第六話 最悪の相棒
教壇に立ったのは、左目に古い傷のある男性だった。
「一年一組の担任、レオンハルト・グレイだ」
低い声だけで、教室中の私語が止まる。
「最初に言っておく。家の爵位も、親の財産も、この教室での成績には関係ない」
貴族の生徒たちが、不満そうに顔を見合わせた。
「今年から身分交流制度が始まる。座席表で隣に指定された者が、一年間の相棒だ」
「相棒?」
思わず隣を見る。
ヴィオレッタも、嫌そうに俺を見ていた。
「先生!」
前の席にいた女子生徒が手を挙げる。
「公爵令嬢であるヴィオレッタ様と、市民枠の者を組ませるのは不適切ではありませんか?」
「何が不適切だ?」
「それは……身分が違いすぎます」
「だから組ませた」
先生は迷わず答えた。
「同じ身分の者だけで固まり、自分と違う者を知ろうともしない。そんな人間が国を動かせば、いつか大きな争いが起こる」
胸の奥が、強くざわついた。
いつかどころではない。
本当に起きる。
国同士が憎み合い、大勢の人間が死ぬ世界大戦が。
「最初の課題は、隣の相棒について五つ知ることだ。明日、全員の前で紹介してもらう」
先生の言葉に、教室が騒がしくなる。
俺はヴィオレッタへ体を向けた。
「だってさ」
「聞こえていました」
「じゃあ、まず好きな食べ物は?」
「ありません」
「一つくらいあるだろ」
「ありません」
「好きなことは?」
「ありません」
「得意なことは?」
「特にありません」
「俺のこと嫌いだろ?」
「それは間違いなく、はい」
「一つ分かった」
「課題に書いたら許しませんわよ!」
初めて、ヴィオレッタが年相応の声を上げた。
周囲から驚いたような視線が集まり、彼女はすぐに姿勢を正す。
「あなたは、わたくしについて何を紹介するつもりですの?」
「真面目で、意外と優しい」
「どちらも違います」
「じゃあ、自分で教えてくれ」
「ヴィオレッタ・ローゼンベルク。ローゼンベルク公爵家の長女です。以上」
「それは一つだろ」
「十分です」
「あと四つ必要だ」
「知りません」
ヴィオレッタは顔をそらした。
しかし、机の下では黒い手袋をはめた左手を、右手で強く押さえている。
何かを隠すような仕草だった。
「続いて、今月の実地調査について説明する」
先生が黒板に王都の地図を張った。
「各組には、王都の一地区を調査してもらう。住民の暮らしを見て、問題点と改善案を報告書にまとめろ」
一枚ずつ、地区名が書かれた紙が配られていく。
俺たちの机にも紙が置かれた。
『西部市民区・第七街区』
俺が戦後、薪を探して歩いていた場所だった。
未来では建物一つ残っていなかったが、この時代では多くの市民が暮らしている。
「優秀な報告書は、王国評議会へ提出される。子供の課題だと思って手を抜くな」
先生がそう言った瞬間、ヴィオレッタの表情が変わった。
先ほどまでの不機嫌そうな顔が消えている。
彼女は配られた地図を広げ、街路や水路の位置を確かめ始めた。
「ヴィオレッタ?」
「明日の放課後、現地へ向かいます」
「もう行くのか?」
「一度見ただけで、住民の暮らしが分かるはずがありません。最低でも三度は訪問します」
「真面目なんだな」
「当然のことです」
「市民区は嫌じゃないのか?」
ヴィオレッタの手が止まった。
「なぜ、嫌だと思うのです?」
「公女様だから?」
「公爵家の人間だからこそ、知る必要があります」
ヴィオレッタは俺を正面から見た。
「民の暮らしを知らずに、どうやって民を守れというのですか」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
世界を戦争へ導いたと、本に記された悪女。
けれど今、目の前にいるヴィオレッタは、誰より真剣に市民の暮らしを考えていた。




