Scene10: デリート&デストロイ
言いたいこと聞きたいことはまだまだ盛り沢山だが、今このときにもネット上で、不特定多数にさらされ続けている不埒な猥褻小説の抹消を優先させることにした。
「今の今、私の目の前で、小説『僕と姉』を、サイトから完全に、削除しなさい」
「…………」
「どのページから削除するの?」
「…………」
ナオヤが正座する石仏と化す。
私は舌打ち。
「じゃ、先に元データのゴミ箱行きからね」と、私はマウスに手を置く。
「元データは勘弁して! あれ読んだならわかるだろ? 長編規模のページと時間を費やしたんだから!」
ほんとよく風呂場でセックスするだけの話であれだけの枚数になったものだ、と心底辟易する。私は制止しようとしてくるナオヤを片腕で押しのけながら画面を操作した。ブラウザを最小化し、小説データの入っているフォルダを探すが、そうするまでもなく、デスクトップに『小説』というフォルダ名前を見つけて、ダブルクリック。
中身はポルノ画像の詰め合わせだった。
「……それはその、偽装エロフォルダってやつで」
「で? 原稿データはどこなの?」
「やっぱり消さないとダメ?」
「ダメ」
鬼の形相に圧倒されたのか、ナオヤは意外とあっさり保存場所を教えた。私はDドライブにあった本物の『小説』フォルダから原稿ドキュメントの内容を確認後、削除。
「バックアップはUSBのほうね?」
「……え?」と、ナオヤがわかりやすく青褪める。
バックアップがあることくらい聞かずとも知れたことだ。
「無論、削除」
「お願い! そっちはほんと消さないで!」
抵抗が強まったので、私は愚弟の両肩をつかまえ、「セイッ!」と立ち膝払いをしかける。仰向けになったところを尻に敷いて妖怪退治を軽々済ませてから、ノーパソ上の汚物掃除を続行。予想通りUSBに入っていたバックアップデータを発見してゴミ箱へ投下し、右クリックでゴミ箱の中まで綺麗さっぱり消去した。
「嘘だろう……」と、尻の下でのジタバタ運動が止まる。「この鬼! 悪魔的だ!」
「はい、お次はネットサイト。削除方法を教えなさい」
「無いよ」
「無いってなによ?」
聞き返した直後、私の体が意識とは無関係に小刻みに揺れ動き出す。下敷きになっているナオヤの胸板が上下しているせいだ。弟が不敵に笑っているのである。
「削除方法なんて元から無いんだよ。このサイト、一度投稿された小説は削除できない仕様になってるんだ、掲示板のコメントなんかと同じようにさ」
「嘘ついてても得しないよ?」
私は足を床から浮かせて体重をかけた。
「……う、嘘じゃないって!」とナオヤが苦しげに訴える。「僕も投稿し始めてから知ったんだけど。保存した下書きすら消せないんだって。管理ページ見てみろよ、下書きがいくつか残ったままになってるだろう!」
疑わしいと思ったが、実際にページをスクロールして確認してみると、作品一覧の中に『下書きあり』と表示されているものがいくつか見受けられた。昨夜私は、ミツヒサくんからこのサイトを聞き出し、ナオヤの作品一覧をチェックしていたが、その『下書きあり』になっている作品は、そのときには表示されていなかったものでもある。
「止めないから削除してみ」
お尻の下から聞こえる勝ち誇ったような声を無視し、とりあえず削除ページやボタンを探す。元データが消されたナオヤにとって、このサイトに掲載されてある文章は、いわば最後の砦となっているのだ。削除方法があるのを知ってて黙っているという可能性は大いにある。……しかしながら、弟の言っていることは本当だった。それらしいものは、どこにも見当たらない。
「残念だったね、姉ちゃん」
「けどさ、本文の再編集機能は付いてるじゃん? これ使えば、作品ページ自体は消せないにしろ、書かれてある文章は全部消すことできるよね」
「…………」
詰めが甘いな。
「はーい、それではお望み通り削除しまーす♪」
「や、やめろっ! 血と汗の結晶があああっ!」
「こんな糞の結晶はデリート&デストロイ!」
私は本文編集ページから、記入欄にある文章をマウスで一括選択し、バックスペースキーを押す。大量の文字列は一瞬で消え去り、『あなたの物語を入力してください』という説明文が表示された空間へ切り替わった。
「ほ、本気で消したのかよ!?」と、仰向けで画面を見ることができないナオヤが、何度も顎を上げ下げする。目を大皿のようにしているので、小説データのバックアップがもう残っていないことが見受けられ、せいせいする。
「本文真っ白だと、ページ開いた人が困っちゃうか。変わりの文章入力しとく? なにがいい?」
「そんなもん入れんじゃねぇーよ! いいからキャンセルボタン押せよ!」
「『そんなもん入れんじゃねぇーよ! いいからキャンセルボタン押せよ!』っと、これでいいのね」
「そうじゃねえよ!」
「はい、再投稿完了♪」
リロードした『僕と姉』の本文画面を表示させ、ノートパソコンを持ち上げてナオヤの目の前に突きつけてやる。
「……終わった」
と、死んだ魚の目になって、ナオヤは脱力した頭を床に打ちつけた。




