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第六十四話 私は兵器ではない

「命令を拒否します」


 レティシアが剣を構える。


 ガルム教官は、失望したように息を吐いた。


「やはり、心など持たせるべきではなかった」


 教官の剣が動く。


 レティシアも受け止めたが、次の瞬間には床へ叩きつけられていた。


「遅い」


「くっ……!」


「その受け方を教えたのは私だ。次に何をするかも分かる」


 レティシアが足を払う。


 ガルム教官は跳んで避け、負傷した右腕を蹴った。


「レティシア!」


「来るな!」


「候補生は、痛みを感じない」


 ガルム教官の声に、レティシアの身体が一瞬止まる。


 そこへ剣の柄が打ち込まれた。


「お前の癖も、恐怖も、すべて私が作った。私の命令なしでは、何一つ選べん」


 レティシアは立ち上がり、何度も斬りかかる。


 しかし、すべて読まれていた。


 彼女が強いほど、教えたガルム教官には動きが分かってしまう。


「アルト……」


「何だ!」


「私は、教官には勝てない」


「じゃあ、勝たなくていい!」


「何?」


「俺たちがやるのは、こいつを倒すことじゃない! 門を閉じることだろ!」


 ガルム教官が初めて、俺を睨んだ。


「黙れ!」


 剣が俺へ振り下ろされる。


 レティシアが間に入り、その刃を受け止めた。


「そうだ……私は、命令された戦いをしていた」


 彼女の剣から力が抜ける。


 ガルム教官の刃を滑らせ、正面からではなく横へ避けた。


「逃げるか!」


「違う」


 レティシアは教官へ背を向け、制御台へ走る。


「私の目的は、門を閉じることだ!」


 血統認証の石板へ手を置く。


「黒薔薇! 歯車を三秒止めろ!」


「誰に命令しているの!」


 門の隙間から、黒薔薇のつるが機関室へ飛び込む。


 巨大な歯車へ何重にも絡みつき、動きを止めた。


「三秒だけよ!」


「十分だ!」


 レティシアの氷が、制御台の魔力回路を逆向きに走る。


 開いていた門が震え、少しずつ閉じ始めた。


「やめろ!」


 ガルム教官がレティシアの背中へ斬りかかる。


 俺は床に落ちていた鎖を、夢中で引っ張った。


 天井から整備用の滑車が落ち、教官の剣を弾く。


「貴様!」


「こっち見てる場合か!」


 怒った教官が俺へ向かう。


 その足首を、黒薔薇が捕らえた。


「私の相棒に、二度も剣を向けたわね」


 門の隙間から、ヴィオレッタの紫色の瞳が見える。


「二度目はないと言ったはずよ」


 ガルム教官が蔓を切り払う。


 だが、その一瞬で十分だった。


 レティシアが振り返り、教官の手から剣を叩き落とす。


 切っ先を喉元へ突きつけた。


「殺せ」


 ガルム教官が告げる。


「敵を生かせば、また牙を向けるぞ」


 レティシアの手が震える。


「それがお前の最後の訓練だ。殺せ、銀狼」


「断る」


「何?」


「私は、あなたの命令で剣を振らない」


 レティシアは刃を返し、剣の腹で教官を殴り倒した。


「私は銀狼だ。北部を守るために戦う」


 倒れた教官を見下ろす。


「だが、誰かに使われる兵器ではない」


 そこへグレイ先生と捜査官たちが駆け込んだ。


 ガルム教官の両腕へ、拘束具こうそくぐが取り付けられる。


「白百合は、お前を諦めない」


 連行されながら、教官が笑った。


「戦争が始まれば、心を持ったことを後悔するぞ」


「なら、そのときも自分で選ぶ」


 レティシアは、もう振り返らなかった。


     ◇


 白牙門が、最後まで閉じる。


 重い音が雪原へ響き、未来へ続く隙間が消えた。


「終わった……」


 レティシアの膝が崩れる。


 俺は倒れる身体を抱き止めた。


「大丈夫か?」


「魔力を使いすぎただけだ」


「痛いところは?」


「全部だ」


 初めて、彼女が自分から痛いと言った。


「そうか」


「なぜ笑う」


「ちゃんと言えたから」


「子供扱いするな」


 離れようとすると、レティシアの手が俺の制服をつかんだ。


「触っていいとは、言っていない」


「じゃあ離すぞ」


「……離せとも言っていない」


「どっちだよ」


「今だけ、支えろ」


 俺の胸元へ額を預け、レティシアは目を閉じた。


 吹雪の外では、黒薔薇の屋根が避難民を守っている。


 閉ざされた門の内側では、銀狼がようやく兵器ではない自分として、誰かに身体を預けていた。

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