第九十一話 疑われたまま、会いに行く
三人の南方使節へ送られた書類は、すぐに王宮へ届けられた。
俺たちは玻璃温室の机に、それらを広げる。
『紫睡蓮の涙、購入許可証』
『三使節を会談から排除すべきとの意見書』
『王太子専用杯の使用申請』
どれにも、カサンドラ本人の署名があった。
「全部、偽物なのか?」
「いいえ」
カサンドラは購入許可証を手に取った。
「紫睡蓮の涙を購入したのは事実ですわ」
「本当に毒を買ったのか?」
「二年前、南方で毒殺事件が続きました。毒の見分け方を学ぶため、研究機関へ送ったのです」
次に意見書を指さす。
「この三名を予備会談から外すよう求めたことも事実です。彼らの従者に、賄賂を受け取った疑いがございましたので」
「じゃあ、嘘じゃないのか?」
「本物の書類から、理由だけを削ってあります」
ユリアナが唇を引き結ぶ。
「一部が真実だからこそ、すべてが真実に見える」
「ベルナールが好む手法ですわ」
最後の杯使用申請も、カサンドラが誕生日茶会の日程へ署名した際のものだった。
「これでは、偽造だと訴えるだけでは信じてもらえないわね」
ヴィオレッタが呟く。
「なら、全部見せればいい」
俺が言うと、侯爵が顔を上げた。
「全部とは?」
「本当の書類も、隠された契約も、毒を吸った黒薔薇も、ベルナールの帳簿もだよ」
「侯爵家が契約を悪用された事実まで、公表しろというのか」
「隠したら、もっと怪しまれるだろ」
「我が家の信用は地に落ちる」
父親の言葉に、カサンドラは静かに答えた。
「落ちるべき信用なら、一度落とすべきです」
「カサンドラ」
「わたくしたちが契約を見抜けず、ベルナールに権限を与えた。それは、ヴェルレーヌ家の責任です」
彼女は偽造書類を握りしめる。
「ですが、していない暗殺まで認めることはできません。真実の失敗からは逃げず、偽りの罪は拒みます」
侯爵は何も言い返さなかった。
「私も証言します」
ユリアナが進み出る。
「自分の立会署名を利用されたことも、カサンドラへの疑いを事実だと早合点したことも、すべて話します」
「聖女の名に傷がつくかもしれませんわよ?」
「正しく見られることより、正しくあろうとする方が重要です」
「私も黒薔薇の根を提出するわ」
ヴィオレッタも続く。
「再び毒を作ったと疑われるぞ」
「それでも、隠せばカサンドラ一人へ疑いが集中する」
「私も行く」
レティシアが耐魔箱を抱え直す。
「兵器扱いされている私が毒瓶を持てば、疑われる。でも事実だから隠さない」
「皆様は……なぜ、ご自分まで傷つこうとなさるのです?」
カサンドラが尋ねる。
「一人だけ傷つくより、みんなで少しずつ背負う方がましだろ」
「アルト様には、失う名誉などございませんものね」
「急にひどくないか!?」
「では、命を背負っていただきますわ」
カサンドラは俺の傷ついた手へ、そっと触れた。
「こちらは、もう何度も差し出されておりますので」
「勝手に死ぬ気はないぞ」
「ええ。そうしていただかなくては困ります」
彼女は扇子を開いた。
けれど今度は、顔を隠さず胸元に添える。
「使節のもとへ参りましょう。疑われたままでも、直接お話しいたします」
◇
南方使節が滞在する迎賓館では、すでに帰国用の馬車が用意されていた。
門の前に立つ南方兵たちが、一斉に槍を向ける。
「毒扇カサンドラ!」
その呼び名に、カサンドラの足が止まった。
「使節閣下は、暗殺者との会談を拒否された!」
「わたくしは暗殺者ではございません」
「証拠がある!」
「その証拠に、真実と嘘が混ぜられております。すべてを説明する機会をいただきたいのです」
兵は首を横に振った。
「お前一人が武器を捨て、拘束されるなら中へ通す」
「そんな条件、受けるな」
俺が言う。
「ですが、このまま帰国されれば――」
「一人で行くなって言ってるんだ」
「アルト様」
「疑われてるときに一人になったら、相手の言い分だけで決められる。俺たちも一緒に話す」
カサンドラはしばらく俺を見つめた。
やがて門の奥へ向き直る。
「では、会談をお断りいたします」
「何?」
「わたくし一人を拘束しなければ聞けないお話なら、それは会談ではなく尋問です」
扇子を閉じる音が、鋭く響いた。
「わたくしは逃げません。ですが、もう一人では参りません」
その言葉に応えるように。
俺たちは、カサンドラの隣へ並んだ。




