9.『うわああああああああああん!』
一番肝心なこと。黒野に彼女の言う契約についてきくのを忘れていた。
昨日、いくつかのコンビニへ寄り季節限定のキャンディーの袋を買占め、寮の自室に帰ってた頃にはもう夜遅く、お風呂に入ってすぐ寝ることにしたのだ。
「契約ってなに?」
だから、ふりかけをご飯にかけながら悪魔本人にたずねた。今日はお隣さんは自分で朝食をとるようなので、ティファニスと二人でテーブルを囲むことになる。いつもの今日ならお隣さんと私の二人でテーブルで囲んでいるのだけど、彼女のご厚意で、今日の朝食にお隣さんはいない。運がよかったと思う。お隣さんは彼女がみえないのと、私は彼女と確認の話をしなくてはいけないのでゆっくり話せてちょうどいいのだけど。
『契約はね、契約なの! これおいしい! キミ料理上手だね』
卵焼きを口に含みながら、彼女は頬張って言い新たな卵焼きを頬張った。
「ああ、ありがと。だから、その……契約はどういった契約をするの?」
『うん? 今回の契約はキミの望みを私が叶えるのと引き換えに私の同じくらいのお願いをきいてほしいの!』
「まずは等価交換ってかんじの契約で、今回の契約ってことはほかにもするの?」
『うん! たぶんそれ! 等価交換なの! 今回の契約はこっちの話なの!』
「そっか。ティファニスは私に頼むお願いはもう決めてあるの?」
……私の頭がよければかっこよくちゃんとした質問ができるのに……と、とほほとため息をつく。
『うん! 私のお願いはキミが私にそのキャンディーを私が食べたいときに食べさせてくれること!』
そう言って、ティファニスは後ろを振り向き冷蔵庫を指さした。中にはキャンディーの袋がまとめて入っている。
「そんなか……」
ティファニスのお願いに安堵してかけ、内心慌てる。いつでも、それは無期限……ということだ。私はお味噌汁を飲みながら僅かに考える。なにか困っていることあったかな。ちらりとご冷蔵庫をじっと眺めているティファニスを見る。彼女が嘘をついているようには見えない。無防備な彼女の背中。無駄な肉のない彼女の白い背中に、付け根辺りにうっすらと灰色の蝙蝠羽へと続く線があり、それに指でついと触るととくん、とくん、と微かに動いていて……
『きゃあああああああ! ちょっと、まっ』
気付いたら、彼女が何か言う前に触っていた。予想していた蝙蝠の羽とは少し違い、つるつるとしていて、柔らかい。撫でると真中のほうに細長く固いものがあり、指で押し
『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!』
「ぐっ」
鈍器で殴り倒されたような衝撃とともに、私の意識は暗転した。浮かんだのは覚める前にごはんを食べ終えててよかった……と安心していたことだった。
*
『うう。……エッチ』
目が覚めたら、ティファニス安堵した息と、拗ねる可愛らしい声が聞こえた。どうしてエッチなんて言われたのか、意識を失う前のことを覚えていたから「ごめんね。いきなり触って」と開口一番に謝罪した。
『あんなに強く羽を触るなんて! うう……お兄ちゃんやお姉ちゃんにもあんなに強くされたことないのに……!!』
蝙蝠羽は、彼女にとって触ってはいけない部位のようだ。家族でもあまり触ってはいけ……なくはなく、触るなら優しく丁寧に。
『羽はね敏感なんだよ! ……怪我もしやすいし』
「鳥とかと同じで骨が細いとか?」
鳥の翼は飛ぶために不要な骨をなくすことで進化した、とどこかで読んだことがある。彼女の羽も飛ぶためにあるようだし、鳥と同じように骨が少ないのだろうか……と、考えて、羽は飛ぶためにあるものだと、自分の考えていたことを一人でつっこむ。
『うう? そういうのわかんないよ』
彼女は眉間を皺によせて考え込み、すぐにやめた。
『そんなことより! キャンディー!』
と、拗ねた顔をしながら冷蔵庫へ羽をぱたぱたさせる。
「ああ、うん。食べたら学校行く準備しよっか」
『えー。もう契約しようよー キャンディーはー?』
「キャンディーはごはんを食べ終わったら。部室行くときに歩きながら食べよう。それに契約とか悪魔についてわかってないから部活の人に聞きたいな~と」
『わかった! なら急いで食べる! キャンディーたくさん!!』
*
そうして、部室へ向かったのはいいのだけど……
「お、休み……だったの?」
ノックをしても部室の扉は開くこともなく、返事が返ってくることはなかった。オカルト研究部は赤坂先輩をはじめ常に幽霊部員だろうと仮入部であろうと来る者拒まずの大歓迎という状態なので、たとえ赤坂先輩がいなくてもほかの部員がでるはずだ……と思う。決して居留守なんてことはしないはずだ。
『なのかなー? みてくるねー』
「え、どう……」
やってみてくるの? といい終わる前に、ティファニスは隣にいなかった。
「って、え!? え……」
声は部室からしていた。鍵は閉まっているはず。
「え? あれ? ティファニス?」
いない。周囲を確認してもティファニスがいない。
『どうしたのー?』
中から彼女の心配するような声を聞いて、私は驚いて声をあげていたことが恥ずかしくなり、すぐに口を閉じる。まずは落ち着くことが大事。
「なんでもない!」
『よかったよー』
そしてなにもないとすぐにこたえた。思い出した。昨日、黒野が言っていた、悪魔は触るものを選択することができる。だから扉も触らないと選択しているから、そのまま通り抜けて行ったのだ。
「どう? いる? 怪しいもの触っちゃだめだからね」
扉の奥にいる彼女に向かって声をかけると『誰もいないよー』と間延びしたように彼女がいった。
「じゃ、帰るよ」
『はーい! キャンディー買って帰ろうね!』
ぬぬぬ、と彼女は顔だけ扉からだし笑った。私はそれが気味悪くて廊下にでている彼女の頭を引っ張る。
『うわああああん! ひっぱらないでよお!!』
「顔だけだしたら不気味だからはやくでてきて」
『ううう。首が伸びちゃうよおお!』
「痛いの痛いのとんでけー」
両手で頭をなでながらいう。彼女はというと扉から顔と腕だけだし、一向にこちらに進まない。ばたばたと腕を動かしているだけだ。
『まだ痛いのー! もっとそれしてー!』
「はいはい、痛いの痛いのとんでけー」
彼女がまだ痛いというので、伝統的な民間療法のひとつをする。彼女は満足そうににっこりと笑う。
『わーい! あとでキャンディーが食べたいの!』
「あとでね」
それにしても出てくる気がないのか。力が足りないのか。引っ張っているはずなのに、彼女が出ている箇所はというと頭と両腕のみ。私はひっぱる箇所を頭から腕へと変えると『きゃああ! ひっぱられる~!』と上機嫌だ。
「はやくでてきてー」
『えーひっぱってー!』
……これ、絶対に楽しんでいる。軽く持っていた彼女の腕を持つ手に力をこめる。そのまま腕だけで軽く引っ張っていたのをやめて、肩にも力をいれる。彼女の顔の下を一瞥する。壁だ。それでも首が見えない。でてきていない。どうやら彼女は私の力に対抗しているようで、抜けないように私と同じくらいの力をだしている。おそらく、蝙蝠羽をプロペラのように動かしているのか。私は負けじと引っ張る力を強める。すると彼女も私に抜かれないように羽の動きをはやめているはず。
明日は学校なんだし、家に帰って寝たいんだけどな。そう力を緩めようとして
『きゃー! スーパーマンみたい!!』
「女の子ならスーパーウーマンだから、いいかげんにでてきて」
大口を開けてわいわいと彼女は楽しそうだ。ふざけているようなら怒り、彼女を放っておいてとっとと先に帰るのだけど、彼女からはそんなようすは感じない。どうやら本気で楽しんでいる。
『わーい! みてみてー!』
「……」
怒りそうになってやめた。私は大きく息を吐いて彼女の遊びを付き合うことにする。時間については暗くなる前に帰れば大丈夫なはず。




