第七十七話 今度は私が見張る
学園へ戻って最初の昼食。
俺の右隣にはヴィオレッタ。
左隣にはレティシア。
向かいにはミレーヌが座っていた。
食堂中から視線を感じる。
「あの市民枠、黒薔薇公女だけでなく銀狼侯女まで……」
「どういう状況なんだ?」
「白鳩の聖女まで同じ席にいるぞ」
「俺も知りたい」
呟くと、ヴィオレッタに足を踏まれた。
「何か不満があるの?」
「ないけど、どうして踏むんだ?」
「念のためよ」
隣でレティシアが、軍用の携帯食を取り出した。
「学園の食堂で、なぜ兵糧を食べるの?」
ミレーヌが驚く。
「必要な栄養を短時間で摂取できる」
「休暇のときくらい、好きなものを食べろよ」
「何を選べばいいか分からん」
俺は自分の盆から、温かいクリーム煮を分けた。
「これ、うまいぞ」
「アルト。自分の食事を勝手に渡さないで」
ヴィオレッタが注意する。
「毒見なら終わってる」
「毒の心配ではないわ!」
レティシアが一口食べる。
青灰色の目が、わずかに見開かれた。
「どうだ?」
「悪くない」
「気に入ったんだな」
「悪くないと言っただけだ」
そう言いながら、携帯食には戻らなかった。
◇
昼食後、俺たちは北部で起きた事件の報告書を作るため、図書室へ集まった。
ヴィオレッタとミレーヌは、途中で教師に呼ばれて席を外す。
俺は難しい資料を読んでいるうちに、いつの間にか眠っていた。
◇
白牙門が開いている。
門の向こうから押し寄せた兵士たちが、避難民も王国兵も斬っていく。
レティシアが血まみれの剣を持ち、一人で立っている。
『私が開けた』
『私が、みんなを殺した』
違う。
そんな未来は止めた。
叫ぼうとしても、声が出ない。
炎が雪原を焼く。
戦後の王都。
崩れた家。
名前も知らない子供の亡骸。
「アルト!」
目を開けると、レティシアが俺の肩をつかんでいた。
「大丈夫か?」
「……夢か」
「ひどくうなされていた」
手も背中も、汗で濡れている。
「戦場の夢を見ていたのか?」
「何で分かる」
「門を開けるな、みんなが死ぬ、と叫んでいた」
レティシアの目は、疑うように細められていた。
「以前、ガルム教官へ実際の戦場を知っていると言ったな」
「あれは、本で……」
「本を読んだだけの人間は、そんな目をしない」
答えられない。
二十年後から来たと言って、信じてもらえるだろうか。
信じられたとしても、未来で彼女が戦犯として処刑されたことまで話せるのか。
「今は、言えない」
俺は嘘をつけなかった。
「ごめん」
「そうか」
レティシアは、それ以上尋ねなかった。
「聞かないのか?」
「聞かれたくない顔をしている」
最初に包帯を巻いた日、俺が彼女へ言ったことと同じだった。
「話せるようになったら、話せ。それまでは待つ」
「ありがとう」
「ただし、一つだけ答えろ」
「何だ?」
「怖かったか?」
強がろうとして、やめた。
「怖かった。今度こそ間に合わないと思った」
「だが、間に合った」
「え?」
「白牙門は閉じた。避難民も使節も生きている」
レティシアが傷の残る手を差し出す。
「夢の中がどうであろうと、今ここにいる私は誰も殺していない」
「ああ」
「お前が私へ言ったのだろう。怖いなら、自分の前だけで言えと」
その手が、俺の手を包む。
「お前も、私の前では怖いと言っていい」
未来の本には、銀狼が白牙門を開き、避難民と和平使節を殺したと書かれていた。
けれど、その未来はもう存在しない。
「もう一度、少し寝る」
「そうしろ」
「手、握っててくれるか?」
レティシアの指へ力が入った。
「ああ。今度は私が見張る」
目を閉じる。
焼け跡ではなく、静かな雪原が見えた。
その日、焼け焦げた本の第二章もまた、未来ではなくなった。




