7.『……お前、つかれてないか?』
昨日と同じくらいに今日も晴れていた。花弁交じりの風から顔を守るように手を前にだす。腕時計を見ると、もうお昼を過ぎている。部活はまだ活動時間のはずだが、出かけていられたら困るから急ぐ。行き先は学校の部室棟だった。
『せっかくの土曜日なのに……』
私はそっとため息を吐いた。すると隣に歩いている彼女がポニーテールを揺らしながら
『人間界の学校だね! これ桜っていうんだよね! わーい!!』
と頬をりんごみたいに染めて楽しそうにはしゃいでいる。
「疲れて幻覚と幻聴かオカルトのなにかか……」
はっきりといえることはどちらにも関わり合いたくないということだ。彼女のポニーテールの隙間から花弁が通り抜けた。触れたり触れられなかったりどうなっているんだろう。
『学校とうちゃーく!』
学校の名前は、玉木学園という。私立の学校で、小学生から初中等部から大学部までありとにかく学園全体が広い。進学校といわれているけど、普通科の私から見ると特別指導に力を入れているとこは見当たらない。普通科だから見えないだけかもしれないけど。
玉木学園の特徴といえば桜がとても多いことで、今の季節には桜並木道を歩くのが玉木市の観光スポットとして有名である。そして桜の量から校舎の位置関係が少しわかりにくくなっており、毎年道に迷う生徒が必ずといっていいほど現れる。
あとは科が多いことだ。よく耳にする普通化、進学科、体育科、芸術科の四つはもちろんのこと、他にもいくつかあったはずだ。そのため他の学校と違い生徒会が複数あることだ。入学式の生徒会長挨拶、のときに複数名でたときには寝ぼけていた頭が瞬時に覚醒したくらいに驚いたのを覚えている。新入生の頃に、女子が先輩イケメンかっこいい! と話していたのが印象的だった。
と、そうこう考えているうちに昇降口まで辿りついていた。
「ここ、部活で生徒いるかもしれないから目立たないでね」
『うん! これ履けばいいんだよね?』
制服を着ても目立つ彼女に、大人しくしておくように言うと彼女はそわそわしながらスリッパを私に見せてきた。
「そ。それ履いてね。今履いてる靴は鞄の中に入れるから貸し……」
『履いたよ!』
そう言い終る前に止まった。言いながら鞄を見せる前に彼女の履いていた靴が消えたのだ。
「……靴は?」
『うん? なーにー?』
「なんでもないよ」
彼女はかぱかぱとスリッパの音をだしながら楽しそうに私の近くを歩いている。とりあえず、今のは私の中でなかったことにし私も靴を履き替えた。
お隣さんをはじめ、そもそも彼女の姿は寮を出るときから誰にも視えなかったようなのだ。彼女がふざけて何かをしてもばれることはない。ただ、見えている私が彼女と話をすると、端から見ると独り言をしている変なひ――
*
『……暗いねー』
文化部室棟につくと外でわいわいとはしゃいでいたのとは打って変わってテンションの下がった彼女は、それと同じく高く浮いていたのに今ではゆまさっきが床につくかつかないかの位置を保って浮いていた。
「日当たり悪いからね」
本当は日当たりが悪いほかにも理由がある。窓があるのに、そこから光が入ることはない。桜の木が光を遮っているのだ。
『他の校舎は明るそうだったのにぃ』
私の横を歩くように彼女は浮いて進む。彼女は木が覆って外が見えない窓をじっと見ている。
『私が迷子にならないように早く歩かないでね!』
「うーい。あなたも珍しいのはわかったから、ちゃんと前見て歩かないと、危ないよ」
『だいじょ――ぶきゃっ!?』
言ったそばから、壁にぶつかっていた。それも痛そうにゴツンと音をたてて。
「……大丈夫?」
あっちゃーとため息をつきながらぶつかって転んだ彼女に手を伸ばす。
『うう。こういうとき不覚! っていうんだよね』
「……そうだね、あってるよ」
人からは見えないのにものには触れる。一種のポルターガイスト? 私の頭の中で彼女は悪魔ではなくて幽霊なのでは? となってくる。
『痛いよ~』
彼女は私の手をとったので、ひっぱって立ち上がらせる。彼女の手はひんやりとして冷たい。転んでいても浮いていたので私は爪先立ちになった。
「痛いの痛いの飛んでけー」
『うう。まだ痛いよ~もっとそれして~』
涙目でうなる彼女は、瞳をうるうるとさせていて可愛らしい。つい、腕を伸ばして彼女の頭の上に置いてしまう。少し動揺しながらも置いてしまったので、言いながら撫でることにする。
「痛いの痛いの飛んでけー」
『わーい! キミすごいの! 痛くなくなったよ!! どうやったの? 魔法? 治癒の術? 私悪魔だから癒すのは苦手でね! キミが使えるの嬉しいの!』
彼女はそういって笑顔になった。なにを言っているのかわからない。
「……行こっか」
わからないので無視して歩き出す――はずが。
バサリ、と踊り場全体に響いた。
「……」
音のほうに、油が切れた機械のように、ギ、ギギギギと私は首を動かす。その顔――見るも
ひ、と短い悲鳴を上げられた。おぞましい変質者不審者を目の当たりにしたような真青な顔をした――知らない生徒。文化部室棟にいるということは文化系統の生徒で
「……あ、あの」
階段と踊り場の境目にして、重苦しい沈黙を解除しようと、真剣に必死に悩み続け思いついた言葉を口にする前に
「……オカ、研の人で……すか?」
と訊かれたのでとっさに力強く頷く。
「はい」
肯定すべきではなかった、と今は反省している。息苦しい空気は完全に凍りついた。
『キミは部活に入ってるんだあ! どんな部活なの? なの?』
さっき部活には所属しているといったばかりなのに、彼女はキミの部活はどんな部活なの? と楽しげにいう心地のいい彼女の声は、生徒の耳には届いていないんだ。そう、私にしか……。
『早く行こう!』
そういって彼女は階段を上がり、生徒の隣に立ちばんざいした。
「し、しつれいします!」
「あ、ちょっ……」
生徒は風のように背を向け彼自身の部室へ戻っていく。そのとき彼女を幻のように通り抜けていた。
「はあ」
大きくため息を吐いた。オカルト研究部室へ向かう足取りが重い。思い出したくないのにさっきのことだったかたすぐに浮かび上がり、それに落ち着かない。異常な静かさが身にしみ、恥ずかしさで顔が赤くなっているのがわかる。じたばたと動いて、両手を顔で覆い隠したくなる。
『? どうしたの?』
彼女が何か言っているのかきこえているけど頭にはいらない。窓枠に手をかけ足をかけ、両手でしがみつくようにして逃げ出したくなった。そのまま飛び降りてダッシュで寮にこもって大声で叫びたい。さっきの生徒には私はどこにもなにもいない人と話している変な人に見えたし。昇降口のときには誰かに話しかけてなにもない空間にお菓子の袋をだす痛い人。他いろいろと。目が合った瞬間に悲鳴を上げられ、顔を見ようとしたら背を向けられダッシュで逃げられる。
『ねえ! ねえ! ってばあ!!』
そのとき間延びしたような予鈴が鳴った。
「なんでだろう、部室にたどり着く前に疲れてるんだけど……」
『疲れよ疲れよ飛んでけー! びゅーん!』
「ありがとう」
三階に上がっただけなのに、体が重い。彼女はというと『三階とうちゃーく! ぱふぱふう!』と元気よく、休憩している私の周りをばんざいしながらスキップしている。どうして元気なんだろう。少しうらやましい。
いつもよりも大分時間をかけて部室に辿り付いたのに安心して、腰を下ろす。ようやく、辿り付いた。
『ここなの?』
「うー、そだよ」
彼女はわっひょひょーい! ついたんだあ! とばんざいして空中で回転する。
「……?」
疲れが落ち着くまで、私と彼女がダイイングメッセージのような血のような文字でオカルト研究部の表札の前で止まっていると、扉が開いて、黒いマントを着た生徒が現れた。マントの前が隙間なくしめられているので、性別の判断がつかない。顔をほとんど隠れてしまうくらい、前髪が長く伸びている。前髪の隙間から見える肌は白く、隣にいる彼女とはちがった白さだ。男子生徒だったらひょろりとしてて、女子生徒であれば細身といえる。幽霊部員のため、部活動にはほとんど参加していないので、はじめてみる顔だ。夜、どこかで一人で歩いて遭遇したら泣いて逃げてしまうほどの迫力が、ある。
「赤坂先輩いますか?」
恐る恐る訊くと、性別不明の生徒は私を手招きした。入れ、ということらしい。そして無言でマントを被った。私と彼女は部室に足を踏み入れた。さきほどまで見ていた教室、部室とは大分違う、見慣れない内装の部室を彼女は興味深そうに見ている。
『おおお! すごいね! キミは私のためにこんな部活に入部してるんだ!!』
「いや、人数合わせの仮入部の幽霊部だからちがう」
『なら、正式部員になろうよ! そうしたら私はキミと契約できてさっきのお菓子がもらえるの!』
「通常のは飽きたからあげるよ。あ、そういえば契や――」
ポケットから通常の味のキャラメルをだそうとして、気付く。ここは部室だと。そして、この状態を解決するためにきたことを
「……紫藤?」
部室の奥から、黒野がでてきた。
「珍しいな。土日に……」
そう言って黒野は、は?、と首をかしげた。眉を寄せて、もともと悪い目つきをさらに悪くさせ、私を下から上へ上から下へとじろじろと眺めだす。
「お前どうしたんだ?」
「え?」
もしかして、お隣さんも寮内の生徒も、部活の生徒も見られなかった彼女を見ることができなかった彼女を黒野は見える!? そう期待して黒野の目を合わせると、黒野は本を出しながら困ったように訊いてきた。日本語とはたまに会話をしていると難しくなるときがあるもので
「……お前、つかれてないか?」
――憑かれてないか?
――疲れてないか?
この場合、黒野はどちらを言ったのだろう。
「あ、うん。昨日部室の掃除したし……」
黒野に訊かれ、私は口ごもった。私としては「憑かれてないか?」とこちらの意味で解釈したい。それでも普通なら「疲れてないか?」と解釈するはずだ。だってみんな彼女が見えないんだし。
横にいた彼女は『わーい! ここ、私動きやすいの! どうしてなんだろうね?』とぱたぱた動かしていた蝙蝠羽がばさばさっと活発になっている。
『見てみて! 羽がたくさん動くの!』
返事をしてあげたいけど、ここでも返事をしたら変人に見られる。もしくは痛い人だ。私も事実、そうなると思う。というかなった。お隣さんをはじめ、部室に向かう途中つい彼女と話してしまい……。そして、悪魔の女の子が私に話しかけてくるんだ――そんなことを言われたら、私は絶対その人を精神科へ引きずって連れて行く。誰もいないのに空中に話しかけているなんて恐い。
『ねえーってばあ!』
そもそも言ってどうなる。ただ吐き出して楽になりたいだけだ。それを黒野にか? ありえない。
「ただ、部活の更新するかしないかを……」
「いいのか? 返事しなくて」
え!? 驚いて黒野の顔を見つめ返す。違和感。黒野は私を視界に入れてはいるが見ていない。目線が合わない。私の頭の上。その先には――
『そうだよおお! 無視しないでええ! うわあああああん!!』
ぽかぽかと私を叩いている彼女を、真っ直ぐに向けていた。




