2.『ふぉっ!?』
そのまま、一時間目は担任の先生の国語総合の授業だ。少し眠くなるような声で、うとうととしそうになる。号令はクラス委員長がかける。眠いのを堪えて次は、二時間目、三時間目、四時間目、と授業は終わり昼休みになると、生徒たちは皆食堂に向かったり、弁当を持ち出して校舎の下や、他の教室で食事をする。塚本さんはまだ眠っているがそうして席は空いていき、最初から空いている席の主はまだこない。いつくるのだろうと気になりながら貴重品を持ち食堂へ向かった。
廊下を歩き、考えないようにしていたけど、今日は金曜日であること。塚本さんはいつ起きるのか。今日のお昼はなににしようか。など他もろもろと考え事をしていたためだろう。踊り場にさしかかった私は前方の注意を怠り、階段を下りてくるその人物に気付かなかった。更に向こうも私の存在に気付かなかったようで、そして急いでいたようで、運悪く、私たちは盛大にぶつかった。
「え!?」
「ぐお!?」
ちなみに、自慢ではないけど私は運動は人並みに得意なほうだ。なら普通科やめて体育科受けとけよ、となるけどそちらより本を読むほうが好きだ。部活動も、読書を中心にできるように幽霊部員で仮入部可の部活に入るほどだし。だから私は相手とぶつかったけどバランス感覚はいいほうなので倒れなかったけど、相手がそうとはいかなかった。
「え、え!?」
倒れてきた相手を支えようとしたが、ぶつかった勢いが強すぎたからと言い訳をする。
「っつ……!」
痛みでなんともいえない間抜けな声がでた。目じりに涙を浮かべたくなる、衝撃が上半身に響いた。首も背中もお腹も胸もお尻も足も。あ、全身痛いのか。痛い。痛い。痛い。それに比べて私の声が痛そうに聞こえにくかったのだろう。
「っ! ってーな! お前どこみてんだよ!?」
ぶつかった相手、声から察するに男子生徒が上から喧嘩を売ってきた。待ちなさい、どうみても男子生徒の下敷きになった私のほうが痛みが酷いのにいきなりの罵声で感謝と謝罪がなのにいらっときた。
あ、私が下敷きになったんだ。目線を上げたら周囲の生徒の視線はあっちゃーといいながら大丈夫か? とうかがっていた。じゃあ、私を下敷きにした男子生徒は? と目線を下げたら黒い頭が見えた。首の痛みはこれか。痛くて動かしたくない腕を持ち上げ男子生徒の頭を掴む。
「おい! きいてんのか!?」
そんな私の様子を見て、男子生徒が慌てだすのを気配で察知する。そのまま頭が動き、顔が合う。
「おりてくれませんか?」
うるさい子供をさとすように言い、男子生徒は「悪かった」と言いながら私から立ち上がり手を差し出した。私はその手をとらないで痛みを堪えて立ち上がると、なにもなく普通です! という状態にしる。私はスカートについた埃を払う。
「こちらこそすみませんでした」
気分ではないけど、私の不手際でもあると理解ができるので謝る。私は瞳に涙をためないように堪えて言って、軽く頭を下げてすぐに上げた。まだたまっていない。視界も滲んではいない。
「急いでて、前みてなかった。……その、ありがとうございます」
困ったような、済まなさそうにした表情の……なぜかその表情に不思議な印象を受けた。白を基調とした制服から進学科の生徒であることがわかる。普通科校舎に進学科の生徒がいるのは珍しい。普通科と進学科は縄張り意識があるようでどうにも仲が悪いようだから。それにしてもどうにも、男子生徒の動きがぎこちない。怪我をしたのかもしれない。
「私も前を見ていなかったので……怪我はないですか?」
感謝については無視して、そう切り返す。無駄話はしないで、保健室へ男子生徒を連れて行って私と男子生徒が怪我をしてないか確認をしなくてはならない。昼休みの時間が過ぎていったら食堂での昼食の時間が減ってしまう。
「ないと思う。おま……あなたは?」
男子生徒の知り合いの男子生徒は男子生徒に「先、食ってて」と言われこの場から退散する。
「保健室へ行って確認をしてこようかと思います」
そう言うと男子生徒は「うっ」と言葉をつまらせる。
「オレモツイテイキマス」
なぜか片言をしゃべるように男子生徒が言って、その反応が面白く、私は思わず笑ってしまった。
「普通科の保健室でいいですか? 近いんで」
「ああ」
笑われたからか、不貞腐れたよう男子生徒が言ってよけいに笑いを誘った。保健室へ歩き出すと、不意に背中に視線が突き刺さった。反射的に振り返るも、そこには興味本位か心配をしている生徒だの視線であり、気になった視線のものではなかった。
「? どうかしたか?」
私の唐突な行動が気になったのか、男子生徒が不思議そうに尋ねてきた。
「貴重品落としてないかの確認です」
「そっか」
視線については言わず、私は笑って誤魔化した。男子生徒も確認するように背後を見る。落ちているものは何もなく「俺は何も落としてない。あなたは?」と、制服のポケットをぽんぽんと叩いていた。
「私もちゃんとあります」
視線は気のせい。言い聞かせるように笑い私も真似してポケットをぽんぽんと叩いた。そしていつのまにか痛みのことを忘れていた。
*
男子生徒を普通科校舎を案内するようにして、二人で保健室へ向かった。
「進学科と位置違うんだな」
観察をするように、男子生徒は呟いた。
「それほんとうなんですね」
「それって?」
「入学してすぐの校舎案内で、各校舎で教室の配置が違うんだって、だから自分が所属している科の道で他の校舎へ行くと迷子になる人が多いって」
入学してすぐの頃。普通科、進学科、体育科、芸術科、少数科の校舎は教室を除いて他の教室の配置が違うと説明を受けたのだ。理由については聞いていないけどおそらく各科に最適な位置であっているはず。卒業するまで他の校舎へ行くこととはないだろうと聞き流していたのだけど、まさか保健室を進学科の生徒と向かうことになるとは思っていなかった。
「マジか……」
男子生徒は目を大きくさせて知らなかったというような表情で「進学科のほうだと保健室はあっちのほう」と、男子生徒は図書室のほうを指差す。保健室の位置もちがうのか。
「普通科だとそっちは図書室ですね」
「各科に最適な位置なのか」
「そうかもしれませんね。 体育科だと教室から図書室は遠いそうです」
それからとくに会話もないまま、無言で薬品の匂いのする保健室につくとノックして入る。
「失礼します」
「失礼しまーす」
「はーい」
六つあるベッドのうち二つはカーテンが閉められていた。二人休んでいるということなので静かに挨拶をし、座っている保険医の先生に事情を話した。そうしたらすぐに二人関係なく心配され怒られた。そうしてカーテンを閉めベッドに座り、痛いところや怪我がないかを確認していた。
「とりあえず、放課後過ぎてから痛くなったら寮の管理人さんに言ってね」
カーテン越しから、保険医が心配するように言った。
「はい、わかりました」
「……はい」
男子生徒はしゅんと落ち込んだ声をだしながら隣のベッドのカーテン二重越しで着替えている。保険医の先生からさっきまでカンカンに怒られていたのだ。無理もないと思う。
「あ、終わったらテーブルの上にある用紙に適当に書いといてね。筆記用具置いとくから」
「わかりました」
「……はい」
ごそごそと確認とシップを貼りおえ着替えを終わらせて、カーテンを捲りテーブルの前のソファーに座る。そのまま用紙に科、クラス、名前など怪我の理由原因を書いていく。ソファーが沈み、横を見ると男子生徒も終えたようで、鉛筆をとった。
「おつかれさまです」
笑っていうと、男子生徒も「おつかれさまです」と笑って返した。そして、男子生徒の視線が私の書いてる紙へいき、そこで彼の視線が、そらされることはなく――
「紫藤さん?」
「むらさきふじでも合っているんですけど、紫藤と読みます」
ああ、そういえば自己紹介してなかったですね。とするつもりはなかったんだけどなと思いながら笑った。
「赤坂の部活の……?」
と、真剣な色を帯びていることに気付いた。
「え」
言ってもなく、用紙にも書いていない自分の部活に関するキーワードを言われて、私は驚いた。この人とは初対面だから
「先輩と知り合いなんですか?」
笑わないで、少し警戒するように言った。突然の男子生徒の表情の変化を、私は忘れることはないと思う。きっと赤坂先輩本人に話したら笑いがとれるような……。先輩が私のことを話したのだろうか?
私はのほほんと男子生徒への怒りをなくしてなんとなくと興味がでてきていた――が、次の瞬間。そんな興味は吹き飛んだ。
「赤坂んとこの部員かよ!? あんた!」
「え?」
私は驚いて、男子生徒の顔をのぞきこんだ。男子生徒は私には判断のつかない表情で、私を見た。
「うっわ、今日の俺はあんたには会っていない! で、これからも会わない! 俺はあんたを知らない! あんたも俺を知らない!」
「え、はい? ……あ」
男子生徒は一瞬で、用紙を書き終え保険医の先生に手渡す。そのまま私に背を向け急いで保健室の扉を開いた。刹那。男子生徒は足を止めて振り返り、私にはわからない複雑そうな顔で私を見た。その瞳がお前はいい奴だったよ。これからは敵だ。この借りは必ず返す! というようなものを告げていた。……よくわからない。そして、保健室から出ようとした瞬間。
「ふおっ!?」
何かにぶつかったようで後ろから倒れた。
「?」
驚いた私は首を傾げながら保健室の出入り口をみた。
「……失礼します」
「あららら、またぶつかったみたいね」
保険医が呆れたように呟いた。そしてデスクから立ち上がり男子生徒へ近づいて、男子生徒の確認をした。
「黒野くん、紫藤さんと一緒に彼をベッドに運んでちょうだい。私は進学科行ってくるから」
「はい、わかりました」
言って、保険の先生が早歩きで保健室から出て行った。黒野くんと呼ばれた男子生徒を倒した本人は保険の先生の言ったことと倒れた男子生徒を無視して外から入ってきた。私は唇を曲げ、怪訝そうにしていると思う。
「紫藤なんでいんの?」
「その人とぶつかって倒れた」
「怪我ないか?」
「ない」
「そりゃよかった」
言いながら彼は両手にトレイを器用に持ってテーブルの上に置き、そのまま慣れたかんじで近くのソファーにどすり、と座った。その様子から立ち上がって男子生徒を起こそうとする気はないのがわかる。
このまま来ないで欲しいというのは、見てわかるのか、わかっていながら「なんだよ、ほしいのか?」とパンをだしてきた。
「いらない」
ソファーから立ち上がり、男子生徒の倒れている場所に歩いた。私は男子生徒の膝と肩の下に腕をひっかけ持ち上げると、さっき男子生徒にぶつかって倒れてしまったせいか上手く運べない。急いで運ばなくてはいけないのに。昼食の時間が刻々と過ぎていく。男子生徒は眉間に皺を寄せながらうう、う……とうなされていた。抱え上げて歩くと重くて前のめりになって、足がふらふらとしてしっかりと歩けない。
食べている黒野に手伝いを頼もうと「黒野」と呼べば「ん?」と黒野はパンを食べようとしたとこの途中の状態で私を見た。そしてにっこりと私に笑いかけた。
「なんだよ。やっぱりメロンパン食べたいのかよ?」
「あとで食べるから一つ残しといて、先生の言ったこときいてた?」
「ああ。黒野くん、紫藤さんと一緒に彼をベッドに運んでちょうだい。私は進学科いってくるからだろ」
「なら手伝って、黒野が倒したんでしょ」
「ちげーよ。進学科のやつが勝手に倒れたんだろ、ほっとけほっとけ。昼食優先」
私は黒野の態度にイラリときて諌めようと思ったがすぐに打ち消す。私は黒野とそこまで交流があるわけではない。
「そ」
私は男子生徒を落さないように腕に力を入れなおすと、ソファーに寝かせた。ベッドまでは無理だった。




