第七十四話 武器を捨てない和平
翌日の正午。
延期されかけた和平会談が、予定どおり始まった。
レティシアは肩へ包帯を巻いたまま、王国側の席に座っている。
俺は市民代表として、その後ろに立っていた。
「白牙砦の兵力を半分に減らすべきだ」
隣国の将軍が要求する。
「避難民に紛れた兵士が、門を内側から奪おうとしたのだぞ」
オスヴァルト侯爵が反論した。
「今こそ守備を強化する必要がある」
「そちらが兵を増やせば、我が国も増やす」
「ならば、こちらもさらに増やすだけだ」
このままでは、戦争を止めるための会談が、戦争の準備を進める場所になる。
「双方とも、武器を減らしてください」
ミレーヌが発言した。
「互いに武器を向けるから、恐怖が生まれるのです」
「武器を捨てたあと、白百合が再び魔獣を放ったらどうする」
レティシアが尋ねる。
「話し合いで――」
「魔獣は話し合いに応じない」
「では、武器を増やし続けるのですか?」
「必要な備えは捨てられない」
二人の意見は、やはり正反対だ。
けれど以前と違い、レティシアはミレーヌを馬鹿にしない。
ミレーヌも、彼女を乱暴な兵士と決めつけなかった。
「閉じるか、開けるかだけじゃなかっただろ」
俺が言うと、会談場の視線が集まった。
「誰だ、その市民は」
「発言を許可した覚えはないぞ」
「申し訳ありません」
一応謝ってから、続ける。
「でも、門の外で死にかけたのは、偉い人じゃなくて市民です。だったら一人くらい、市民が話してもいいだろ」
「アルト・レインは現場にいました」
レティシアが俺を庇う。
「この場にいる多くの者より、避難民の状況を知っています。発言を認めてください」
隣国の第一使節が、傷を押さえながらうなずいた。
「構わない。続けてくれ」
「俺たちは、門を開けなかった。でも、外に屋根を作って助けた」
「それが何だ?」
「兵を増やすか、全部捨てるか。その二つ以外を考えればいいんじゃないか?」
「具体的には?」
「それは俺より頭のいい人たちで考えてください」
「また投げたわね……」
ヴィオレッタが額を押さえた。
「ですが、考え方は間違っていません」
彼女は白牙砦の図面を広げる。
「国境の外側に、両国が共同管理する避難所と検査場を作るのです」
「共同管理?」
「片方の国だけで避難民を調べるから、疑いが生まれる。両国と中立機関から人員を出し、同時に確認すればいい」
「魔獣への対応は?」
レティシアが答える。
「白牙砦の兵力は維持する。ただし、配置と数を共同監視所へ報告する。隣国側も同じ条件だ」
「軍事情報を公開しろと?」
「すべてではない。突然の増兵を隠せなくするだけでいい」
ミレーヌも立ち上がる。
「両国が共同で魔獣を調査する部隊も作りましょう。白百合の首輪が見つかった場合、互いに証拠を共有します」
「灰氷谷の採掘場も、共同調査とするべきです」
ナディアが命令書を示す。
「今回の敵は、国境のどちらか一方にいるのではありません。両国の中に入り込んでいます」
会談場が静まり返る。
白百合は、王国人だけの組織ではない。
隣国の兵士や市民も利用している。
国同士で争えば、一番喜ぶのは姿を隠した者たちだ。
◇
協議は、日が暮れるまで続いた。
両国は三十日間、国境付近での増兵を行わない。
白牙門の外へ、共同避難所と検査場を設ける。
魔獣被害と擬態魔法の情報を共有する。
すぐに互いを信じることはできない。
武器も砦もなくならない。
それでも、疑った瞬間に剣を抜かないための約束ができた。
会談を終えたミレーヌが、レティシアへ近づく。
「以前お送りした、砦を撤去する提案についてですが……」
「三十七通の手紙か」
「今は、すべて正しかったとは思っていません」
「私も、対話は無意味だと思っていた」
ミレーヌが手を差し出す。
「これからも、意見をお送りしてよろしいですか?」
「一通にまとめろ」
「では、月に一通だけ」
「年に一通だ」
「間を取って、三か月に一通で」
「……好きにしろ」
レティシアは差し出された手を見つめたあと、自分から握った。
銀狼は武器を捨てなかった。
白鳩も理想を捨てなかった。
それでも二人は、互いの手を取ることができた。
和平とは、同じ考えになることではない。
違うままでも、殺し合わない道を選び続けることなのだ。




