001-依頼
子供たちの海水浴イベントの夕刻。
エムネア・パルティ・アマルーは神殿で施設の責任者と話をしていた。
エムネアはここの生まれであり、神殿の人々とは面識がある……特に責任者は小さい時からの顔見知りだった。
「教え子のひとりが神殿いりしたって?」
「はい、いきなりメルさんがやってきて巫女にするって」
「突然でびっくりしたろう。あのひとは理屈も何もないからね」
「びっくりもしましたけど、メルさんに文句を言いました。せめて事前に知らせてくださいって」
子供たちの中に巫女の才覚もちがいる──つまり神殿でそれを察知してスカウトにきたわけだ。
だったら最初からそう言えと。
「あのひとは論理で動いてないからね。かけてもいい、おそらく神殿を出てきたのも「なんとなく」だろうね。
で、その子を見た瞬間に、ああ自分はこの子に会いに来たんだと気づいたんだろうさ」
「……なんなんですかそれ」
「巫女ってそういうものらしいよ。理屈も何もないらしいね。
でも、その無茶苦茶がすべて的中し、最良になるんだよね……巫女とはそういう存在なんだってさ」
「……」
エムネアはためいきをついた。
彼女にとってもメル・ドゥグラールは親しい知人ではある。
しかし同時にエムネアにしてみれば、地球のご家族から預かった子供たち。勝手に何かされては困るのだ。
神殿側も別に悪意があるのではない。それもわかるのだが。
メルは不思議な女性だ。
本来、この星はただの開発惑星で、神殿関係者がいるのも昔、建立された神殿の維持要員でしかない。
地球の子供たちどころか、王族だってこの星に受け入れる義理などないのだ。
なのにエムネアたちがいられるのは、メルが「受け入れて」と女王陛下に言ったから。
王族としては半端もののエムネアがここにいられるのもメルのおかげ。
立場を超えて親切にしてもらってるし、問題があった時に守ってくれているのも知っている。
本当に感謝している。
しかしそれだけに、エムネアは複雑な気持ちでもあった。
アマルー族は基本、養子も拾い子(※)も実子と一緒くたに育てる。
エムネアの家系は末席とはいえ王族だが、この性質は王族でも変わることがなかった。
このへんは関係者もよくわかっているので、いきなり人間の子を12名もつれてきても誰も驚かない。
「それで大丈夫なの?」
「もう慣れたものですよ。アヤカも皆もいい子ばかりで」
「そういえば今回のアヤネちゃんって名前がアヤカちゃんと似てるよね。姉妹か何かかい?」
「字で書くと全然違うんですけどね」
「む、これは象形文字か?う、うーむ……」
「あはは」
「そういえば、何か用事があったんじゃないの?」
「あ、はい、実は子供たちの一人が忘れ物をしたようなんです。オン・ゲストロの船の中に」
「え?……もしかして、地球で船ごと保護された時に?」
「ええ、ペンとノートなんですが、色々あって、つい置き去りにしてしまったみたいで。
でもそのあと、地球の壊滅を知らされたわけで」
「ああ、それで置き去りにしたことを後悔したと……おや、だったらもしかして」
担当がデスクの何かを操作して、アクセスをはじめて……そして。
「もしかして、これ?」
「ああ、それです。マサカズくんがいつも持ってたやつだわ」
担当が提示したのは、オン・ゲストロのサービス船の船内忘れ物リスト。
「明らかに地球製だったので、子供たちのものではないかって問い合わせがきてたよ。今は母船で保管してるって」
「よかった……」
「しかしそうね、これは簡単にとりにいけないわ」
「オン・ゲストロの方にお願いできませんか?」
「できるにはできるけど、時間がかかるわね」
「えっと、それは?」
「彼ら、結構地球社会に関わっていたらしいのよ……それがいきなりの地球壊滅でしょ?
対応にてんてこまいらしいのよ。
おまけに、こことソル太陽系じゃ、間にゲートもないし」
「あー……まぁ被監視区域ですし」
地球は遠い。
物理的な距離も数千光年だけど、あらゆる文明圏から遠いのが致命的だった。
銀河文明における一般人の文明間渡航には公共交通機関である『ゲート』が一般的だ。
これをかんたんに説明すると、常設された、巨大な『どこで○ドア』のようなものだといえる。
行き先が固定なのだけど、その場所にいって通過するだけで、遠くの星系に一瞬でいける。
いちいち高額な自分の宇宙船をもち、ハイパードライブを駆使して銀河を旅することを考えれば現実的だし、とても安全。
これがまぁ一般的な銀河市民だろう。
個人で自分の恒星間航行用宇宙船をもち、運用しているというのは──その時点で一般人でない場合が多い。
だが地球はそのゲートが一切使えない。
太陽系にもその近郊にも、そんなものはないからだ。
つまりゲートの恩恵は一切受けられない。
なんらかの手段で船を用意して、途方もない距離をはるばる行かなくてはならないのである。
「たしかに気軽には頼めませんね」
「ですね……でも、わたしたちが取りに行くのも簡単ではないです」
「困りましたねえ」
本国から別途呼ぶこともできるだろうけど、それもまたお金と時間がかかってしまう。ではどうするか?
そこで、担当が「そういえば」と言葉を続けた。
「エムネア、ニホン人とボルダ人のハーフの子供がボルダいりしたのは知ってる?」
「あ、はい、きいてます。ちょうどトラファガー便が届いて、それで助かった子ですよね」
「そうそう、その子だけど、見習いでトラファガー機関に入ったらしいよ」
「え、トラファガー機関に?」
「ええそう、珍しいよね」
「……たしかに珍しいですね、特別な理由があったんでしょうか?」
トラファガー便は普通の郵便とは違う。たしかに個人間のものだがほとんどの場合、政情不安定な国など、ややこしい国に行くものだ。
つまり危険なのだ。
そこに日本の元女子高生が入る……何か事情でもあるのかと二人は少し考え込んだ。
しかし。
「……ああなるほど」
「エムネア?」
「いえ、多分ですけど、その子はボルダ寄りなんでしょうね」
「え、そうなの?いえそもそも、なんでそんなことわかるの?」
「私、ボルダに留学していたことがあるんです。ちょうどケセオ・アルカイン事件の時です」
「え、あんな大変な事件の時に?」
「ほら、マキちゃんを拾い子にした頃のことですよ」
「ああ、あの子も面白かったわよね。今は宮内庁勤務でしたっけ?」
「もともとアルカイン王宮でオペレータ業務を長くやっていましたし、独自の人脈もありましたからね。
話を戻しますけど。
あの頃私、ボルダの人たちとも関わりましたけど、どうも国民性っていうんですかね。
ボルダ人は社会性が強い反面、勝手な思惑で何かを強要されるのが大嫌いなゴリゴリの頑固者が多かったんですよね。今を楽しむ気質もあって暗くはないですが。
推測ですけど、そのハーフの子って、地球政府関係者と折り合いが悪かったんじゃないですか?
しかもボルダ側の家族とも何かあって、結果的に自分を助けてくれたトラファガーのエージェントの人に相談したか最悪、その人のところに転がり込んだとか、そんな感じじゃないですか?」
「……」
「あの?」
「ああごめんなさい、そうよ、細部はともかく大筋は似たようなものね、すごいわね。
地球政府は異星人の血の入ったその子を洗脳して囲い込もうとしたそうだけど、とんでもない精神耐性で名前すら書き換えられなかったそうよ。
しかもその結果、当人のメンタルは完全にボルダ側になっちゃったらしいわ」
「なるほど」
エムネアは少し考え込んだ。
「あの」
「何?」
「その子に、お届け物依頼することって可能でしょうか?」
「──はぁ?」
担当が目を剥いた。
「いえ、非常識なのは承知の上なんですけど、もしかしてと思ったんです」
「──ああつまり、同じ日本人の血が入ってて、しかもトラファガー便に入ったからって?
けど大丈夫かしら?
地球人に敵意をもってるんじゃないの?」
「あくまで依頼はボルダ人としての彼女にするんです。
ボルダ人は過酷な環境で身をよせあって文明を築いた歴史があるせいか、弟妹や幼子に対する感情は私たちアマルーと大差ないですから……ダメですかね?」
「んー……あなたのそういう直感って無視できないものがあるけど……聞いてみるくらいはできるかしらね」
「できますか?」
「だけどわかってる?場合によっては相手を激怒させるかもしれないわよ?」
「……」
ふむふむと担当は考えて、そして言った。
「依頼出すだけ出してみましょうか?」
「え?」
「ダメで元々。そうでしょ?
そのかわり、怒られる時は覚悟してね?わたしも一緒に謝るわ」
「あ……はい、すみませんお願いします!」
「わかったわ、ではやってみましょう」
「はい!」
拾い子:
昔の日本で言う猶子に近い。法的には親子ではないが親子同然に育てている関係。
アマルー族は種族を問わず一緒に育てるため、養子でも実際は実子と同じ扱いになる。
しかし何らかの理由で実子扱いしない時、拾い子とする。
状況が変われば解除もされる。
この制度はアマルー族特有のものだが、アマルー族という連中の性質をよくあらわしてもいる。
エムネアと生徒たちは文字通り先生と生徒だが、地球脱出からシャク=コターン到着までは拾い子だった。
このあと生徒たちの立場は神殿預かりに移行、同時にエムネアの拾い子扱いは解除となった。
なおアヤカだけは養子になるので別扱い。
見方をかえると差別的だが、そもそもアヤカは生徒たちではない。
アヤカは親に捨てられた就学以前の幼女であり、そもそも教え子ですらない。生徒たちも事情を知っているので「アヤカちゃんは先生の子になるのね」と認識はしているが、それだけである。




