Scene13: 隠蔽工作と弾丸論破
「そもそもなんで私をモデルにして書いちゃったわけ? 少し似てるってだけじゃなくて、自他ともに認める類似度合い。なにを考えてるんだ、って話なんだよ」
私はベッドの枕元で腕を組んであぐらをかき、ナオヤは足元側のベッド端で床に足をつけた格好で腰を下ろしている。アメリカンスピリットの箱蓋を開け閉めさせていたナオヤが、動きを止め、顔だけをゆっくりこちらへ向けた。黒縁メガネ越しの瞳は虚ろだ。
「あの傑作小説『僕と姉』はね、トラウマ克服の心理セラピーであり、身内による性犯罪の告発だったんだ」
「は?」と言う以外、私になんと言えよう。
「僕にとっては、暴露本の意味合いがあったんだよ」
「はい?」と〝い〟をひとつ増やしてやる。
ナオヤは、ぞんざいな返答に苛立つように眉根を寄せると、私に向かって這うようにして上半身をすこし近づけてきた。
「姉ちゃんはさっきから、小さい頃の僕が、実はいやらしい目で見てた、とか、裸見て興奮してた、なんて言うけど。実際、その当時、僕に性的なイタズラしちゃってたのは、姉ちゃんだってこと、忘れたわけじゃないよね?」
身も蓋もないことを言い出したので、私は存分に顔をしかめる。
「ほんと何いってんの?、あんた」
「昨日読んだばかりなんだろ? ならまだ内容をちゃんと覚えてるよね。あの小説はもちろんフィクションだけど、ところどこに本当にあったことを取り入れてるって。たとえば出だし。姉の〝ハツキ〟が、弟の〝サトル〟が入浴してるところに裸で入ってくるところなんか。高2と中2の年齢設定も、あの時と同じだって、気づいた?」
「あの時?」
「……え? 姉ちゃん、ほんとに忘れてる?」
「忘れてるっぽいから、覚えてないね」
「嘘だろっ!?」突然、ナオヤがすごい剣幕でベッド上に立ち上がり、スプリングがギシギシ音を立てる。「僕が中2のとき、夏休みの日の夜だよ! 『見たいテレビの前にお風呂入っておきたいから上がれ』って、脱衣場に来て、嫌だって言ったら、なんかふつうに服脱ぎ出して入ってきた時があっただろう!?」
「言われてみるとそんなことが……」
「あったんだよ!」
ぼんやりとだけど思い出せた。
たぶん、私は夏の特番前にお風呂に入っておこうと思ったのだろう。番組が終わる頃には深夜帯でお風呂がぬるくなっているし、どうしても生放送で見たいから、その前に入ろう、と。
それで浴室に行ったら、ナオヤが先に入っていて、「上がりやがれ」と私は懇切丁寧にお願いした。でも拒否された。「出てけ!」という言葉のついでに、馬鹿とかアホなんて罵られたのだと思う。それでカチンときて、番組の時間も近づくし、私が入っていけば勝手に出ていくかもしれないと思い、突入した。
「あ~、あのとき結局、私がお風呂から上がるまで、ナオヤもずっと浴槽の隅っこに丸くなって入ったままだったよね。出ていかなかった理由ってもしかして、小説の主人公と同じで、まだ生えてなくて、それ知られるの嫌だったとか?」
「そうだよ! 姉ちゃん、すげぇ堂々としてるしさぁ……」
「感情までは覚えてないけどさ、私も突入したあとは恥ずかしかったんだと思うよ。でも、自分から入って行って恥ずかしそうにしてたら、なんかおかしいでしょ?」
「入ってくる時点でなんかおかしいんだよ!」
「で? それがなんなの?」
「……はぁ? あれってセクハラだろ!? 青海苔の群生地みたいにボーボーのくせして隠しもしないから目のやり場には困るし、こっちはこっちで完全非武装の無毛地帯だった股間を知られるピンチだったし!」
「セクハラってさぁ……」
「ああ、どうせわかってくれないね! 男が裸で街中歩けば〝逮捕〟で、女が同じことすれば〝保護〟される世の中の認識だもんな!」
「それ関係ある?」
「もういい。……次のとっておきの事案だ。今度は言いわけのきかない、れっきとした正真正銘の性的虐待だからね、姉ちゃん」
「いちいち睨んでこなくていいから、はやく話な」
熱り立っていたナオヤは、深呼吸をして落ち着いたあと、私同様にあぐらをかいて座る。
「小説の中で〝サトル〟が姉から手淫される場面があったろ? そこで小5の頃に実は『体を洗ってあげる』という口実で、姉に性器をいじられて射精体験を強制的にさせられていた、って、想い出を回想するシーン」
「気持ち悪いくらい描写に力が入ってた場所ね」
「実体験だからな!」
「ナオヤに私以外の姉なんていた?」
「お前がやったんだよ!」
「ジョークだって。すこし思い出したから」
そんなことは確かにあった。中学の授業かなにかでマスターベーションについて学んだあとだったはず。男の方法も詳しく知る機会になって、お風呂に入っていたときにナオヤを見てふと思い出し、精液がどういうものかも気になったので、ちょっと試してみようかな、と体を洗うついでにしごいてみたのだ。
「軽いノリでそんなこと試するな!」
「あれは結局どうなったんだっけ?」
「イかされたんだよ最後まで……」
「そこで精液を初めて見た記憶はないんだよね」
「ほんと覚えてないのな……覚えてないんだな! こっちは鮮明に覚えてるからな! 姉ちゃんが不思議そうに股間を見て、聞いてきたんだ。『今気持ち良い感じにならなかった?』って。僕は握られてたチンコがピクピクッてなって、何か飛び出たような感覚がしてびっくりしていて、でもなんともなくて、それに聞かれたとおりに気持ち良い感じでもあったから『……うん』って答えたよ。そしたら姉ちゃんはすこし考えるようにしたあと、言ったんだ。『そっか精通してないってことか』」
「ふ~ん」
ナオヤの細い目が見開かれていく。
「……ふ~ん、ってなんだよ? 他に言うことがあるだろう?」
「詳細に覚えてるとかキモすぎ」
「そりゃ覚えてるさ!」
と、ナオヤは腕を横に振り、空気を薙ぎ払う。
「だって僕はそれでオナニーのやり方覚えちゃったんだからな! 実の姉に自慰の方法を教えられたに等しいんだよ! ああおぞましい、気持ち悪い、恥ずかしい、吐き気がする。僕の人生最大の汚点で一生モノのトラウマになってるんだ。……今回、ミツヒサのやつのせいで姉ちゃんにバレてしまったことは、逆によかったよ。こうやって面と向かって、過去の過ちを、姉ちゃんに認めさせれる機会になったんだからな。さあ謝れ! 僕に誠心誠意詫びろ!」
耳をほじくっていた私は、指先についた垢を吹き飛ばした。
「ヘタクソなこじつけ話はもう終わり?」
「……こ、こじつけってなんだよ」
「セラピーだの告発って動機は、即興で考えたデタラメでしょ?」
息巻いていたナオヤの熱気が急速に冷めていく。
「……ちょ、ちょっと何言ってるかわからないな」
「都合悪くなるとサンドウィッチマンやるのよしなさい。――今の話を聞いて私が思ったことはさ、あんたがオナニーモンスター化して、その自慰行為を私がたびたび目撃しちゃうはめになっていた原因を作ったのは、なにを隠そう私自身にあったのか、と反省して嘆きたなったくらいね」
「なんだと!?」
「いいから、おすわり!」
と、ナオヤを正座させ、私は今の話がデタラメである理由を並び立てていく。
「性的虐待の告発なら、どうして事実どおりに書かないの? 私がお風呂に突入したのは事実だけど、小説では姉が『雨に打たれて帰ってきた』っていう状況に置き換わっちゃってるよね? なんかそっちのほうが『テレビ見たいから』っていう理由よりももっともらしい、みたいな感じでさ。小5の頃の回想でも、『あのときは気持ちよくなる方法を知ることができてラッキーだった』って感じに書かれたよねぇえ? トラウマよりか、幼き日の良い想い出になってた気がするんですけど?」
「……そ、それは」と、ナオヤの目が激しく泳ぐ。「悪い想い出を良い想い出として変換して受け入れることが、トラウマ克服にもっとも効果的であるというコペルニクス的パラダイムシフト的な発想理論に基づき――」
「なんの理論よ、それ? 嘘の上塗りは信憑性をどんどん欠かすだけだからね? そもそも姉と弟の近親相姦もののポルノ小説で性被害を告発とかいう時点で、信憑性もなにもあったもんじゃないんだよ、馬鹿」
「…………」
完全に沈黙した愚弟を見据える。
そろそろ核心をついてやることにした。
私は、私が登場人物のモデルになってしまった訳を、突き止めたのだ。
「あんたが小説書くときって、実話をベースにして話を広げていくんだったよね? それが僕のやり方だ!、って自信ありげにいつか言ってたもんね。ネットに上げられている他の小説も一通り読んでみたんだけどさ、友達が寸借詐欺にあった話とか、冬場に屋根で天体観測して落ちかけた話とか、見舞いに行って病院のエレベーターでからわれたってのも、どれもあんたから聞いてた実話が下敷きになってるし」
「…………」
「『僕と姉』にしても、私との実体験ベースでしょ? だから性的虐待だなんていう話にこじつけやすくて、あんたは何かを隠そうとする理由から、そうした。さて、ナオヤくんが隠したいこととは一体なんだろう?」
「…………」
「ま、もったいつけてないで言っちゃうよ」
と、馬鹿馬鹿しいので私はもう投げやりになる。
「さっき担当編集のヒラマツさんを罵るくだりで、自分からさらっと『童貞だ』とか言ってたけど、今の今のこの瞬間も、まさにそうなんでしょ? 友達からエロい小説書いてと頼まれたけど、しかしナオヤ先生には、物語のベースになるような女の子との実体験がただの一つもない。近親相姦ものを書きたくて書いたわけじゃなくて、それしか書けなかったんだ。私とのちょっとエッチなエピソードから風呂敷を広げてやるしかなかったから。なぜならば、ナオヤ先生は童貞ゆえにベースにする実体験が――」
「うわああああああああ繰り返すなあああああああああっ!」
絶叫してベッドに頭を打ちつけるナオヤの反応が、すべての答えだった。




