15.『びゅーん!』
薄暗い夜道を脱したからか、寮に近づいたからか安心して歩幅のペースを緩める。門限の時刻についてはあきらめていた。
『見えてきたね!』
「やっと、だね」
ティファニスは私の手を握ったままばんざーい! とはしゃいでいる。そろそろ寮がみえてきた。
玉木学園の学生寮、は五つ三種類にわかれており、それぞれ中等部、高等部、そして大学に通う人たちが共同で使っている。
まずは一号館と二号館、女子寮だ。本来の名前はちがうのだけど正式名称を覚えていないので割愛する。二つ目は男子寮の三号館と四号館。
私は一号館。女子生徒が入居する寮だ。
そして三つ目が特殊な寮である、五号館。五号館に入居するにはいくつかの条件が必要となるらしい。らしい、というのは噂だからだ。
大金持ちの人だとか、環境的、経済的、何らかの理由があり寮の費用を含む学費を払えないもの。更にそんな者たちから学園側が出す条件を呑んだ、または呑める人たちだけがその五号館に入居ができるらしい。進学科のトップの生徒や芸術家、体育科、少数科の何か秀でている生徒の誰かかもしれない。私の周りにいないからわからないけど。
「いつみてもなんだかなあ」
『うう? どうしたの?』
柵と植木に囲まれた、洋風の建物。写真から一部分切り取られたような、外から見たら大分違和感がある。柵は私の身長を超す高さで、建物の正面側だけがあいている。その中に入るには正面からしかなさそうだ。遠目から見てもわかるほどのがっしりとした体つきの警備員が配置されていた。噂では敷地内にドーベルマンの番犬がいるとかいないとか。
一、二、三、四、号館とは大違いである。
「いや、まあ……門限破った時にはこっちのほうがばれずに侵入しやすいんだけどさ」
『うう??』
「なんでもないよ。こんな遅い時間、外にいるの見つかったら大変だよね」
急いで走っても結局はというと門限はすぎていた。
寮母さんに公園でのんびりしすぎました、と正直に連絡門限をすぎることを連絡しておけばよかった。黒野たちは大丈夫なんだろうか。私のように寮住まいじゃないなら心配ないのだけど。私はゆっくりと慎重に歩き出した。
*
眠い。ただただ眠い。いつもなら大丈夫なはずが、昨夜はいろいろあって遅くまで起きてたせいでしっかりとした睡眠をとれずにいた。寮についてお隣さんの協力のおかげで寮母さんに見つかることなく自室に入られたのはいいけど。そこから入浴にティファニスのお菓子を出したり、遅すぎる晩御飯を食べたり……と昨夜変なことにあったからかもしれない。
当然ながら授業中にもかかわらずどうしても眠い。眠い。それでも私は眠らないようにシャープペンシルのカチカチと芯を出すボタンを手と頭に眠気覚ましのツボを押す……が全く効果はなし。ほっぺをつねってみたけど眠いのか痛みがない。こない。
このまま起きていれば、あとは帰りのHRで寮に帰ってすぐに寝よう。ティファニスには悪いけどお菓子を買うのはまた今度だ。キャンデイーなら買い置きがまだまだある。
先生がカンカン、とチョークで黒板を強く叩くように書いていて、本来の私にはどちらかというとあまり好きになれない音なのに今の私に眠気を促進させている気がする。
「……」
『えいえいおお! 寝ちゃだめだよー!』
横でティファニスがどこからだしたのかわからない小さな横断幕を両手で持ち『寝たらだめだよお! えいえいおおお!』と後半よくわからないことをずっと喋っている。ちらりとみると横断幕の文字には「寝たら死ぬぞ!?」だ。それは遭難したときに使ってほしい。
そのおかげでかろうじて助かっている。寝そうになっても、ティファニスが泣きそうに叫んではっとすぐに目覚めて、また寝て……の繰り返しだ。
ティファニスがこの教室では私以外の誰にも見えなくてよかった。こんなに大声をだしても誰にも注意をされないのは、ティファニスの能力、といっていいのかとにかくティファニスは不可視の状態になっているらしく、そのおかげで私や悪魔に関係している人たちに見えないとかよくわからない。とりあえずいえることはクラスメートにティファニスが迷惑をかけていないのでよかった。
黒板の上の掛け時計を恨みがましく見れば残り数分。今だけ長針が一秒刻みじゃなく、〇,一秒刻みだといいのに。そうしたらすぐに放課後だ。じっと睨んでみたけど、そう変わることなんかなく、一秒ごとに刻んでいた。
*
HRが終わると同時に私は全身の力を抜く。
『やっと終わったね!』
ティファニスは満面の笑みで小さなプラカードをとりだした。書いてある文字は「お菓子万歳!」え、そんなにお菓子を買いに行くのを楽しみにしてたの。眠気は減ってきているし、帰りにコンビニに寄るからいいけど。
昨夜みたいに変なことに巻き込まれないように、公園には寄らないですぐに帰ろう。カーディガンのポケットから期間限定のキャンディーをだして口に含ませる。
『あ! ずるいよ!』
「あとであげるよ」
小さく早口でいうと、ティファニスは不満げに顔を膨らませながら『たくさんお菓子食べたい!』と私の袖をひっぱる。私も鞄に道具を急いで詰め込み立ち上がろう、としたのだけど
「紫藤さん」
冷たい声で、名前を呼ばれた。
「委員長、どうしたの?」
朝のようにふんわりとした雰囲気はなく、真面目そうな髪を三つ編みに結っていてどこか冷たい印象を受ける。そんな彼女は私のほうに歩み寄り
「ちょっと……いえ、少しお時間いいですか?」
『ええ! せっかくお菓子買いに行くのにい!!』
ティファニスは手にしていたプラカードを後ろに投げ捨てると、委員長に向かってあっかんべえ、と舌をだしている。私は委員長にティファニスが見えないことにほっと安堵する。
「どうかしたの?」
言いながら私はティファニスの頭をぽんと諌めるように軽くはたいた。
「?」
委員長は私の手の動きに不思議そうに首をかしげるも、すぐに元に戻り。
「ええ、おそらくそんなに時間は取らせないと思うのですが……私の知り合いが紫藤さんに用があるようで……何か予定はありましたか?」
「あー、うん……」
コンビニ寄ってすぐに帰ります、と私はなんでか恥ずかしくて言えなく
「ないよ」
『ええええ!? 一緒にお菓子買うんだよ!!』
ティファニスの言葉を無視して「どこに行けばいいのかな? あとどんな人が呼んでるの?」と質問をすると委員長は即答する。
「進学科の校舎です」
その言葉に私は一瞬目をぱちりと瞬かせた。思い浮かんだのは昨夜の進学科の男子生徒ともう一人の襲撃してきた田所さんだ。それに各科には対立意識があるようで、別の科に一人で行くのには少し勇気がいる。
私の背中になんだか嫌な汗がながれる、気がした。私は天井を仰ぎ見ると、深呼吸をし「案内してくれるかな?」と委員長にお願いをする。きっと今の私の顔はぎこちないんだろう。
「はい、元よりそのつもりでしたので」
委員長は無表情のまま掛け時計へ目線をやった。
*
玄関で靴を履きかえると「行きますか」と委員長はすたすたと進学科校舎へと歩きだした。
各科共通の道では赤、緑、黒、白と青……と体育科に、芸術家、普通科、進学科に少数科の生徒がちらほら見える。そこから進学科の道へ進めば白を基調とした制服を着た生徒がたくさん見かけることになる。
その中で黒を基調とした普通科の制服は目立ってしまう。
『わわわわ! 赤い制服と白と黒だけじゃないんだね! 』
ティファニスが面白そうに、ほかの科の制服をみていた。前に説明はしたはずだけど、実際に目にすることはなかったもんな。私はティファニスのきょろきょろと興味深げに見ている様が面白くてつい、笑ってしまう。委員長がどうかしましたか? と視線を私に向ける。私はなんでもないよ、と笑ってかえした。そのおかげか進学科の珍しげな視線に少し居心地が悪くなったけど、思ったよりすぐに慣れた。
そのまま歩いていて委員長はしばらくすると
「こちらです」
私の数歩前に進む委員長が進学科の校舎に入るのかと思いきや、横にまがった。
「あれ、校舎に入るんじゃないの?」
「ええ、進学科の生徒の玄関になるので、ほかの科の生徒はこちらからになります」
そういって委員長の視線の先をみると、少し小さな玄関があった。そこでスリッパに履き替え、ご自由にお使いくださいと紙が貼られてある箱のなかから袋を取り出し、その中に靴を入れる。そのまま委員長の後ろに続く。
「委員長は進学科の校舎によくくるの?」
「クラス委員長の、委員長会で普通科第二学年の代表をしてるので……多いかもしれませんね」
「そっか。じゃあ、私を呼んだのはクラス委員長の人なんだ?」
委員長はしばし無言のあと「それに近いかもしれません」と曖昧に言葉を濁した。
『ぱかぱか面白いね! あとで私もそれはきたい!!』
ティファニスは、ぱかぱかとスリッパの響く音を気に入ったようで高く宙に浮いていたのを下げ、地面すれすれの位置に歩いているように浮く。私は委員長がいるので返事ができないので、ティファニスにむかって口ぱくで「あ・と・で・ね」と伝えた。
ティファニスは理解したようで『わーい! やったー! ひゃっほほーい!』とすぐに廊下の天井に浮上し『びゅーん!』と言いながら円を描くようにまわりだした。
選択で頭をぶつけないか心配だ。




