表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/27

第五話 聖女セシリア

 教室へ入った瞬間、生徒たちの視線が俺たちに集まった。


「どうして、あの市民が公女様と一緒に?」


「まさか、本当に隣へ座るつもりなのか?」


「身の程を知らないにもほどがあるわ」


 俺の席は窓際の一番後ろだった。


 ヴィオレッタが窓側で、俺が通路側。同じ机を二人で使う形になっている。


 席へ向かおうとすると、一人の女子生徒が立ち上がった。


「公女様、よろしければ私がその市民と席を替わります」


 ヴィオレッタは足を止めた。


「必要ありません」


「ですが、市民と同じ机では、公女様のお立場に傷がつきます」


「学園が決めた席です。わたくしだけが特別扱いを求めれば、それこそ公爵家の名を傷つけます」


「で、ですが……」


「聞こえませんでしたか?」


 冷たい銀色の瞳に見つめられ、女子生徒は黙って座った。


 ヴィオレッタも自分の席へ腰を下ろす。


「助かった」


「あなたのためではありません」


「それでも俺は助かったぞ」


「……いちいちお礼を言わないでください」


 ヴィオレッタが窓の外へ顔を向ける。


 耳が少し赤くなっていた。


 そのとき、教室の入口が騒がしくなった。


「セシリア様よ」


「七聖女のお一人が、同じ組だなんて!」


 蜂蜜色の髪をした少女が入ってきた。


 入学式で、市民枠の女子生徒を席まで案内していた少女だ。


 彼女は声をかけてくる生徒一人一人に、笑顔で挨拶を返していた。貴族にも市民にも、その態度は変わらない。


 やがて、こちらに気づく。


「ヴィオレッタ様」


 その呼びかけに、ヴィオレッタの肩がわずかに揺れた。


 セシリアは嬉しそうに近づいてくる。


「同じ組だったのですね。また一緒に学べて嬉しいです」


「そうですか」


 ヴィオレッタは振り返らなかった。


「わたくしは、何とも思いません」


「……ヴィオレッタ様」


 セシリアの笑顔が曇る。


 周囲の生徒たちが、ひそひそと話し始めた。


「セシリア様がお声をかけてくださったのに、あの態度……」


「昔からセシリア様を嫌っているそうよ」


「優秀なセシリア様に嫉妬しっとされているのでは?」


 ヴィオレッタにも聞こえているはずだった。


 それでも何も言い返さず、窓の外を見続けている。


 セシリアは困ったように立ち尽くしていたが、やがて俺を見た。


「あなたは、先ほど公女様に手袋を届けていた方ですね」


「ああ。アルトだ」


「私はセシリア・アークライトと申します。よろしくお願いします、アルトさん」


「よろしく、セシリア」


 教室が再び静まり返った。


「今度はセシリア様を呼び捨てにしたぞ」


「本当に命が惜しくないらしい……」


 ニールの声も聞こえた気がする。


 だが、セシリアは怒らなかった。


「アルトさんは、ヴィオレッタ様のお隣なのですね」


「ああ。さっき知り合った」


「知り合いではありません」


 ヴィオレッタがすぐに否定した。


 セシリアは小さく笑う。


「ヴィオレッタ様が、出会ったばかりの方とこれほどお話しになるなんて珍しいです」


「話しかけてくるので、仕方なく答えているだけです」


「昔のヴィオレッタ様に戻ったようで、少し安心しました」


 その瞬間、ヴィオレッタの表情が変わった。


「昔のわたくしなど、もうどこにもいません」


「私は、そうは思いません」


「あなたに何が分かるのです」


 ヴィオレッタが、初めてセシリアを見た。


 その瞳にあったのは、怒りだけではなかった。


「何も知らないくせに、分かったようなことを言わないでください」


「……ごめんなさい」


 セシリアは目を伏せ、自分の席へ向かった。


 周囲から向けられる視線が、さらに冷たくなる。


 誰もがセシリアに同情し、ヴィオレッタを責めるような目で見ていた。


「言いすぎたんじゃないか?」


「あなたには関係ありません」


「昔、仲よかったのか?」


「関係ないと言ったでしょう!」


 強い言葉とは反対に、ヴィオレッタの手は机の下で固く握られていた。


 その視線も、席へ戻るセシリアの背中を追っている。


 本当に嫌いなら、そんな顔はしない。


 ヴィオレッタは怒っているんじゃない。


 何かを言いたいのに、言えないだけだ。


 やがて教壇きょうだんに教師が立ち、教室が静かになった。


 それでもヴィオレッタは、最後までセシリアの方を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ