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17.『リンゴ味がああああああ!』


変な夢見てたなあ。私はぼんやりと床のひんやりと冷たい温度にぶるりと震える。そのまま寝てたから何かに頭をどこかにぶつけたかのように痛い。読んでたうちに寝落ちしちゃったんだなあ。ページ変なふうに折れてなければいいけど。背中を通して堅いもの一色で、読んでいた本は下敷きにしていないことを安堵する。ぐっと両手を上げて伸びをしようとして、異変に気付いた。


「手、離れない」


カーテンも閉めようと体を起こそうとしたら、起きない。ぐいぐい、と動こうとしても起きない。これはまだ夏には早いのに金縛り!? とぐいぐい。全くの効果はない。寮の自室の天井とカーペットが敷いてあるはずの床を思い出した。暗いと天井に貼ってある星が光るのだ。寝ぼけているうちは、これも夢の延長なのかなと思っていたんだけど


『うわああああああああああああああああん!』


ティファニスの鳴き声がする。声のしたほうに目を向けたら、ティファニスは一人でぽつんと座っていて


『起きるのおそいよおおおおおおお!!』


涙声でいわれて、私は「おはよう」とこたえた。夢ではなかった。それにしたってここどこだろう


「ティファニス、ここどこ?」

『そんなの知らないもん! うわああああん!!』


直前の記憶を振り返ってみる。そう、たしか……





「あんたねえ!」


彼女は歯ぎしりしながら、ドンと床を踏んだ。するとまた彼女の手は虚空からあらわれたものを握った。それを私に見えるよう「これ、わかる? 刃物ね。 包丁じゃあないから」と彼女は正面で持っている。ふむふむ。それは見てわかる。私が知りたいのは


「どうやってだしてるんですか?」


袖の中に隠して出す、というのを考えたけど彼女の服装は袖なんかないワンピースだ。


「しらばっくれるな! あほ!」


彼女の怒声のすぐあとに、またガツンと刃物と銀だらいのぶつかる音がした。


「それが、それが! あんたの契約して手に入れた能力なんでしょ!? たらいで投擲物から自動防御!」

「……」


ちらりとティファニスに視線で問いかける。契約なんかしたっけ? ティファニスも彼女の言葉に『契約はまだしてないよ?』ときょとんとした表情でいう。そりゃそうだ。私も契約しようといわれても了承はしていない。契約についてよくわかっていないんだから。それにティファニスとは会って一週間はたっていない。こういうのはお互いをよく知るべきだ。そもそも、銀だらいが落ちるのは誰かが私を守っているというわけで。今だって、彼女が刃物をこちらに投げるたびに銀だらいが落ちて攻撃は不発に終わっている。投擲物の防御ができるとわかっているのに、どうして何度も攻撃してくるんだろうか。ガツンガツンと続くなかティファニスが思い出したように『あ!』と私の耳元で叫んだ。


「どうしたの?」

『ひどいよ! 他の悪魔と契約してるんでしょ!』

「は?」


私は動揺して言葉をなくす。なにそれ。


「……へえ、そうだったわけ?」


意味がわからないまま彼女へと視線をむければため息をつき


「そう、入学する前に契約……ね。 それからずっと隠し通してきたってわけ。 そこの存在の薄い悪魔は二匹、目と……」


私がぴくりと表情を引きつらせた。最初は穏やかに微笑んでいた人物とは別人のようで


『私は初めてなのに……』


背筋から寒気がし、後ろからでもわかるくらいに、ティファニスから睨まれているのがわかる。


「ちがう! なんだかちがいます! さっきもいったじゃないですか! 私は悪魔なんて存在は知らなかった、本を触ったらティファニスがでてきた! って」


私は必至に否定する。彼女は黙り、舌打ちして


「結構楽しみにしてたのよ。あなたと話すの……」


不満そうに瞼をとじ、消えた





そう、ワンピースを着た彼女だ。そこからの記憶がない。


しばらくして、めそめそとしていたティファニスはいつのまにか近くにいて泣き止んでいた。私はというと思い出しつつ、なにか目印になるものないかなと周囲を見回すけど、窓が一つとあとは動けなくてなにもみえなかった。窓の外は暗い。どうしてティファニスは動けるのに、私だけ拘束されているんだろう。


『うう。 おなかすいたあ!』


ティファニスは泣くことでカロリーを消費していたようで、彼女のお腹は、ぐう、と鳴る。


「そうだね。晩御飯の時間過ぎちゃってるかもしれないんもんね」


私はというと、さっきまでは空腹でお腹が鳴ったらどうしようかと心配だったけど、その時間は過ぎたようで、今は問題ない。さっき鳴っていたらティファニスを笑わせることができたのかもしれない。


「悪魔と召喚者……、本当に緊張感ないんだな。そこまで無能なのか?」


後ろから心底呆れたような、声がした。見張りがいたことと、いきなり話しかけられたことに驚いたけど振り返ることはできないので


「順応能力が高いのかもしれませんね。こんな長所があるなんて気づきませんでした」


動かないはずの肩をすくめようとして失敗してぼやくと、声の主は舌打ちをし、黙った。


『ジュンノウ能力が高いのはすごいことなの? ジュンノウってなに?』

「うー……っとね」


説明しようとして黙る。私は突然襲撃されて誘拐されているのに、表面的には落ち着いて見せられるという自分におかしくなる。変なの。反対に短所として現実を直視できていないかもしれないということだ。


「順応というのは、新しい環境にすぐ慣れるってことかな。あ、じゃあ私は今この環境に慣れた、ってことかな。 適応のほうが正解?」


ほら、こういうふうに調子にのってふざけてニュアンスで使っている。今の私は緊張している。顔にでていないだけだ。


『うう? とにかくすごい! ってことがわかったの! あとお腹がすいてるの!』

「そうだよね。お腹がすいちゃうよね」

『どうしよう! お腹がすいてお腹が痛くなってきたよお!』

「痛いの痛いのとんでけー」


適当に、両腕は拘束されているから言葉だけで民間療法をすると『うう。お腹がすいたああああああ!!』とティファニスは頬を膨らませていた。


『うう! お腹痛いよおおお!』

「痛いの痛いのとんでけー! ティファニスのお腹が痛いの痛いのあそこで見張っているのにとどけー!」


と、ふざけて言うと見張り番の一言。


「黙れ」


見張り番の黙れ、にティファニスはさっきまで元気だったのが嘘みたいにまた目元を赤くしている。ティファニスの瞳に映る彼は、目を逸らしたくなるほどきつくこっちを睨んでいた。


『うわああああああん! あの人こわいよお!』

「そうだね。あの人怖いよね。ティファニスなんかより彼のほうが悪魔だよね」

『ちがうもん! 私が悪魔だもん! うわあああああん! お腹すいたああああ! 悪魔なのにいいいい!』

「うっわ。ひどい。最低だ」


私は魔張り番の彼に思いつく限りの悪口を言った。ティファニスはひっくひっくと涙をこらえようと息を止めていたのだけど『うう。うううう!』と結局ぽろぽろ涙を流して泣いてしまったのだ。悪魔も天使も人間も関係なく女の子には優しくしなくちゃ、と優しくいうと「今のはお前のせいだろうが」と怒鳴られた。


ティファニスの頬から伝った涙が私にぽたりと落ちた。涙は熱く、冷たい床に寝かされていたら体温が冷たくなってしまうのかもしれない。


「ねえ、おなかすいたんだけど」

「知るか」

「お花つみに行きたいんだけど」

「花つみに行くって……お前ふざけてんのか?」

「あ、意味知らないのか。 言葉変えるね、お手洗い行きたいんだけど」

「知るか」

「……ここで漏らすのはちょっと」

「知るか」


それからいくつか会話を続けるも彼からの返事はひどかった。全部、知るか。本当に洩らしたらどうするんだ。私は会話を諦め、ティファニスにそっと声をかける。


「ティファニス」

『うう?』

「私のカーディガンのポケットの中にキャンディー入ってるから全部とってほしいんだけど……」

『わかったよ!』


ティファニスは言われた通りに、期間限定味のキャンディーをだしてくれた。


「何個ある?」

『五個!』

「そっか。じゃ、二つあげるよ。それで、私の口の中に二ついれてくれないかな?」

『うん! いっただきまーす!』

「あっ」


先に私には食べさせてくれないの、とショックをうける。ティファニスはキャンディーをぱくり、と口を開けて食べたんだろう。口に含ませた音というか直後、おおお、と声をだしている。なんだかこわい。


『おおおおおおおおおおおおおいしいいいいいいいいいい!』


また一つ包みが開かれる音がする。


「期間限定の味おいしいよね」

『きゃああああああ! おいしいの! おいしいの! こんなにおいしいのはじめてなの! 期間限定の味すごいの!!』


ふむ、困った。ティファニスも通常の味より期間限定の味を好きになってしまった。通常の味をティファニスに消費させようと思っていたのに、これはあげるのを失敗したかな。ティファニスはおいしいの! おいしいの! といっていて私の声が聞こえてないようだ。


また一つ、あた二つ……と包みが開く音がしてなんだか嫌な予感がする。


「おい! 静かにしろ!」

『きゃああああ! すごいのすごいのすごいのおおおおおおお!!!』

「え、もしかして、ティファニス? 全部食べてないよね?」


ティファニスの影が傾いた。そしてぼすっと影の後に倒れた。

え?

期間限定のキャンディーを食べられた私の中で、時間が止まったような沈黙が訪れる。


「……!? おい! 悪魔になにやったんだよ!?」


見張りの彼がなにかいっている。


「……キャンディーが」

「おい!」


期間限定の味を食べられたショックから他人事のように呟いてしまう。


「キャンディーが……」


カーディガンのポケットにはキャンディーの重みがない。私は大きく息をはいた。もし手が動くなら、額を抑えていたかもしれない。私は大きく息を吸うと


「リンゴ味がああああああああ!」


全力で叫んだ。


「は!? お前っ!」


彼が悲鳴を上げた、その瞬間だった。


「なに、禁断の実食わしてっ」


禁断の実といったらアダムとイブの? 考えた私の近くでティファニスの影が動いてすぐに


「っ!?」


いきなりのものすごい風圧に吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。


「っが!?」


背中を激しく打ち付け、私の口から聞いたこともない自分自身の苦しそうな声が、大量の息が漏れる。最近は運が悪すぎる。じわしわと広がる痛みと酸欠の苦しみに喘ぎ、床に転がったまま耐えるしかない。泣かないように普通です! といつもの自分をイメージして取り繕うとするけど、それは無理で痛みを食いしばろうとしても、痛みは消えない。


意識がなくなって気絶でもすれば痛みなんかに気をとらわれずにすむのに、意識は十分にある。ティファニスは痛くないかな大丈夫かな。


痛みが少し和らぎ呼吸が落ち着いてから、瞼を開けると、天井と見張り番だろう男子生徒と


「だれ」


暗いはずの室内は明るく、少年の姿が目に映る。少年は、私に向かって手を差し出していた。少年の手はとらないで私は立ち上がると、全身の痛みと呼吸の苦しさに耐える。だれ、の問いに少年は「戦天使」とぽつんといった。明るいのは、少年の後光というのか。少年の背中には白い翼がひらいてある。ティファニスの蝙蝠羽より横幅縦幅の二つとも大きい。


私は金縛りのように止まっていた体で部屋を見回す。教室よりは狭く、寮の自室よりはひろい。その中に、私と少年と倒れている見張り番の男子生徒。


「ティファニスは?」


ティファニスが、いない。

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