↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/106

第八十四話 真夜中の井戸を守る者

「追う」


 白百合の印を付けた影を見て、レティシアが窓へ駆け寄る。


「待て!」


 俺は反射的に、その腕をつかんだ。


「離して、アルト。まだ遠くない」


「毒瓶を置いていく気か?」


 レティシアが耐魔箱たいまばこを見る。


 影を追えば、箱を守る者が減る。


「たぶん、あいつはおとりだ。俺たちを毒から引き離したいんじゃないか?」


「……アルトが考えた」


「どういう意味だよ」


「珍しい」


「今は褒められたことにしておく!」


 ユリアナは衛兵へ王宮封鎖を命じた。


 だが、白百合の影は見つからなかった。


「相手は、黒薔薇の根について聞いていた可能性があります」


 ヴィオレッタの顔が険しくなる。


「先回りされる」


「正門から馬車を出せば、確実に追跡されますわ」


 カサンドラが静かに告げた。


「では、どうしろと?」


 ユリアナに問われ、彼女は扇子せんすを東へ向ける。


「古い外交使節用の地下通路がございます。南方の使節を人目に触れさせず、王宮へ招くための道です」


「現在は閉鎖されているはずです」


「表向きは」


「なぜあなたが知っているのです?」


「ヴェルレーヌ家は、秘密を商品にする家ですもの」


 また、あの笑顔だ。


 ユリアナは疑いの目を向ける。


わなではない証明を」


「ございませんわ」


 カサンドラは俺を見た。


「さて、アルト様。信じるには、少々お高い情報でございますが?」


「行こう」


「……即答なさるのですか?」


「他に早い道がないんだろ。なら、お前に任せる」


「もし、わたくしが嘘をついていたら?」


「そのときは一緒に迷う」


 カサンドラは目をまたたかせた。


 そして、扇子の奥で小さく呟く。


「信頼とは、もっと慎重に扱うものでは?」


「今は急いでるからな」


「本当に、台無しでございますわね」


 そう言いながら、彼女は少しだけ笑っていた。


     ◇


 地下通路を抜け、学園裏の古井戸へ着いたとき。


 黒い煙が上がっていた。


「根を燃やせ!」


 白い外套がいとうの男が二人、井戸を囲む黒薔薇へ油を撒いている。


「やめなさい!」


 ヴィオレッタが手を振ると、地面から伸びたいばらが炎を叩き消した。


 一人の男が、井戸へ火炎瓶を投げる。


「させない」


 レティシアが耐魔箱を片腕で抱えたまま、氷の刃を放つ。


 火炎瓶は空中で凍り、地面へ落ちた。


 もう一人が黒薔薇の根へ剣を振り下ろす。


 考えるより先に、俺は走っていた。


「うおおおっ!」


 男の腰へ体当たりする。


「市民風情が!」


 肘が頬に当たり、視界が揺れた。


 それでも足へしがみつく。


「放せ!」


「放っとく方が、気分悪いんだよ!」


 男が剣を持ち直した瞬間、金色の鎖がその手首へ巻きついた。


「武器を捨てなさい」


 ユリアナの天秤から伸びた鎖だった。


「王家司法権に基づき、現行犯で拘束します」


 男は舌打ちし、懐から白い煙玉を取り出した。


 だが、それより早く、紫色の扇子が手の甲を打つ。


「お品が落ちましてよ」


 カサンドラだった。


 煙玉が転がり、ヴィオレッタの茨が男を縛り上げる。


 もう一人は逃げようとしたが、井戸の向こうから現れた人々に行く手を塞がれた。


 作業着姿の庭師。水汲みの女性。夜警の老人。


 以前、この井戸を守るために力を貸してくれた人たちだ。


「怪しい奴がうろついてたから、見張ってたんだ」


「公女様だけに守らせるわけにはいきませんよ」


「今度は、私たちの番です」


 ヴィオレッタが言葉を失う。


 誰とも契約などしていない。


 金も、命令もない。


 それでも皆、井戸を守るために集まっていた。


 カサンドラは、不思議なものを見るように彼らを見つめている。


 拘束された男が笑った。


「その根に毒を吸わせてみろ。猛毒を蓄えた黒薔薇が証拠になり、次に罪を着せられるのは貴様だ」


 ヴィオレッタは黒薔薇の根へ膝をつく。


 傷ついた根を、両手で優しく包んだ。


「それでも使うわ」


「ヴィオレッタ……」


「私は一度、この人たちに救われた。だから今度は、私が誰かを救う」


 黒薔薇が一輪、闇の中で咲いた。


「カサンドラ。あなたも、ユリアナも、必ず助ける」


 カサンドラの扇子が、静かに下がる。


 その顔にはもう、作られた笑みはなかった。


「……どうして皆様は、見返りもないのに、そこまでなさるのです?」


 俺は答えた。


「助けたいからだろ。それじゃ駄目なのか?」


 カサンドラは胸元を押さえた。


 そこに生まれた痛みだけは、どんな契約にも書かれていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。