↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/106

第九十四話 毒杯を壊す計画

 茶会まで、残り二時間。


 俺たちは王宮の控え室で、王太子エリアス殿下と向き合っていた。


「君がアルトか」


 金色の髪をした王太子が俺を見る。


「はい」


「先ほど馬車の前へ飛び出したそうだな」


「はい」


「死ぬかもしれないとは考えなかったのか?」


「ちょっとは考えました」


「ちょっとなのね、アルト」


 ヴィオレッタがあきれる。


「アルトは、いつもそう」


 レティシアまで頷いた。


「褒められてないよな?」


「少なくとも、賢明な行動ではありません」


 ユリアナが言い切った。


「なんで全員で俺を責めるんだよ!」


 王太子が吹き出す。


「なるほど。報告より面白い男だ」


「殿下、アルト様を気に入られまして?」


 カサンドラの扇子せんすが、わずかに揺れた。


「不満そうだな」


「まさか。少々、見る目がおありになると思っただけでございます」


 言葉は丁寧なのに、声が妙に冷たい。


 王太子は笑みを収め、太陽紋の杯へ視線を移した。


「事情は理解した。茶会は中止できず、カサンドラ嬢は第三の鐘に合わせて、この杯へ紫瓶の中身を注がなければならない」


「その後、殿下へ直接お渡しいたします」


「だが、私は飲まない。それでよいのだな?」


 ユリアナが頷く。


「契約文には、殿下が飲むという条項はございません」


「なら、受け取った直後に杯を壊す」


「王家の至宝だぞ?」


 俺が思わず聞くと、王太子は肩をすくめた。


「自分の命と三国の平和より高い杯など、我が国にはない」


「破壊の許可を、正式に記録します」


 ユリアナが宣言書を用意する。


 計画は単純だった。


 第三の鐘と同時に、カサンドラが無毒化した瓶の中身を注ぐ。


 王太子が杯を受け取った瞬間、給仕に関する契約は完了する。


 その直後、レティシアが杯を凍らせて砕く。


 ヴィオレッタが破片を黒薔薇で封じ、ユリアナへの偽証の強制が完成する前に原本を消す。


「失敗すれば?」


 カサンドラの問いに、ユリアナは隠さず答えた。


「あなたか私、あるいは両方の心臓が止まる可能性があります」


「随分と危険な賭けでございますね」


「怖いか?」


 俺が聞くと、カサンドラは反射的に扇子を開こうとした。


 けれど途中で止める。


「……はい。怖うございます」


「そっか」


「それだけですか?」


「怖くないって言われるより、分かりやすくていい」


 俺は彼女の右手を見る。


 今も紫文字が刻まれている。


「契約が勝手に動かしたら、また俺が止める」


「アルト様の手は、すでに傷だらけですが?」


「増えても一緒だろ」


「一緒ではございません」


 カサンドラは、俺の手に巻かれた布へ触れた。


「あなたが傷つけば、わたくしが……嫌なのです」


 最後の言葉だけ、ひどく小さかった。


「では、アルトをカサンドラ嬢の補助役に任命しよう」


 王太子が言った。


「俺が?」


「契約の強制を二度止めた実績がある。彼女の隣に立て」


「殿下、それは必要な役目ですか?」


 ヴィオレッタが尋ねる。


「私でも可能」


 レティシアも一歩出る。


「二人は毒と襲撃への対処を頼む。彼にしかできない役目だ」


「どうして皆様、不満そうなのでしょうね?」


 カサンドラだけが、どこか嬉しそうだった。


     ◇


 茶会場には、王族、大貴族、三人の南方使節が集まっていた。


 学園から招かれた生徒たちもいる。


 俺の簡素な制服を見た貴族たちが、ざわめいた。


「なぜ市民枠が殿下の茶会に?」


「しかも、紫扇侯女の隣だぞ」


「身の程を知らないにもほどがある」


 続いて、もっと冷たい声がカサンドラへ向けられる。


「本当に来たのか」


「毒扇が殿下へ給仕するらしい」


「正気とは思えない」


 カサンドラの足が止まった。


 胸元の扇子が、かすかに震えている。


「手、握るか?」


「公衆の面前でございますよ」


「嫌ならいい」


「嫌とは申しておりません」


 彼女の左手が、俺の手をつかんだ。


 ほんの数秒だけ。


 それでも、震えは少し収まった。


「もう大丈夫でございます」


「本当か?」


「いいえ」


 カサンドラは正直に答え、手を離した。


「ですが、独りではございませんので」


 王太子が席へ着く。


 三人の使節が見守る。


 無毒化された紫瓶と、太陽紋の杯が運び込まれた。


 そして――第三の鐘が、鳴り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。