室長は納得げにうなずいた。
「ご両親とうまくいっていない子だったようだね。
忘れ物に気づいたのはずっと早く、アマルーむけに船が出る前だったらしいが」
「あー……もういいって、そのまま船に乗っちゃった?」
「そのようだね」
「で、放置した後から地球壊滅の話をきいて、それで素直になって後悔したと?」
「うん、だいたい君の想像通りらしいよ。太陽系を遠く離れてから状況を教えられたらしい」
「……それは」
「タイミングが悪いよねえ」
室長とミリアは、ためいきをついた。
「まぁ、滅びる故郷を、死んでいく親家族を眼の前でリアルタイムで見せるなんて、それこそ子供には一生もののトラウマだからね。
さっさと星系を離れたオン・ゲストロの責任者を責められないね。私でもそうするだろう。
だけど当人の気持ちを考えると、何とかしてあげたいよね。
マァそんなわけで、我々大人たちは届けてあげたいと思ってるわけさ。なるべく早くね」
「そうですね」
ミリアも家庭についていえば、いろいろある身だった。
だからこそ、他人のことだけど他人事と言い切れなかった。
『事情はわかったよ。で、もしかして、それを僕に届けろと?』
「『僕』でなく『僕ら』だな」
『はぁ?』
「依頼は君でなくミリアくんあてなんだよ。君はサポートというか相棒役だな」
『ちょっとまて、なんでミリアなんだ?』
「同郷者だからに決まってるだろ?」
室長の言葉に、コータは反論した。
『室長、ミリアはボルダ人だぞ』
「お母さんは地球人だし、容姿もニホン人のそれなんだろ?」
『地球人はこいつの敵だぞ。あんた、それをわかって言ってんのか?
それともあんた、ミリアを状況次第で都合よく地球人だボルダ人だって扱うつもりか?』
コータは不愉快さを隠しもしなかった。
無理もない。
国際結婚の子供を大人の事情であっちの国、こっちの国と勝手にカテゴライズするのは最低の行為だ。
しかも今回相手にするのは子供たち。
異星人のせいで家族を失った子供たちが、異星人ハーフであるミリアに対してどういう感情を抱くのかも全然読めない。
こんな難しい局面で異星人ハーフの、しかも未成年の女の子のカテゴリを勝手に決めて投入する?
コータがミリアをかばおうとしたのは、ひとりの大人として当然のことだった。
というより、この時点で室長は殺されてもおかしくない。
国際結婚問題とはそれほどに取り扱いの難しい問題なのだから。
それに対し、室長は涼しい顔で対応する。
「うん、言いたいことはよくわかるよコータ。
だけどね、彼ら子どもたちのことを考えてほしいんだ。
彼らにしてみれば、ミリアくんは元同胞、同国人のお姉さんなんだよ。
きついかもしれないけど、私としてはミリアくんに、子供たちに優しい同郷のお姉さんとして相対してやってほしいんだよ」
『……おまえ、見習いとはいえ職員よりクライアントの方をとるってわけか。そうかわかった』
コータは顔をあげて、自分を抱えているミリアを見た。
『ミリア。念の為言っておくが、こういうのに妥協してもロクな事にならないぞ。
あと、ここトラファガー機関だけが職場ではない、僕は転職するつもりだがどうする?』
「うん、わたしもいく」
『おう、いこうぜ』
「わかった」
「ってちょっとまったミリアくん、コータ!おい!!」
室長が止めるのもきかず、ふたりは部屋を出た。
いうまでもないが、これは室長が悪い。
国々を渡るような仕事をしている者は特にそうなのだが、本来、自分の属する母国、母集団というのはアンデンティティなのだ。
しばしばそれは、当人の命すらも上回る。
ミリアは別に地球人嫌いというわけではないが、人類国家としての地球国家には強い敵意を持っているし、自分をボルダ人だと強く認識もしている。
勝手に地球人扱いされたら、激怒どころか死人が出てもおかしくない案件だった。
建物を出て歩き出し、少ししたところでコータがミリアに声をかけた。
『ミリア』
「なに?」
『ペットショップを覚えてるか?あいつのところにいこう』
ミリアの脳内に、以前コータが潜り込んでいたペットホテル兼トリマーのようなお店の記憶が蘇った。
「あのおね、いやおに?」
『……おねーさん扱いにしてやってくれ』
「うん、あの『おねえさん』のところに行くの?仕事探しで?」
『転職の書類ならエージェント頭脳に依頼して書類だけ作った。やつのところで読み返すよ』
「……もしかして時間稼ぎ?」
『おや、ミリアは察しがいいな。ありがたい』
コータは目を細めた。
「もしかしてコータ、何か狙ってる?」
『狙ってるわけじゃないけど、契約を修正して再び呼び出される可能性があるよ。少しだけ待ってみるのさ』
コータの言葉に、今度はミリアの目が細くなった。
「くわしく」
『あの契約書な、どうも途中で改ざんされたか、変な思惑が入り込んだ可能性がある』
「えっと?」
『依頼元をみたか?アマルー宮内庁経由になってるけど、元はアマルー王家そのものだぜ?
そんなとこからの依頼なんて、途中で改ざんしたり疑うなんて僕らのレベルじゃ信じられないことだ。
だけど、あんなミリアの立ち位置を無視したような依頼をアマルーが出すなんて正直ありえないよ。
……途中のどこかの組織にバカがいたとしたら?』
「誰が悪いかハッキリさせるってこと?」
『そのとおり。
室長は僕らが拒否したこと、受け取った依頼文、両方ともを依頼元に、しかも今度は直接伝えるはずだ。
ほんとに王家が出した内容がアレなら、僕らの言い分を取り入れてくれるか別の人を探すはず。
で、誰かが途中で改ざんしているなら、大本の原文の依頼が改めて直接届くはずってわけさ』
「……なるほど、たしかにちょっと時間がほしいよね」
『そんなわけさ。理解できた?』
「できたできた、ありがとうコータ。何かおいしいもの食べる?」
『鳥料理かな』
「うんうん、食べてからペットショップいこ?」
『そうだな、わかった』
■ ■ ■ ■
後日、アマルー王家からの正式の謝罪と『ボルダ人ミリア』に対する正式の依頼が、改めてふたりの元に届いた。
書面を見たコータが目を点にした。
『ちょっとまて、なんだこりゃあ!?』
「え?」
『依頼書がすんげーレベルアップしてる!』
「レベルアップ?」
『依頼人だよ依頼人、王家じゃなくなってるぞ。みて』
「えっと、クリン・ラ・アマルー・クオン第479世って書いてあるけど……誰?」
『……ミリア、日本語で『今上陛下』って誰を意味するか知ってる?』
「あー……それって現職の天皇陛下ってことよね……って、ちょっとまってコータ?」
『ああ、そういうことさ。
クリン・ラ・アマルー・クオン第479世っていうのは文字通り、第479代めの現職アマルー女王その人のことなんだよ』
「え、じゃあこれって」
『ああそうだよ、本物の女王陛下ご本人のサインいり依頼書だな……しかも謝罪文含めて全部直筆のね』
「……なにそれぇ!?」
しばらくしてミリアも再起動したが、当たり前だが平静ではなかった。
ちなみに余談だが、アマルー族は銀河第3位と言われるほどにたくさんいるが、個人主義が強くて自分たちの国家を樹立することなんてまずない。たいていは猫に寛容なアルカ族の国で、おのおののやりたい暮らしをしている。
そんな彼らが唯一、自分たちの根幹として尊重するのは『王族』。
アマルーの始祖である『アマルダンキイ・ソロン』と呼ばれる古アマルーの直系一族を『王族』としているのだ。
で、彼らを種族の象徴として守るために存在する国、それが銀河にただひとつのアマルー族による国だ。
そこの女王ということは、つまり。
ふたりは今、全銀河のあらゆるアマルー族を統べるたったひとりの女王陛下から、直筆のお手紙で謝罪と依頼を受けたことになる。
……ふたりが絶句したのも無理もない。
「まって、まって、なんで、なんでそんなすごいひとが私に!?」
『あー……君に迷惑かけちゃったからだな、間違いなく』
「迷惑!?」
『いや、だからさ。
例の子供たちを保護した先生、王家の人だったわけでしょ?
たぶん、あの変な依頼書はそのあたりが原因だけど、そこで何かすれ違いがあったんだと思う。
でも、あたりまえだけど、ミリアに迷惑をかけたくてやったわけじゃないんだ。
だから、本当にごめんねってわけだ。
女王陛下本人が直接おかきになった理由はさすがにわからないが……身内と考えれば納得だろ?
問題の先生とやらは、存外、女王陛下に近い立場なのかもしれないね』
「……それは」
『で、改めてお願いできないかしらってことなんだと思うよ。
……どうするミリア?』
「こんなん絶対断れないでしょお!!」
『あはは、僕もそう思うよ』
「あははじゃない!!」
『わかったわかった、まぁ僕も手伝うからさ』
「うん、ごめんねお願い!!」
連絡・次話は本日12:00公開予定です。
アメちゃん:
実は、この手のアメはもともとボルダにはなかった。
日本では生産終了してしまったサクマ式ドロップを参考にボルダの材料で試作が繰り返され、発売された経緯があるので、味もサクマ式ドロップに似ていたりする。
カルーナ・ボスガボルダ:
惑星ボルダの首都だが、惑星ボルダの正式名称として使われることもある。
略称はカルーナで、カルーニョというと首都住まいの男性、カルーニャは女性の意味になる。




