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第六十三話 命令を聞け、銀狼

 白牙門が、ゆっくりと開いていく。


 隙間から、砦の内側の光が漏れた。


「止まりなさい!」


 城壁の上から黒薔薇のつるが伸び、門の歯車へ絡みつく。


 だが、巨大な歯車は蔓を引き千切りながら回り続ける。


「ヴィオレッタ!」


「少し遅らせるのが限界よ! 起動装置を内側から止めて!」


「私が行く!」


 レティシアが門の隙間へ走る。


「待て、俺も行く!」


「お前は避難民と残れ!」


「ガルム教官がいるんだろ。一人で行かせられるか!」


「戦えないお前が来て、何になる!」


「一人じゃないって思い出させる!」


 レティシアが足を止める。


 その間にも、門は開き続けている。


「勝手にしろ!」


「最近、そればっかりだな!」


 俺たちは人一人が通れる隙間から、砦の内側へ滑り込んだ。


「アルト!」


 ヴィオレッタの怒鳴り声が聞こえる。


「絶対に戻ってきなさい!」


「分かった!」


 門の中は、巨大な歯車が並ぶ機関室きかんしつだった。


 中央の制御台に、白い手袋の男が立っている。


「来たか、候補生」


「ガルム教官」


 レティシアが剣を抜く。


「門を止めてください」


「断る」


「学園の魔狼を放したのも、避難民に敵兵を紛れ込ませたのも、あなたですか?」


「そうだ」


 あまりにも簡単に認めた。


「交流会では女の姿を借り、白鳩の鍵を複製した。お前の血を手に入れてからは、銀狼の姿も使わせてもらった」


「なぜ……」


「お前が弱くなったからだ」


 ガルム教官が俺を睨む。


「市民に情を移し、聖女の甘言へ耳を貸し、黒薔薇と馴れ合った。兵器へ余計な心が生まれた」


「そのために、生徒を殺そうとしたのか?」


「必要な損失だ」


「必要なわけないだろ!」


「お前には分からん」


 教官の声に、怒りはない。


 本気で正しいと思っている目だった。


「北部はいずれ隣国と戦争になる。門の外で泣く者すべてを救おうとすれば、内側の民が死ぬ」


「だから、レティシアに避難民を見捨てさせたかったのか?」


「それでも情を捨てなかった。ならば、情を選んだ結果を見せればいい」


 回り続ける歯車。


 開いていく門。


「お前が救った避難民の中から敵兵が城内へ入り、仲間を殺す。その光景を見れば、二度と迷わない銀狼になれる」


「私を強くするために、罪のない者を殺すのですか?」


「お前を完成させるためだ」


 レティシアの剣が震えていた。


「白百合は、あなたに何を約束した?」


「北部へ戦うための力を与えると。王都の腐った貴族に邪魔されず、真の兵士を作れる国をな」


「利用されているだけです」


「利用しているのはこちらだ」


 きっとグレゴールも、オルバン教諭も、同じことを思っていた。


 自分だけは、白百合を利用している。


 けれど最後には、すべての罪を背負わされる。


「候補生レティシア」


 ガルム教官の声が低くなる。


「剣を捨てろ」


 レティシアの指が、勝手に開いた。


 剣が床へ落ちる。


「何してるんだ!」


「身体が……動かない」


「幼少期から、お前には命令へ従う訓練を施した」


 ガルム教官が近づく。


ひざまずけ」


 レティシアの膝が床へ落ちた。


 苦しそうに抗っているのに、身体は命令へ逆らえない。


「痛みを捨てろ」


「……痛みは、ありません」


「心を捨てろ」


「心は……必要、ありません」


 いつもの無表情へ戻っていく。


 このままでは、また兵器にされる。


「レティシア!」


 俺は彼女の前へ立った。


「教官の命令じゃなくて、お前の言葉を言え!」


「邪魔をするな、市民」


 ガルム教官が剣を抜く。


「銀狼。そいつを斬れ」


 レティシアの手が、床の剣へ伸びた。


 切っ先が俺へ向く。


「退け、アルト・レイン……」


「嫌だ」


「私は、お前を斬る」


「斬りたくない顔してるだろ」


「退け!」


「お前はどうしたいんだ!」


 レティシアの剣が、俺の胸元で止まった。


「俺を斬りたいのか。門を開けたいのか。それとも――こいつの命令を聞き続けたいのか!」


「私は……」


 銀狼の瞳から、初めて涙がこぼれた。


「門を閉じたい」


「なら、そうしろ!」


「お前を、斬りたくない!」


「だったら斬るな!」


 レティシアは震えながら剣の向きを変えた。


 切っ先が、ガルム教官へ向く。


「命令を拒否します」


 生まれたときから従い続けた銀狼が、その瞬間、自分の意思で教官へ牙を剥いた。

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