6.『赤だ! 赤なの! 赤なんだ!』
『やっと、ついたよー』
『ねえーってばああ! 起きてよー?』
「……ん」
その聞き覚えのない声に呼ばれて、私の意識は覚醒した。知らない人に起こされることはないため、瞼をとじる。そして次の瞬間。
『ねえーーーーー! 起きてよ!!』
「うわああああああああああああああっ」
いきなり耳元で叫ばれ、驚いて、私は後ずさった。頭と背中が壁にこつんと当たる。意味がないとわかっているけど掛け布団とタオルで体を守る。視界に窓が入ったときに、カーテンは開いてあり、すでに夜は明けていた。
そんな奇声をだした私を彼女はひどく驚いた顔をし、一瞬で笑顔で私を見る。え、なんで彼女がここにいるのか? そもそも彼女は誰だっけ? 私の知り合い? というか何で私はここで彼女を見てこんなに驚いているのか。
寝ぼけている頭はぼんやりとしか動かず状況の整理がつかない。とりあえず何があったのか記憶を辿ろうとして、先ほどあったことを思い出した。ボン、と何かが爆発しちような音とともに、私は自分の顔が熱くなって、熱が全身にまわっていくのを感じた。
やばい……。これはまずい。
明らかに許容量の限界を超えた異常発熱だ。心臓はばくばくして、混乱していた頭がさらに混乱を深くしていく。
『まずは! おはよう! 今日もいい天気だね』
「あ、おはようございます」
いきなりの挨拶に戸惑いながら返した。彼女はベッドの上に身体は一切ついておらずまた浮いている。いくら夢でも長すぎる。
『もう! ほんと困るよねー! 新米だからって甘く見ないでよねー。他の悪魔ならみんな待たないで帰ってるんだよー? それに逃げるなんてひどいよー』
「……あ、そう」
困った困ったといった顔のまま、しかし彼女は私にむかって手でぱたぱたと仰いでくれる。それで私の混乱は少し治まるはずが……同じように彼女の背中に生えているものを見てしまい混乱してしまう。今彼女の全身を見るのはいけない。羽根だったり爪だったり髪だったり……と混乱していき耐えられない。本の呪い? それに寮の自室にどうやって彼女が入ったのか? あ、悪魔だから魔法ではいれるの? ってこれって、不法侵入だ……。悪魔でも法律は有効なのかな?
私は、自分を取り戻すために深く深呼吸する。……とりあえず落ち着こう。彼女の美少年とも美少女ともとれる顔、のアメジストのような瞳をみる。落ち着かなければ、話をすることができず、この状況を理解することができない。そう思って再度深呼吸して、さっき暴れたせいで舞い上がった埃を大量に吸引してしまい
「ぐほっげほっごっほげっほっ!」
途端に私は咳き込んでしまい、落ち着くどころの騒ぎではなくなってしまう。
『……あっちゃあー、だいじょーぶ?』
「げっほぐっは……あ、りがと……もうちょっと、まっ」
心配そうに尋ねてくる彼女は私の背中をさすり、私は咳き込みだす。
とりあえず、咳き込んで、ようやく私は混乱も咳きその他もろもろ落ち着いたのだ。
これ以上に変に考えてはいけない。話が進まなくなる。
「ふう。うん落ち着いた。背中さすってくれてありがとう」
私にそう言われて彼女の手は止まった。浮かべる表情は不可解そうな、意味がわからないというものだった
『もーこんなに待たす人はじめてだよ! 召喚されるのもはじめてだけどさあ』
「……ごめん」
『まーいいけどさあ。さ! 契約しよう!!』
とりあえず謝ってしまう。彼女は私の手をとりばんざいするように上へとのばした。もう一回、頬をつねる。痛い。だから意味がわからない。
*
ひとまずはお隣さんと朝食を共にする約束があるので、準備を優先することにした。自称悪魔の彼女には待ってもらおうことにした。彼女はふわふわ羽をばたつかせて天井の星をみている。
『ねえ! ねえ! これ知ってるよ! 夜になると光るんだよね!』
えっへん! と彼女は天井に貼ってあった星を一枚剥がして台所にいる私の元へ持ってきた。私は野菜を切るのを止めて答える。
「うー、そだよ。夜じゃなくても暗いとこなら光るけどね」
『そうなの!』
「うー」
仰向けの状態で浮きながら星を両手で覆い隠す。
『ほんとだ! 光ってる!!』
彼女は嬉しそうに言って泳いでいる風にリビングへ戻っていく。さっきからこの繰り返しだ。彼女には大人しくしてと頼んだのだが、部屋のものが珍しいらしく興味を持った物があればすぐに私のところへ来て話しかけてくる。返事をするのに作業を中断して話して、中断して……の繰り返しだ。そしてまた切るのを再開しようとして
『ねえねえ! これも知ってるよ!! 制服だよね! 人間界の学生が着てるやつ! キミも昨日着てたね!』
「うーそだよー」
と、包丁を置いて振り向けば――
「って、なに勝手に着てんの」
『似合ってる? 制服着てみたかったんだよね!』
彼女が私の制服を着てやってきた。蝙蝠羽は見えない。
「うー似合ってるけど」
普通科の女子制服は黒を基調としたセーラー服。進学科の女子制服は白を基調としたセーラー服。体育科は赤を基調としたブレザー。芸術科は緑を基調としたブレザー。その他の科については青を基調としているセーラー服かブレザーになっている。私は普通科なのでセーラー服だ。彼女にとても似合っている。そろそろクリーニングにだそうと思っていたものなので、自分以外の人に着られるのは恥ずかしいのといろいろなことで心配だ。着たかったならクリーニングから帰ってきたのがあったのに。
「あとで着るから、楽しんだらハンガーにかけておいてね」
『はーい!』
彼女は両手をばんざいと上げて、またすいすいと空中を泳いでいった。私は作業を再開する。野菜を切り終えて、ボウルに入れようとしたら
「うわ!?」
『ねえ! これなに? 機械であってるんだよね?』
視界いっぱいに制服を着た彼女のお腹が見えた。そのまま私の携帯電話を彼女が楽しそうにぱかぱかと折っては開いて折っては開いてを繰り返す。
「うー? それ携帯電話ー適当にボタン触らないでね。あとぱかぱかしないでね、甘くなるから」
『わかったよ!』
そしてまたすす~っと平泳ぎでリビングへ向かっていく。切った野菜をボウルに入れドレッシングに漬けておく。冷蔵庫から卵を四つとりだそうとしたら……また彼女が
『ねえ! ね――』
「……ちょっとしつこいんだけど」
こうやって今は何度も相手をするのは無理だ。絵本を渡したほうがいいのだろうか。
「今は忙しいから、少し待ってってお願いしたよね」
『うう? なんでキミは怒ってるの?』
彼女はさっきと打って変わって大人しくなりぱたぱたと浮かせていた羽を止めて、床に足をつけた。落ち込んだのか肩も猫背になっている。その様子をみて少し怒ってしまったことと、感情的になってしまったことを後悔する。
「ごめん。きつく言い過ぎちゃったかな? これ食べてていいから、もうちょっと大人しくして待ってて」
冷蔵庫からキャンディーの袋をだし中からキャンディーの入った包みを五個手渡す。
『あ! これ知ってるよ! お兄ちゃんからお土産でもらったことあるの! 甘くておいしいの!!』
「食べたことあるんだ? 美味しいよね。私も好きなんだ。季節限定のが」
季節限定の入った段ボール箱を一つ大人買いしてしまうほど。彼女にあげたのは季節限定商品に入っている通常の味のキャンディーだ。季節限定の味はりんご味だ。その袋の中の限定の味のほうはもう食べてしまってない。
『おお! やっぱり甘い! 美味しい! きゃああああ! 口の中が甘いの!! わーい! サンクス!』
「どういたしまして」
彼女はくるり、と回りながらぴょんぴょん飛びながら喜びを表現している。それを見ていると私も嬉しくなる。最初からキャンディーを上げておけばよかった。
*
そうして、朝食を完成させてたのでお隣さんに電話をする、前に
『えーなんでお布団の中に入っていないといけないの?』
「うー、ならトイレの中でもいいんだけど……」
『それはもっとやだ!』
肩をぽかぽかと叩かれながら彼女に『うわああああああん』と浮きながら後ろをついてこられる。
「寮は部外者立ち入り禁止なの。なのに私の部屋にあなたがいる。お隣さんに見つかったら大変なの」
『キミに召喚されたので部外者じゃないもん!』
自信があるようで両手を腰に置きどーん! と構えた。……召喚したつもりはないのだけど。
お隣さんは部外者の彼女を見ても誰かに言うことはないだろうと気楽に思っているけど。今、私は重大なことに気付く。部外者立ち入り禁止。寮なので警備があるのに、彼女は警備の目を掻い潜って私の部屋にやってきたということになる。部屋の鍵は閉めてあったのに、いや外から入ってきたのだからピッキングなんてお手の物なのか……?
「そういえばあなたどうやって部屋に入ってきたの?」
『飛んでキミを探してたの! 見つけたからぬ~ん! って入ったの!』
わからない。ぬ~んってなんだろう。ぬ~ん。ぬ~ん。ぬ~ん。ちらりと壁の時計をみるとお隣さんとの約束の時刻を少し過ぎている。
「あ」
慌てて携帯電話のディスプレイをみれば着信一件。
「……今からお隣さんが来るから大人しくしてね」
『はーい!』
*
電話をすればお隣さんからはいつもの「うむ」との返事のあと、すぐにトントンとノックがきたので部屋に入れる。ばれるはずなので先にワンクッションいれておく。
「どうぞ」
「うむ」
「知り合いのちょっと変った子が寮の規則を知らないで、来ちゃって……」
「うむ」
「内緒にしてもらいたいんだけど……」
「うむ」
お隣さんはうむ、と言い安心しろと手をグーにして親指だけど立たせる形をとった。私はほっとしてお隣さんと歩く。
「ありがとう」
『はじめまして!』
「で、彼女が知り合いの……」
『……う、む?』
彼女は私の制服を着たままジャンプしてお隣さんと私の前に飛び出てきた。そこで気付く。名前知らないことに。
『おお! 私が着てるのと制服が違うんだね。赤だ! 赤なの! 赤なんだ!』
「あ、ちょっと」
言って、彼女はお隣さんの周りをぴょぴょんとジャンプする。
「お隣さんに迷惑だからジャンプするのやめて」
『キミと彼女は学校が違うの? だから制服が違うんだね』
「いや、お隣さんとは学校が同じ。所属してる科が違うの」
『そうなんだ! 私の学校は科がちがっても制服は同じだったよ!』
「……」
「ごめん、お隣さんうるさいよね? ごはん食べるから少し静かにして」
『はーい!』
「……」
彼女はお隣さんの隣でうなずき、肩を揺らして笑った。お隣さんは目を丸めて黙って首を傾げた。そして
「すまない。私は上手く反応できなくてな。これは何かの冗談か?」
「え?」
「隣人、お前の言う知り合いの彼女はどこにいるんだ?」
「え? 見えないの?」
お隣さんと彼女を交互に見比べる。お隣さんは私を心配そうに見ていて、彼女は笑っている。
「え? え? え?」
お隣さんが珍しくうむ以外に喋ったことに気付かなかった。それに気付かないくらい不安になっていると、彼女がからかうような口調で『召喚したのはキミなんだよ? 他の人に視えちゃだめでしょ』とくすくすと笑い出した。
*
とりあえず「昨日、部活で頑張りすぎたから疲れて幻聴と幻覚があるのかもしれない」とへらへらと曖昧な笑みを浮かべて言った。お隣さんは私が借り入部先を知っているので「うむ。今日明日でしっかり休め。明日の朝食はいい」と気をつけろと嬉しいお言葉をもらった。嬉しいのは明日の朝食のことではなく、心配してくれたことだ。
そうして食べ終えると隣さんが「しっかり休めよ」と言い部活へ。私はお隣さんの言うとおり休みたいのだけど
『さあ! 学校行くんだよね!!』
原因の彼女が制服を着たままわくわく! と言いながら私に向かわせる準備を催促していた。
二日ト十五時間強




