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Scene11: 崖っぷちダメ小説家の独壇場

 私がベッド上にお尻を移しても、ナオヤは、床にらかされている物々に混入した生ゴミのように、寝転がったままになっていた。つま先で小突いてみても、「最悪だ、最悪だ」と繰り返し、目元を腕で覆っている。いかにポルノ小説とはいえ、非商用で書いていたとはいえ、自作が〝絶版ぜっぱん〟になってしまったのが相当ショックだったのだろう。ああ、でも、執筆料を友達からもらっているんだったっけ。


「そういえば、いくら貰って書いてたのよ?」と、気になっていてみる。


「……3千円」


「やっす!」


「……その場に居た三人から千円ずつだからね」


「四人で忘年会やってたわけ? 友達も少なっ」


「……うるさいなぁ」


「てか、3千円っぽっちで書いてる場合なの?」


「場合なんだよ!」


 と、不貞腐ふてくさっていたナオヤが猛然と起き上がり、コタツテーブルの上に踊り立った。呆気あっけにとられる私に向かって、演説を開始する。


「僕はもう一年も新作に取りかかれていないんだ! デビュー作は、ラノベで〝壁〟といわれてる三巻でめでたく打ち切り、おめでとう! 次回作が出せず三年で寿命が尽きるラノベ作家入り一直線コースだ! もう切られかけてるんだよ、忘れかけられてるんだよ、金が無いんだよ! はした金だろうがなんだろうがくれるっていうんなら、なんだって書いてやるさ!」


 同じような愚痴ぐちを年末の帰省時、耳にはしていた。普段は飲めない酒を浴びるようにあおり、怒り狂ったラッパーのように酒瓶さかびんマイクを握りしめ、オードブルが載った食卓を独壇場どくだんじょうにして、酩酊めいてい状態で支離しり滅裂めつれつ世迷よまよごとをギャーギャー喚いていたのだ。


 入ってくる印税いんぜいなんて子供の小遣い以下だよ、なにが夢の印税生活だボケ!

 くそったれの神様があのうすっぺらなテレビの中に居やがるんだ!

 あの編集ヘンシュウはやりたいことをまるで理解してくれないサノバビッチだ!

 ファッキュ、アイウォン、ドゥワチャテルミィィィッ!

 僕が書かなくても他の誰かが書くような小説なんて書きたくねえぇんだよ!

 文字列はあいつらに支配されてる!

 ポリコレゾンビに喰い荒らされた残りかす

 ナゲットって父ちゃん、どーすんだーいっ!?

 ラノベはアニメの奴隷どれいだ! ただの乾電池だ!

 なすすべのないモーフィアスだ! まるで無力な僕は、椅子いすしばられたローレンス・フィッシュバーンのようだよぉぉう!

 同期デビューしたやつのなんて劇場公開見越したアニメ化決定してんだぜ、うらましい!

 僕だってね、そりゃ僕だってねぇ、はやく奴隷どれいになりたああぁぁあいっ!

 作家仲間の忘年会になぜか僕だけ呼ばれてないんだけど、なんでだ、なんでだろう!?

 まざふぁかーーーーーーーっ!


「僕はもう消えた作家なんだ! ……エゴサしても誰もつぶやいてくれてない」


「消えた作家っていうのは、いっときは人気をはくした人が言われるものでしょ。あんたはそもそも無名むめいなんだから消えたうちにも入らないの。はじめから居ないに等しい」


「そこはフォローしてくれよぉ……」


 私はベッドに横になって片手を振る。


「だいたいさ、出版社の要望に応えるのがあんたら商業作家でしょうに。見合わないものを好き勝手に書いてちゃダメでしょうが。それが仕事ってもんでしょう? 美容師の私がヘアカットに来た客のオーダーに応えないで、こっちのほうが断然良いですよ、なんていって女性をモヒカン世紀末ヘアーにでもしたら、どうなる? ナオヤには才能がないの。いい加減あきらめて就職でもしなさい」


「応援する精神はないのかよ、薄情はくじょうめ!」


「薄情? なにいってんの? 逆でしょ?」と私はムッとする。「こんなことハッキリ言ってくれるのは家族以外にないんだって。周りの人間は、がんばれ!、やればできる!、そんな無責任なことばかり言うでしょ。あんたが失敗してもダメになっても、我が身には関係ないから言いたい放題。責任を負っちゃくれないのよ」


「ひでぇこと言いやがる!」


「そう聞こえたんなら進歩は望めないから、きっぱりめな、糞作家先生なんて」


「だいたい、僕が職にまともにけるとでも思ってるのかよ!」


「まあ、それは無理ね」


 と、私は即答する。


 ナオヤは高校卒業後、青森にある理系大学に進学していた。


 一年のとき、コンビニのバイトを始めたのだけれど、三日坊主にはならなかったが五日でギブアップしている。給料の良い深夜帯のシフトを選んでいたため、「生活のリズムが狂って体調不良で続けられません」ということを理由に辞めたらしいが、実際は、接客に気が滅入ったということだった。


 その時はまだ非喫煙者だったので煙草を銘柄めいがらで注文されて慌て、生理用品をそのままビニール袋に入れたら「紙袋に入れろ」と若い女性に注意されてヘドモド、冷たいものと温かいものを一緒にして怒られ、ストローやはしを入れ忘れまた怒られ、……。


 コミュ障っぷりと気の回らなさを遺憾いかんなく発揮し、自覚したうえにこじらせる機会になっただけに終わった。


 スーパーでレジ打ちをする店員を見て、「姉ちゃん、あれがこの世で一番むずかしい仕事だ。僕には生まれ変わっても真似まねできない」と真剣に言っていたほどである。


 大学二年目には新人賞に応募した小説が〝拾い上げ〟られてデビューし、「僕は小説家として生きる!」と、調子こいて大学を中退までしてしまっている親不孝者。それ以後、運動などしておらず、煙草は吸い始め、あまつさえ、ひきこもり状態なので体力もめっきりだろう。


 このダメ人間は、キーを打って物語を作る以外、なにもつとまらない落伍者らくごしゃだ。


「僕はどうすりゃいいんだよ!」


「めんどくさいなぁ、ほんと」


「うわっ……」と、ナオヤが急にひざから崩れ、テーブルの上につんいになる。「今の言葉、心臓にグサッと来ましたよ。トラウマスイッチ入ったよ。姉ちゃんが言うから尚更ヤツみたいで最悪だ。歳も確か姉ちゃんか少し上だったし」


「今度は何?」


「僕の糞担当編集様だよ……ヤツがいつも言ってきやがるんだ、めんどくさいな、って」


「それはそれはご愁傷さまだね、その担当さんが」


「あのヒラマツのババア!」と、またフルスロットルになって怒りだす。


「それ、軽く私のこともババアってdisってるよね?」


「いや……あのヒラマツの鉄面皮てつめんぴ!」


 言葉をあらため、ナオヤは罵詈ばり雑言ぞうごんを並べ立てていく。


 よくもまあマシンガンの弾のように悪口が出てくるものだ、と私は感心した。


 連ねられる喚きによると、ヒラマツさんは糞真面目で自意識過剰で冷徹れいてつ学級委員のような人なのだそうだ。


 ナオヤは作家転身後、約一年間ほど東京ぐらしを送っていたことがあり、そのときには打ち合わせなどで出版社や喫茶店などでちょくちょく顔を合わせていたが、一度も笑ったところを見たことがないという。生皮をひんいだら、ASIMOかpepperくんが入ってるはずだ、とさえいうので、鬱憤うっぷんの溜まりようは極度のものなのだろう。


 テーブルから降りたナオヤが、私が先程まで座っていた座椅子に腰掛ける。


 ヒラマツさんになりきり、言われてきたであろう数々の言葉を吐き散らす。


「わたしが理解できないなら、おそらく、十代の読者も理解できないですね」

「動きや情景描写はほどほどに心理描写もっと増やしてわかりやすくしてください」

「馬鹿でもわかるように書いてください」

「誰も気づかないようなアイロニーやメタファーなんて入れなくて結構ですから」

「途中で文体が変わってます。意図的いとてき? 意図的でもなんでも直してください」

「直さなくて良いところに手を入れて、アカ入れたところ直してくれないの、ほんとなんなんですか? 何回言えばわかるんです? めんどくさいな」

「この言葉使うなって言ってるんですよキチガイ先生」

「パロネタが古いです。先生の趣味でもダメ。同世代でも知らないネタを引っ張って来ないでください。『星の子チョビン』とか言われても、はぁ?、ってなるだけなんですよ」

いんを踏むなって言ってるんです。書いてほしいのは歌詞ではなく小説なんですYO!」

「勘付いて欲しいことがあるからわざと矛盾点を作ってる? 御託ごたくはいいんです、直せ」

「先生、脳みそ足りてます? 補給したほうがいいですよ」

「すきあらば下ネタ入れるくせ、やめてください。バレてますから。もちろん修正です」

「十代がメインターゲットなのに、その十代を振い落して何がしたいんですか?」

「エロ要素はテンプレでいいんです。そこに多くを求めるな。微妙びみょうに生々しくしないでください。そういうの今の若い世代はける傾向にあるってわかってますよね? もっと童貞が好むありきたりなのでいいんですから」


 そこで僕は言ってやったね!、とナオヤは急に一人漫談(まんだん)の様相に入る。


「僕だって童貞ですけどぉ? その童貞がこのんで書いてるんだからこれでいいのだ!」


「では先生以外の童貞が好むように変更してください」


「嫌なのだ。これでいいーのだ!」


「チッ。これだから童貞は……。まずは一度、ご卒業になられてから執筆活動に取り組んだほうがいいんじゃないですか?、先生」


「だったら手っ取り早く今からふたりでラブホ行こうや!」


 そう言うと、ナオヤは寒々(さむざむ)とした無表情になり、テーブルの上にある目には見えないコップを掴んで、バッ!、と前方に向かって振りかけるしぐさをする。続けざまに透明コップをおもいっきり投げつけた。


 私はベッドに寝そべっていた体を引き起こす。


「……あんたさ、『ラブホ行こう』とかマジで言っちゃったわけ?」


「ほら、練馬ねりまからカムバックして来たとき、僕の頭に包帯があったでしょ?」


「あぁ~……」おぼろげに記憶がある。たしか、転んだとかいうありきたりなことを言っていたはずだ。「えっ? じゃあ、やっぱりマジなの?」


「コップ、ガツーン!、で、パリーン!、で、血、ダラ~!、が本当の理由。いやぁ~、ドラマとかじゃよくあるけど、リアルでコップの水ぶっかけられたの初めてだったわ。ノンフィクションだとコンプライアンスなんて無いからコップ本体まで飛んでくるのな」


 知らなかったことといえ、見たこともない人とはいえ、ヒラマツさんに申し訳なく思い、私は心のなかで深くびる。うちのとんだセクハラ男がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、と。


 しかしよく頭を割られただけで済んだ。訴えられたらアウトだろう。それで、未だに同じヒラマツさんが担当なのだから、またすごい。ふつうあの作家からわたしを外して、となるだろう。実はナオヤの素質そしつを買っているのだろうか。……いや、むしろ逆なのでは? ナオヤを自分の元で囲っておき、いつまでも出版できないようにしている、とか。


 どうだっていいか、そんなこと。


 それよりも――


「ナオヤくーん、そろそろお話を戻しますよー♪」


「え?」


「関係ない話題持ち出して、私の興味をそらしてたでしょ」


 まあ、執筆料の話を振っていたのは私だけど。それをいいことに、抹消された小説から私の気をそむけさせようとしていたのには違いない。こう追求されないためにも――


「〝ハツキ〟ってキャラのホクロの位置について、訊きたいことあるんだよね」


「…………」

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