第七十一話 九年ぶりの再会
白牙砦へ戻ると、オスヴァルト侯爵が城壁の上で待っていた。
昇降台から降りたナディアを見て、侯爵の杖が手から落ちる。
「ナディア……本当に、生きていたのか」
「ええ。随分と年を取りましたけれど」
「私は……」
侯爵が妻へ近づこうとする。
だが、途中で足を止めた。
「抱きしめても、いいだろうか」
ナディアはすぐに答えなかった。
「今は、まだ」
「……分かった」
「あなたが悪くないとは言いません。レティへ真実を隠し、ガルムへ任せたことは許せない」
「ああ」
「でも、私を捜してくれていたことも聞きました」
ナディアが、二つに戻った銀狼の首飾りを見せる。
「話したいことが、九年分あります」
「聞かせてほしい」
「一度には無理です」
「なら、何日でも待つ」
失った九年は、一度の再会では埋まらない。
それでも二人は、互いに背を向けなかった。
レティシアは母親の隣に立ち、父親を見つめる。
「私も同席します」
「もちろんだ、レティシア」
今度は、最初から娘の名前を呼んだ。
◇
ナディアの治療が終わると、俺たちは白牙砦の会議室へ集まった。
「白百合は、九年前から両国の争いを作ろうとしていました」
ナディアが、採掘場から持ち出した命令書を広げる。
「王国では隣国の仕業に見せかけて魔獣を放ち、隣国では王国軍が村を襲ったという噂を流す。私は和平使節として、それを調べていました」
「それで襲われたのですか?」
ミレーヌが尋ねる。
「はい。灰氷晶を埋め込まれ、記憶を封じられました。村の方々に救われなければ、死んでいたでしょう」
「なぜ今になって、またお母様を?」
「私が白百合の魔獣誘導施設を見つけたからです。それに――」
ナディアがレティシアを見る。
「あなたを壊すためでしょう」
「私を?」
「白牙門を開けさせ、敵兵を侵入させる。失敗すれば、あなたの姿で和平使節を殺す」
「どちらに転んでも、私は戦争を始めた女になる」
「そして国中から憎まれれば、あなたは誰も信じなくなる」
ヴィオレッタが低い声で言った。
「私への孤立誘導と同じね」
やり方は違う。
けれど、目的は同じ。
少女を独りにし、その名前と力を戦争へ使う。
「和平会談は、明日の正午からです」
ミレーヌが予定表を確認する。
「今から中止を求めれば?」
「中止そのものが、相手国への敵意と受け取られる」
オスヴァルト侯爵が答える。
「避難民に敵兵が紛れていたことで、すでに両国は互いを疑っている」
「なら、予定どおり開くしかないわね」
ヴィオレッタが言った。
「偽物が現れる前提で、正体を暴く」
「私を囮にしろ」
レティシアが告げる。
「駄目だ」
「アルト。これは私が決めた」
「危ないぞ」
「分かっている。それでも、自分の名前を使われたまま隠れたくない」
俺は何も言えなくなった。
以前の彼女なら、命令されたから危険へ立った。
今は、自分の意思で選んでいる。
「分かった。でも一人では行かせない」
「最初から、そのつもりだ」
レティシアの口元が、ほんの少し緩んだ。
「擬態魔法は手を完全に再現できません」
ミレーヌが続ける。
「会談へ入る者全員に、手袋を外していただきましょう」
「血統魔法も確認するわ」
ヴィオレッタが計画を書き込む。
「本物のレティシアにしか出せない銀狼の紋章を、両国の前で示すのよ」
そのとき、会議室の扉が勢いよく開いた。
「緊急報告!」
外交官が、血の気を失った顔で駆け込んでくる。
「和平会談の予備会合で、隣国の第一使節が襲撃されました!」
「容体は?」
「重傷です。目撃者によれば、犯人は銀髪の少女」
全員の視線が、レティシアへ集まった。
「隣国政府は、レティシア様の身柄を引き渡すよう要求しています」
白百合は、明日の会談を待っていなかった。
銀狼の姿をした暗殺者は、すでに両国の和平へ牙を立てていた。




