Scene14: ほんと?
話を一からまとめると、こうなる。
ナオヤは、先月末、友人との忘年会にて官能小説の執筆を勧められた。いつまでも新刊が出せない崖っぷち貧乏作家のナオヤ先生は、3千円という破格の安さの執筆料にもかかわず、目が眩んでしまい、依頼を引き受ける。
しかし、引き受けたはいいものの、童貞のナオヤ先生はとても困った。
実話ベース創作主義をかかげる彼には、肝心のベースとなる実体験がない。そこで苦肉の策として、姉とのちょっとエッチな過去エピソードを用いて創作をおこなうという愚行に走った。
ネットでの公開は〝猫渕珠子〟という商用とは違うペンネームを使用していたので、どうせ私には露見しないとでも思っていたのだろう。
それが、昨日の土曜夕方。仙台の地下鉄で、忘年会に出席していたミツヒサくんと私が偶然にもエンカウントしてしまったことで、はやばやとバレる。
私は一夜漬けでネット公開されている小説を読み、大いに憤慨、始発で一ノ関の実家へ戻り、朝っぱらから〝自家発電〟に勤しんでいた愚弟を問い詰め、真相の究明をするに至ったのだった。
「たかだか3千円でやること? やれること? 〝冬の大三角〟のことまでワールドワイドに公開しちゃってさ。どんだけ馬鹿なの?」
「……もうひとつおまけに公開してやるぞ」
頭を抱えてうずくまっていたナオヤが、よろよろと起き上がって膝立ちになる。対面していた枕元にいる私から、ベッドが押しつけられている壁の窓へと向きを変え、施錠を外すと、一気に開け放った。
「僕の姉ちゃん、陥没乳首ぃぃぃぃっ!」
私はすかさず片手を伸ばして勢いよく窓を閉める。
窓枠から出ているナオヤの首をいったん挟んだあと、室内に引きずり込んで施錠しなおす。もがき苦しむ愚弟の背中を膝で押さえつけ、頭を鷲掴み、眼鏡もろとも顔面をマットレスにめり込ませた。
ナオヤがやっていた担当編集ヒラマツさんの口調を真似して言い聞かせてやる。
「小学生みたいに幼稚なことばっかやってるから24にもなって童貞なんですよ、先生」
おそらく、彼女いない歴=年齢なのだろう。ナオヤが中高生だったときには私に向かって、トイレの小さいゴミ箱が臭うからはやく片付けろ、姉ちゃんが入った風呂は鉄さび臭いから後に入れ、トイレットペーパーの切れ端が浮いてる、とか、ずけずけ言ってくるようなヤツである。女性と付き合った試しがなくて当然だ。
抹消された小説内における〝本番〟描写のことを思い出す。リアルさを過度に追求するような描き方だったのは、羨望の裏返しや、童貞であることを友達に悟られまいと頑張って生々しくしていたのかもしれない。
ああ、なんとも痛々しく、涙ぐましく、阿呆らしい。
ダメ押しで屈辱を与えてやろう。
「お姉さんが〝筆おろし〟してあげましょうか?、先生」
もごもごしていたナオヤの動きが停止する。
侮辱にとどめを刺されたか、物理的に窒息したか。
いい気味だなと薄ら笑っていると、ナオヤが首を横にする。
「……ほんと?」
そう訊ねてきた切なげな声に、私は寒気立った。
目尻のほうに寄っているナオヤの瞳から不穏な視線を感じ取り、「……な、なに馬鹿みたいに訊き返してるの。冗談に決まってるでしょ」と言わなくても絶対にわかることだが、胸騒ぎから発してしまう。
「ほんとにヤらせてくれるの?」
ナオヤの声のトーンは変わらず、いつにもない眼差しが向けられつづける。
途端に私はひどく汚らわしい物体に触れている気がして、散切り頭を押さえつけていた手に鳥肌が立ち、解放する。
今すぐこいつから離れろ、と本能に囁かれ、出入り口に向かおうとベッドから降りた。
でも、すぐに後ろから手首をつかまれ、力まかせにひっぱり戻されてしまった……。




