↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
92/106

第九十一話 疑われたまま、会いに行く

 三人の南方使節へ送られた書類は、すぐに王宮へ届けられた。


 俺たちは玻璃温室はりおんしつの机に、それらを広げる。


紫睡蓮むらさきすいれんの涙、購入許可証』


『三使節を会談から排除すべきとの意見書』


『王太子専用杯の使用申請』


 どれにも、カサンドラ本人の署名があった。


「全部、偽物なのか?」


「いいえ」


 カサンドラは購入許可証を手に取った。


「紫睡蓮の涙を購入したのは事実ですわ」


「本当に毒を買ったのか?」


「二年前、南方で毒殺事件が続きました。毒の見分け方を学ぶため、研究機関へ送ったのです」


 次に意見書を指さす。


「この三名を予備会談から外すよう求めたことも事実です。彼らの従者に、賄賂わいろを受け取った疑いがございましたので」


「じゃあ、嘘じゃないのか?」


「本物の書類から、理由だけを削ってあります」


 ユリアナが唇を引き結ぶ。


「一部が真実だからこそ、すべてが真実に見える」


「ベルナールが好む手法ですわ」


 最後の杯使用申請も、カサンドラが誕生日茶会の日程へ署名した際のものだった。


「これでは、偽造だと訴えるだけでは信じてもらえないわね」


 ヴィオレッタが呟く。


「なら、全部見せればいい」


 俺が言うと、侯爵が顔を上げた。


「全部とは?」


「本当の書類も、隠された契約も、毒を吸った黒薔薇も、ベルナールの帳簿もだよ」


「侯爵家が契約を悪用された事実まで、公表しろというのか」


「隠したら、もっと怪しまれるだろ」


「我が家の信用は地に落ちる」


 父親の言葉に、カサンドラは静かに答えた。


「落ちるべき信用なら、一度落とすべきです」


「カサンドラ」


「わたくしたちが契約を見抜けず、ベルナールに権限を与えた。それは、ヴェルレーヌ家の責任です」


 彼女は偽造書類を握りしめる。


「ですが、していない暗殺まで認めることはできません。真実の失敗からは逃げず、偽りの罪は拒みます」


 侯爵は何も言い返さなかった。


「私も証言します」


 ユリアナが進み出る。


「自分の立会署名を利用されたことも、カサンドラへの疑いを事実だと早合点したことも、すべて話します」


「聖女の名に傷がつくかもしれませんわよ?」


「正しく見られることより、正しくあろうとする方が重要です」


「私も黒薔薇の根を提出するわ」


 ヴィオレッタも続く。


「再び毒を作ったと疑われるぞ」


「それでも、隠せばカサンドラ一人へ疑いが集中する」


「私も行く」


 レティシアが耐魔箱たいまばこを抱え直す。


「兵器扱いされている私が毒瓶を持てば、疑われる。でも事実だから隠さない」


「皆様は……なぜ、ご自分まで傷つこうとなさるのです?」


 カサンドラが尋ねる。


「一人だけ傷つくより、みんなで少しずつ背負う方がましだろ」


「アルト様には、失う名誉などございませんものね」


「急にひどくないか!?」


「では、命を背負っていただきますわ」


 カサンドラは俺の傷ついた手へ、そっと触れた。


「こちらは、もう何度も差し出されておりますので」


「勝手に死ぬ気はないぞ」


「ええ。そうしていただかなくては困ります」


 彼女は扇子せんすを開いた。


 けれど今度は、顔を隠さず胸元に添える。


「使節のもとへ参りましょう。疑われたままでも、直接お話しいたします」


     ◇


 南方使節が滞在する迎賓館げいひんかんでは、すでに帰国用の馬車が用意されていた。


 門の前に立つ南方兵たちが、一斉に槍を向ける。


「毒扇カサンドラ!」


 その呼び名に、カサンドラの足が止まった。


「使節閣下は、暗殺者との会談を拒否された!」


「わたくしは暗殺者ではございません」


「証拠がある!」


「その証拠に、真実と嘘が混ぜられております。すべてを説明する機会をいただきたいのです」


 兵は首を横に振った。


「お前一人が武器を捨て、拘束されるなら中へ通す」


「そんな条件、受けるな」


 俺が言う。


「ですが、このまま帰国されれば――」


「一人で行くなって言ってるんだ」


「アルト様」


「疑われてるときに一人になったら、相手の言い分だけで決められる。俺たちも一緒に話す」


 カサンドラはしばらく俺を見つめた。


 やがて門の奥へ向き直る。


「では、会談をお断りいたします」


「何?」


「わたくし一人を拘束しなければ聞けないお話なら、それは会談ではなく尋問じんもんです」


 扇子を閉じる音が、鋭く響いた。


「わたくしは逃げません。ですが、もう一人では参りません」


 その言葉に応えるように。


 俺たちは、カサンドラの隣へ並んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。