19.『フリーダム!』
「いきなりだが……この世界には悪魔と天使がいる。ティファニスは悪魔の一人だ」
黒野ティファニスと私を一目見ると、めんどくせー、と投げやりな口調で言った。
「そう」
それはなんとなく、昨日今日でわかった。存在だけじゃ驚くこともとくにないはず。ただ私の知らない世界が、悪魔天使にたいしての視野が広がっただけだ。
黒野がティファニスをみて、私もならってみると、至近距離にティファニスの横顔があった。少し近すぎるんじゃないだろうか。眠そうにあくびをしている。食べ過ぎているからなのかキャンディーの甘い匂いがする。どうしてこんなに甘いんだろう。ふい、とティファニスと目が合った。
「うう? どうしたの?」
「え?」
気付けば、私とティファニスの顔が近い。近い。近い。どうしてこんなに近くなってるんだ。知らないうちに匂いに吸い寄せられていたんだろうか。
「ああ、 ごめん!」
力強く、椅子と一緒にティファニスから離れると、黒野が私をみてため息をついた。
「いいか?」
「うん」
私は椅子の背もたれに背中をぴたりと合わせ、黒野をみる。
「悪魔と天使の単体がこっちの世界に行き来するのは結構大変でな、人間が召喚することで」
「もっと簡単にお願い」
「簡単に言うと紫藤、お前や俺が過ごしているこの世界のことを悪魔と天使は人間界と呼んでる。で、そこの悪魔」
「うん」
ゆっくりと木材の椅子をずらしてティファニスから離れる私を、ティファニスは無意識なのか離れた分近づいた。
「その世界を境に……いや……」
「どうしたの」
黒野は説明をはじめたのに、なにか表情を曇らせると首をふった。
「やっぱさっきのなしで忘れろ。住む世界をわけるか。 全世界をマンションにする」
「わかった」
私は頭をからっぽにして黒野の言葉をまつ。
「一階には人間が、二階と三階には悪魔と天使が住んでる。もちろん逆でもいい。二階三階に人間が住んで、一階に天使と悪魔が住んでいても」
「ふむふむ」
マンション。よけいにわかりにくくならないか心配だ。とにかく理解はしなくても覚えておけばいい。い
ずれわかるかもしれない。
「各階を行き来するにはエレベーターと階段が必要だな」
「だね」
「悪魔と天使はエレベーターと階段使って行き来するようになったんだよ。その中には他の階を気に入って住むようになるやつもできた」
「おお」
「そうなると数が増えたり減ったりすんだよ……が、入居者の数は決まっている」
「へえ」
学園に入学する前の説明を思い出す。寮の規則や手続きなどすることは多かった。そのとき申請者人数が多くぎりぎりで、あと少し遅ければアパートで一人暮らしをすることになっていたかもしれなかった。……アパート暮らしでもよかったのだけど。
「増えたり減ったりで、マンションを管理する神様が大変になった。面倒になった神様はエレベーターと階段を消しちゃったんだよ」
「? え」
ここにティファニスがいる。ティファニスの兄の戦天使は召喚はされていないって……
「消されてもどうにかして各階を行き来したい悪魔天使人間は自分たちで作っちまったんだよ。エレベーターと階段」
黒野は本棚へと腕をのばし、一冊本を手に取る。
「神様が作ったのをどうや……あ」
「こんなふうに……」
そういうと本を開き、私には聞き取れないぼそぼそとした何かをしゃべる。
『おお!』
「え!?」
すると私がティファニスに会ったときのように、黒野を中心に包むようにあらわれたのだ。淡い紫色の光ではなく、黒い靄。靄は私たちから黒野を隠すように、靄を何層にも重ねていく。
「黒野! ちょっと、召喚するの!?」
ぼんやりと見ているティファニスを横に私は焦ってしまう。黒野も悪魔を召喚したら、よけいにややこしくなるんではないのだろうか。これ、私も召喚したときになっていたんだろうか。あれ。私は椅子から立ち上がって黒野へと伸ばそうとする腕をティファニスに抱きしめられる。
「ティファニス、ちょっとこれどうなってんの?」
重ねられていくたびに私の視界から黒野が薄くなっていく。
『クロロは大丈夫だよ! 近づいたら危ないんだよ!』
私の腕にはひんやりとティファニスの冷たい体温が伝わっているのに重さがない。どうなっているんだろうか。黒野のほうをみると、靄は濃くなり黒野の影すら見えなくなっていた。黒野の気配もなくなりそうなとき、黒野の喉で笑う音がした。
「召喚でな」
ついでパタンと本を閉じる音がする。本を読み終えたときかせるように。黒野が本を閉じたのだ。
「実践してみました、ってこと?」
「ああ、こっちのがわかりやすいだろ? まあ、こんなふうに悪魔も天使も召喚したら行き来できるんだ。じゃ、つぎな。紫藤がどうして天使保護課に怒られたのか」
「うん」
私は椅子に座り直し、黒野は本を元の位置に戻した。
「神が放棄したなら誰かが管理しなきゃいけない。それで天使保護課ができたんじゃないか?」
『そうだったんだあ!』
「あ、じゃあ無断召喚ってそういうことだったんだ」
天使保護課の人たちが私を襲撃したのもうなずける、わけがない。私が召喚したのは悪魔だ。私のなかで好きになれない感情が湧き上がってくる。拳をにぎりおさえる。黒野は鼻で笑うと、つづけた。
「だが、悪魔にとっちゃそんなの知ったこっちゃない」
『悪魔はね! 自由さ! 自由だ! 自由なの!』
ティファニスは嬉しそうにいうと、小さい横断幕をとりだした。フリーダム! と六文字色をわけてかいてある。
「悪魔は自由を尊重しているからな、イラついた天使は実力行使にでた。悪魔も応戦……して、で決めたんだよ」
「なにを?」
「無断召喚について」
「へー」
神様が投げ出したくなるくらい大変な移動。神様……と頭に思い浮かべるとなんだか恥ずかしくこしょばい。現実的ではないな。
「召喚してから五日間は契約を決める期限。紫藤とティファニスは残り二日と少しだな。
そこから召喚して二四時間は当事者たちに手をださない。一日目は安全ってわけだ。
だが、二日目……日曜日に保護課が襲撃していいこと。田所が公園で襲ってきたのは……そういうことだ」
「え? それじゃ……」
「どうした?」
気になったとこをきこうとしてやめる。質問はあとにして、今はきかないといけないのだ。
「いや、あとにする。続けて」
「ああ。 四日目からは同族が手助けしていいこと……あ、詳しくするなら月曜日の夕方以降な。いったろ? 月曜日の放課後なって」
「説明もだめなの?」
「ああ」
「ちょっと整理させて」
「少し急げよ」
悪魔と天使が存在して……ルールがあってマンションにたとえて、と頭が混乱していく。私は焦らず、落ち着くようにゆっくりと深呼吸する。深い息をはいて、期間限定味のキャンディーを二つ口に放り込んだ。
『私も食べたいの!』
「うん、わかったよ」
『あーん!』
ティファニスが私の近くによると口をあけてまつ。
「はい、あーん」
私はティファニスに通常の味のキャンディーを小包からとりだしゆっくりと、ティファニスの口のなかにいれる。
『きゃあああ!! 幸せなの! なの! なの!』
ティファニスの口にキャンディーを二つ放り込むと、ティファニスはすぐに口をとじると、すぐに笑顔になった。
『なんでこんなにおいしいのおおおおお!! きゃああああ!!』
そういうとティファニスは蝙蝠羽をたくさん動かし、全身で美味しさをあらわすよう天井まで浮くと、円を描くようにくるくると回る。天井に飾ってあるなんだかよくわからない物にぶつからないか心配だ。
「ティ……っ」
『おかわりいい! あーん!』
「はっや……ちょっとまって」
呼びかけようと口を開いたら、ティファニスが私の持つキャンディーの袋へと迫っていた。私よりあとに食べたはずなのにどうして、って食べたばかりのはずだ。私は小包からキャンディーをだしてティファニスにあーんとキャンディーを持つ指をのばしいれた。ティファニスは口をもごもごさせると、天井の高さまで浮き旋回をはじめる。
「……いいか?」
「あ、うん」
黒野がこほんごほんと数度咳払いをし、落ち着いたか? と険悪な顔でみてきた。私は黒野もいる? とキャンディーを指差すと、いらんといって首をふった。
「えーっと、質問なんだけどさ」
「ああ」
私は気になることの状況を思い出しながらゆっくりと、不機嫌そうな黒野の顔をみる。こほんごほんと咳をしていて、空気を説明変えるためにしているみたいではないようだ。器官がつまったんだろうか。黒野は咳をしながら、気にするなという面持ちでいる。
「先輩に連れられていった博物館のときに召喚……、金曜日の夕方に召喚して一日目がはじまったから、土曜日の夕方に一日目が終わって、そのつぎに土曜日の夜に二日目がはじまる。
日曜日の夕方に二日目が終わり、夜に三日目がはじまる。月曜の夕方……だから、今日の放課後に二三日目が終わり夜に四日目がはじまる……でいいんだよね」
確認としてきくと、黒野は頷いた。
「どうして、三日目の夜……だから日曜日の夜に公園に襲われたときに助けてくれた人は?」
「悪魔にルールは関係ないからな。ほんと運がよかったな」
「その人、人形使いのっていわれてたんだけどこれはすごいの?」
おそらく、人形使いの悪魔でいいんだろう。モカという名前は持っている人形かその人かわからないけど。あれだ、こういうのは異名というんだろう。本にでてくる登場人物たちの中には、ある事に秀でていたり、有名だと第三者からその人物の特徴に関する呼び名をつけられているのだ。黒野は少し考えるそぶりを見せるとぼそりと「……に、人形っが好きな悪魔」というと咳をした。……そのままだ。
「田所さんに襲われたときも、さっきも……保護課の人に襲われたときに、タライが落ちて助かってたんだけどそれはなんで? 保護課の人は契約能力っていうんだけど、私とティファニスはまだ契約してな」
言い終わることはできなかった。黒野が虚をつかれたような顔して、呆けた声できいてきたのだ。
「は? 紫藤、まだ契約してないのか? 公園で田所相手にかましてただろ」
「いや、あれは勘違いして引いてくれたら嬉しいなとおもって、はったりを……」
「はあ?!」
これはなんといえばいいのか。黒野が口をあけたまま黙っている。
「保護課の人たち綺麗に勘違いしてくれて……困ったよ。だって田所さん領域とか魔力とか変なことばっかりいうからついそれにのっちゃったとか」
「紫藤、お前それまじでいってんのか?」
黒野は瞬時にもとの険悪な顔に戻ると、頬をひきつらせてきいてくる。
「どうして嘘いう必要があるの」
「だよな。そもそも契約はまだっていってたな」
敵を騙すにはまず味方からでいいんだろうか。一瞬、ことわざのとおりに進んでなんだか嬉しくなったけどすぐに考え直す。これはあまりいいことじゃない。過剰評価されてることだ。過剰評価されていると後後大変になることが多いのだ。
「あ、タライが落ちてくるのは先輩が助けてくれたとか?」
「いや、部長はちがう」
「そっか」
思い浮かんだ意見はすぐに一蹴された。そして重大なことを思い出した。
「ねえ、先輩はどこにいるの? こういうことは部長が詳しいんじゃないのかな?」
会うたびに私にどうでもいい知識を披露し、その世界へ誘おうと躍起している先輩がいないのだ。こどうしてこんな大変なときに。保護課の人から聞いてたじゃないか。私を評価したとき、私を知ったときに先輩の名前と部活の単語がでていたことを。
「あ!」
「なんだよ」
私の突然の大声に、げ、と黒野は嫌そうな表情をする。
「そうだよ。 私、女の子に監視されてたってきいたんだけど? これどういうことなのさ?」
彼女の顔を思い出す。綺麗な顔を般若を連想させるくらいに、怒っていたのだ。私を監視して一年無駄にした、と。これは私の生活をずっと見られていたと判断していいのだろうか。
「先輩の部活に入部してからはじめたとかいわれたんだけど」
いくら同性とはいえひどい。あんなに綺麗な彼女も私を一年中見続けていないといけないから辛かっただろうに。いや、そうじゃない。プライバシーがないんだ。それを理解するととたんに恥ずかしくて顔が熱くなり、その熱はいっきに全身へとめぐっていく。緊張して汗がながれてくるようなきがする。
「落ち着け。 部長と監視は一緒に説明するからココアでも飲め。 契約についてはまた後でな」
黒野が私を落ち着かせるようにいいながら素早く作ったココアを手渡す。私が受け取ろうとして、ふいにココアの入っているマグカップが浮いた。
「え?」
目線を上げると、私が飲むはずだったココアの入ったマグカップには黒野が口をつけていてだ。
「紫藤にはココアよりキャ」
黒野が言い終わることはなかった。
『はーい! キャンディー食べるよ! おかわりなの! なの!』
ティファニスが後ろから私に抱きつき、私の肩から顔をだす。
「キャンディーあるだろ?」
「うん、まだあるけど」
補充したからポケットの中に入っている。通常味を二つ取り出すとティファニスの口に放りこんだ。
『うん! うん! おいしいの! おいしいの! どうしてこんなにおいしいんだろうね!』
ティファニスがキャンディーの美味しさの感動で、私のお腹周においてある腕をきゅっとしめた。制服越しから伝わるのはひんやりと冷たくて、混乱に恥ずかしさ緊張で熱くなっていた体温がゆっくりと下がっていく。
「ほんと、美味しすぎてお小遣いはすぐになくなるし、太るのが心配だよね?」
顔をだしているティファニスのひんやりとした頬につん、と指先をつつけばぷにゅ、と可愛らしく力が押し返される。
『えへへへ~! おいしいの!』
「そっか」
ティファニスの弾力のある頬をつつくのが楽しくて、何度もしていると肩が急激に身震いした。
「紫藤、いいか?」
「ごめん、落ち着いたよ」
期間限定味のキャンディーを自分の口にいれ、姿勢をただした。




