表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/27

第七話 人に頼るのが下手な少女

 翌朝。


 俺はヴィオレッタについて、五つも知ることができないまま教室へ来ていた。


「好きな食べ物くらい、教えてくれてもいいだろ」


「必要ありません」


「じゃあ、好きな色」


「ありません」


「好きな動物」


「いません」


「本当に何も好きじゃないのか?」


「あなたに教えたくないだけです」


「なるほど。それで四つ目だ」


「何がですの!?」


 言い合っているうちに、先生が教室へ入ってきた。


「昨日の課題を始める。順番に相棒を紹介しろ」


 前の席から発表が始まった。


 多くの生徒は、相手の家柄や成績、得意な魔法について紹介していた。


 やがて俺たちの番が来る。


「アルト・レイン。ヴィオレッタ・ローゼンベルクについて紹介しろ」


「はい」


 立ち上がると、教室中の視線が集まった。


「ヴィオレッタは、ローゼンベルク公爵家の長女です」


「公女様と呼びなさい」と、本人から小声が飛んでくる。


「すごく真面目で、市民区の調査にも本気で取り組もうとしています」


 ヴィオレッタが黙った。


「それから、困っている人間を放っておけない」


 教室がざわつく。


「何を根拠に言っているの?」


「黒薔薇公女が?」


「彼女が人を助けるはずがないでしょう」


「静かに」


 先生の一言で、声が止まる。


「続けろ」


「助けたあと、絶対に助けたって認めない。お礼を言うと怒る。それと――」


 俺は隣に立つヴィオレッタを見た。


「何でも一人でやろうとする。たぶん、人に頼るのが下手なんだと思います」


 ヴィオレッタの銀色の瞳が、わずかに揺れた。


「以上です」


「一つも合っていません」


「そうか?」


「勝手に、わたくしのことを決めつけないでください」


「じゃあ、これから本当のことを教えてくれ」


「なぜ、あなたに教えなければならないのですか!」


 先生が口元をわずかに緩めた。


「次。ヴィオレッタ・ローゼンベルク」


 ヴィオレッタは不満そうに立ち上がった。


「アルト・レイン。市民区出身の十五歳です」


 そこまでは普通だった。


「礼儀を知らず、身分を理解せず、考えるより先に行動します。無謀むぼうで、周囲への配慮はいりょも足りません」


「悪口ばっかりじゃないか」


「事実です」


 教室から小さな笑いが起きる。


 ヴィオレッタは一度息を吐き、続けた。


「ですが、相手の身分によって態度を変えません。見返りを求めず、落とし物を拾います。間違っていると思ったことには、相手が誰であっても疑問を口にします」


 先ほどまで笑っていた生徒たちが、静かになった。


「愚かではありますが……嘘のない人です」


 ヴィオレッタは俺を見ないまま座った。


「最後のは褒めたのか?」


「好きに受け取りなさい」


 頬が、ほんの少しだけ赤かった。


     ◇


 放課後、俺はヴィオレッタと正門で待ち合わせた。


 公爵家の馬車と、四人の護衛ごえいが用意されている。


「これで市民区を調べるのか?」


「何か問題が?」


「馬車が通れない細い道も多い。それに、護衛に囲まれていたら住民も話しづらいぞ」


 護衛たちが険しい顔で俺をにらむ。


 だが、ヴィオレッタは少し考えただけで馬車を降りた。


「では、歩きます」


「公女様、危険です!」


「市民は毎日、その場所で暮らしているのでしょう?」


「それは……」


「彼らが暮らせる場所を、わたくしが歩けない理由にはなりません」


 ヴィオレッタは護衛を二人だけ残し、俺と並んで歩き始めた。


 西部市民区へ入ると、建物も道も一気に狭くなった。


 露店ろてんから漂う料理の匂い。元気に走り回る子供たち。値段を巡って言い争う店主と客。


 戦後には失われていた光景だ。


 しかし、ヴィオレッタの姿に気づいた瞬間、街の声が消えた。


 人々が道を譲り、目を合わせないようにうつむく。


 一人の少女が、抱えていた林檎りんごを落とした。


 林檎は転がり、ヴィオレッタの足元で止まる。


 彼女はそれを拾い上げ、少女へ差し出した。


「落としましたよ」


 ところが母親らしき女性が、少女を乱暴に抱き寄せた。


「も、申し訳ございません!」


「謝る必要は――」


「どうか娘には、何もしないでください!」


 ヴィオレッタの手が止まった。


 周囲の住民たちも、恐れるように彼女を見ている。


「……そうですか」


 ヴィオレッタは林檎を近くの台へ置いた。


「調査を続けます」


 何事もなかったように歩き出す。


 その横顔に怒りはなかった。


 ただ、黒い手袋に包まれた左手だけが、痛みに耐えるように強く握られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ