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第九十二話 疑いの槍の中で

「道を開けろ!」


 南方兵が槍を突き出す。


 それでも、俺たちはカサンドラの隣から動かなかった。


「三人の使節は、まもなく帰国される! 邪魔をすれば敵対行為とみなすぞ!」


「帰らせるわけにはいかない」


「平民が外交へ口を挟むな!」


 門の奥で馬車が動き始める。


 このまま三人が帰れば、南方同盟との信頼は壊れる。


 焼け落ちた街が脳裏に浮かび、俺は先頭の馬車の前へ飛び出した。


「止まれ!」


「アルト!」


 馬のいななきとともに、御者が慌てて手綱を引いた。


かれたいのか!」


「嫌だ! でも、このまま帰られるのも嫌だ!」


 馬車の扉が開く。


 褐色の肌に白い髭を蓄えた男が降りてきた。


 南方三国の代表、ドミニク・アルセイド公だった。


「命を惜しまぬ勇気と、命の価値を知らぬ愚かさは違うぞ、少年」


「知ってる。だから、四人を殺そうとしてる本当の犯人を捕まえたことだけでも聞いてくれ!」


「その犯人が、彼女の執事だったという報告なら受けた」


 ドミニク公はカサンドラを睨む。


「主の命令に従っただけではないと、どう証明する?」


「証拠をお持ちしました」


 カサンドラが進み出た。


「偽造書類の原本、毒瓶、契約に利用されたユリアナ様の署名。すべてお見せいたします」


「悪女が用意した証拠を、信じろと?」


 その言葉に、カサンドラの指が扇子せんすを強く握る。


 だが、笑って受け流そうとはしなかった。


「今すぐ信じていただけるとは思っておりません。ですから――」


 彼女の視線が、馬車の車輪で止まる。


「動かしてはなりません!」


「今度は何だ!」


「車輪の下に契約陣けいやくじんがございます!」


 石畳に、髪の毛ほど細い紫線が刻まれていた。


 車輪から門柱へ伸び、赤い魔石へ繋がっている。


「馬車が門を越えれば、爆発いたします!」


「また我々を脅す気か!」


「違います!」


 御者が混乱し、馬が一歩踏み出した。


 紫線に光が走る。


「レティシア!」


「分かってる」


 レティシアが地面へ掌を向ける。


 氷が車輪を包み、馬車をその場へ固定した。


 しかし、門柱の魔石は止まらない。


「爆発する!」


 ヴィオレッタの黒薔薇が地面から伸び、馬車ごと持ち上げる。


 ユリアナは金の鎖を広げ、南方兵たちの前へ防壁を作った。


 俺は近くにいた幼い従者を抱え、地面へ伏せる。


 次の瞬間。


 門柱が轟音ごうおんとともに弾け飛んだ。


 熱風と石片が、頭上を通り過ぎる。


 黒薔薇に支えられた馬車は横転を免れ、使節たちにも怪我はなかった。


「全員、伏せたままでいて!」


 ヴィオレッタが叫ぶ。


「屋根の上に二人」


 レティシアが氷の刃を放つ。


 迎賓館の屋根から、白い外套がいとうの人影が飛び降りた。


 一人は逃げる。


 もう一人はいしゆみをドミニク公へ向けた。


「させません!」


 カサンドラが閉じた扇子を投げる。


 扇子は弩を持つ手に当たり、矢がれた。


 ユリアナの金鎖が男を絡め取る。


「拘束します!」


 男の外套から、紫色の契約書が落ちた。


 そこには、カサンドラの署名が刻まれている。


「また、わたくしの署名を……」


 カサンドラが紙を拾おうとする。


「触らないでください」


 ユリアナが先に天秤をかざした。


「書面は偽造。しかし、魔力署名だけは本物です」


 ドミニク公は、破壊された門柱とカサンドラを見比べる。


「自ら襲撃を仕掛け、自ら救って信用を得る芝居かもしれん」


「閣下!」


 南方兵が声を上げる。


 だが、カサンドラは怒らなかった。


「その疑いは当然でございます」


「認めるのか?」


「疑われる理由があることを、です。ですが、わたくしが犯人であることは認めません」


 カサンドラはドミニク公をまっすぐ見た。


「今のわたくしには、完全な無実を証明できません。代わりに、隠してきた失敗も、知られたくない真実も、すべてお見せします」


「家の恥までさらすと?」


「嘘の名誉を守るために、戦争を起こすよりは」


 長い沈黙のあと、ドミニク公が槍を下げさせた。


「一度救われた程度で、疑いは消えん」


「はい」


「だが、話を聞かずに罪人と決めれば、我々も同じ穴へ落ちる」


 迎賓館の扉が開かれる。


「十五分だけ与える。全員で入れ」


 カサンドラは床に落ちた扇子を拾う。


 俺へ振り返った彼女の顔に、偽りの笑みはなかった。


「参りましょう、アルト様」


「ああ。今度は一緒だ」


 疑いは、まだ槍のように向けられている。


 それでも彼女はもう、その中を一人で歩いてはいなかった。

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