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10.『ああ、やっぱり腫れてる』

『元気だしてよー! さっきの人になにか酷いこといわれちゃったの?』

「ああ……うん。それはないんだけど……そうだよね……あ、はははは。頭痛いなあ」


夜風に絶え間なく揺れているティファニスの光沢をもつ髪はさらさらと宙と綺麗に混ざりあっている。私はというと公園のベンチに座って、なげいていた。


『もう! はやくしないとキャンディー買えないよお!』

「はは、は……はあ。ねえ、たんこぶできてない?」

『うう? たんこぶ?』


これから会うことはないし、口の軽そうな人ではなかったから安心できそうだけど……。群青色の空を見上げながら、私は大きくため息をついた。そのままどうしてこんなことになったのかを、頭の中で一から振り返った。ああ、頭が痛い。



玉木学園にくるまえのこと。私が通っていた学校では大根抜きという遊びが流行っていた。大根抜きといっても、実際の畑にある大根を抜くのではない。


まずは大根役(引っ張られる人)農夫さん(引っ張る人)の二つにグループをわける。


大根役は壁に背をつけ足を伸ばして座る。そのとき大根役は隣に座る大根仲間と腕をきつく組む。そして農夫さんが時間内に大根たちの伸ばしている足を大根に見立て引き抜くというものだ。


地域によって異なり、大根役をカブ役に農夫さんを鬼ということもある。壁に背をつけるのでなはく、円の中で大根が足を伸ばして座るというのもある。


例えるならティファニス(引っ張られる人)は大根で(引っ張る人)が鬼になっている。


と、まあ……。


「いいからでてきて!」

『きゃあああ! 負けないもん!』


私とティファニスの大根抜き(壮絶な戦い)が繰り広げられていた。


私は引き抜こうと一瞬。ティファニスを引っ張る力を緩め、ティファニスが気を抜いたところを狙って全力で引き抜こうとしたり、綱引きの綱を引く要領で腰を落としてみたり、どこかの野球漫画で見たタイヤを引きずって走るのをイメージしたりと試行錯誤して頑張っていた。そうしていたら疲れるし、汗はでるし、制服破けないかなんて心配は私の中で沈んでいて


「抜いてみせる!」


と、いつもより熱くなっている私が浮き上がっていた。ティファニスはといいうと『わーい!』なんて言いながらずっと楽しんでいる。


部員以外の人が来ることなんて滅多にない不人気な文化部室棟三階。誰もいない廊下。そうなると私も引っ張るのが楽しくなってきていた。一目を気にしなくていいから、私とティファニスはへらへらと笑っていたからうるさくて廊下中に響いていたと思う。


二人で大根抜きに(足ではなく腕だけど)熱中して本格的に盛り上がっていると、時間とキャンディーに契約について忘れてて今楽しいからいいや、なんて日が過ぎていくのに気付いていなかった。日当たりの悪い校舎でもあるから暗さの加減をわかっていなかったというのもある。そしてうるさくしてたので予鈴が聞こえなかったし……


窓を向いても暗いままで時間の経過なんて気付けない。遊びに夢中で時間は短く感じるけど、きっと体感時間ではもう夜になっているはず。もうそろそろ、帰らないとなあと思っていたときだ。


暗い時間の誰かの足音が聞こえてきていた。普段の私なら怖くて足音とは反対方向の道へ歩いて帰っていた。けど、そのときの私ならこっちには悪魔(ティファニス)がいるけどなんですか? と反抗状態だった。ティファニスが見えない誰かに「あの人なにやってんの?」とひそひそ影で言われても、気にすることもなくオカルト研究部ですからと適当に笑って返すことができると、それくらいのハイテンションになっていた。


「おい」

「はやく! ぬかれないさい!」

『抜かれないもん!!』

「下校時刻が……」

「抜けたらキャンディー買ってあげるから!」

『勝負の最中にもので釣られたくてもつられないもん!!』

「無視すんなって、きいてんのか!?」


誰かがが怒鳴りつけるのだけど、遊びに夢中になっていた私には聞こえなかったようで、声をかけていた誰かがため息をつく。それは何度も繰り返されたやり取りだったそうだ。いい加減に疲れてきていた誰かはがっくりと項垂れた。


「これだからオカ研はっ!」

「え?」


なぜばれているの?

その一言にに呆気にとられ、固まってしまった私はティファニスの腕を掴んだままだった。


『チャーンス!』


ティファニスはここぞとばかりに私の腕を掴み引っ張っていき。


どごん。


「って、ぐぉ!?!?」

『うう? あれれれ?』


私には悪魔の選択の能力なんてないわけで。後頭部にとんでもなく重い衝撃を受け、私はオカルト研究部と血文字レタリングの表札を中心につんのめった。


「ぐ、痛っいだい! ぬおおお」


半泣きになって振り返った私は、そこに立つ人物の姿を見るや、もっと泣きたくなった。


『うわああああん! 大丈夫!? 痛いの痛いのとんでけー! すごい音したよ!』


ティファニスから心配の声を掛けられていたけど無視する。頭を押さえてうずくまっている私を、見下ろし「大丈夫か?」とぶつかっていない誰かも痛そうに話しかける。声からして男子。


「痛くて大丈夫じゃないです」


どこかで聞いたことがあると思えば……


「あんたもそっち系のやつだったんだな。紫藤さん」


金曜日に衝突した進学科の男子生徒だった。というか、そっち系ってなに。言いたいことはなんとなくわかるんだけど。そう思ったけど痛みで言えなくて、ようやく声に出せたのが「あ、進学科の……」と掠れていたものだった。


痛みで正気に戻りハイテンションで返事をするなんてことはできず。


……男子生徒にはティファニスが見えないから、よくて一人パントマイム。悪くて自分の世界にはいっていた痛い人だ。


あとは進学科の男子生徒の大人の対応というもので、なにも見ていません見ていなかったと風に「部活動活動時間はとっくに過ぎてるからとっとと気を付けて帰ろよ。お大事に」とそれ以外は言わずに生暖かい視線で昇降口まで送ってくれた。それが恥ずかしくて、頭の痛みなんか忘れていた。


「ああ、やっぱり腫れてる」


指で扉に直撃した頭の箇所を触るとぷっくらとたんこぶができていた。

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