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第六十二話 三人の魔法と一つの屋根

「昇降台を止めて!」


 ヴィオレッタが叫んだ。


 凍りついた黒薔薇のつるが、激しくきしんでいる。


「この風では、次に人を乗せたら切れるわ!」


 残された避難民たちが騒ぎ始める。


「見捨てる気だ!」


「門を開けてくれ!」


「子供だけでも!」


 雪と風が、視界を白く塗り潰していく。


「全員を中へ入れるのは間に合わない」


 レティシアが白牙門を見上げる。


「やはり、門を――」


「外にいちゃ駄目なのか?」


「何?」


「朝まで寒さをしのげる場所を、ここに作るんだよ」


「簡単に言わないで!」


 ヴィオレッタが城壁の上から怒鳴る。


「四百人を守れる壁と屋根を、私一人で作れると思う?」


「一人じゃないだろ」


 俺がレティシアを見る。


「氷の壁なら作れるか?」


「可能だ。だが、中まで凍える」


「私が温めます」


 ミレーヌが暖房用の魔法石を抱えた。


「黒薔薇を骨組み、氷を外壁、治癒魔法を熱源にすれば、一晩は耐えられるかもしれません」


「かもしれない、では困る」


「なら、成功させよう」


 俺が言うと、レティシアに睨まれた。


「お前は魔法を使えないだろう」


「だから、使えないやつにできることをやる」


     ◇


「動ける人は、雪を運んでくれ!」


 俺とグレイ先生は、避難民をいくつかの組へ分けた。


 雪を固める者。


 子供と負傷者を集める者。


 城壁から下ろされた毛布と魔法石を運ぶ者。


 言葉が分からない相手には、身振りで伝えた。


 守られるだけだった避難民たちが、自分たちの避難所を作り始める。


「ヴィオレッタ!」


「伸ばすわよ!」


 城壁から無数の黒薔薇が降り、雪原へ巨大な骨組みを作る。


「レティシア、合わせて!」


「指図するな、黒薔薇!」


 レティシアの銀色の魔力が地面を走る。


 黒薔薇の外側を薄い氷が覆い、吹雪を防ぐ壁へ変わった。


「凍らせすぎよ! 蔓が動かせないでしょう!」


「お前の蔓が遅い!」


「喧嘩してる場合か!」


「していない!」


「していないわ!」


 二人の声だけは、吹雪にも負けなかった。


 やがて、黒薔薇と氷で作られた半円形の避難所が姿を現す。


 だが、中へ入っても息が白い。


 このままでは、朝まで耐えられない。


「ミレーヌ!」


「はい!」


 ミレーヌが魔法石へ両手を置く。


 白い光が広がるが、すぐに弱くなった。


「広すぎます……私一人では、熱を全体へ届けられません」


「私の氷へ魔力を流せ」


 レティシアが左手を差し出す。


「氷壁全体を魔力の道として使えばいい」


「手に触れても?」


 ミレーヌは、今度も先に尋ねた。


 レティシアは一瞬迷い、うなずく。


「許可する」


 二人の手が重なった。


 銀色の氷へ、ミレーヌの白い光が流れ込む。


 冷たい壁が熱を運び、避難所全体を少しずつ温めていく。


「温かい……」


「子供を中へ!」


 四百人を超える避難民が、次々と屋根の下へ入った。


 最後の老人が入った直後、吹雪が雪原を覆い尽くした。


 間に合った。


     ◇


 避難所の中で、レティシアは壁にもたれて座り込んだ。


 魔力を使いすぎたのか、顔が青い。


「大丈夫か?」


「任務に支障はない」


「今は任務じゃないだろ」


「では、何だ」


「みんなで作った屋根の下で、休んでる時間だ」


 助けた子供たちが、レティシアの周りへ集まる。


「銀のお姉ちゃん、ありがとう」


「壁、すごくきれい!」


 一人の少女が、彼女の外套を握った。


 レティシアは身体を強張らせたが、振り払わなかった。


「兵士じゃなくても、守れたな」


 俺が言うと、彼女は氷壁へ目を向けた。


「……そうだな」


 ほんの少しだけ、銀狼の口元が緩んだ。


 そのとき。


 地面の下から、重い音が響いた。


 白牙門の巨大な歯車が動き始める。


「なぜ門が!?」


 レティシアが立ち上がった。


 城壁の拡声装置から、ガルム教官の声が流れる。


『よくやった、候補生』


『外部指揮石へ、お前自身の血統魔力を入力してくれた』


 避難民を射撃から守るため、レティシアが手を押しつけた銀色の石板。


 その認証が、何者かによって門の起動装置へ繋ぎ替えられていた。


『これで白牙門は開く』


 門の中央に、細い隙間が生まれる。


 未来の記録どおり。


 銀狼自身の力で、国境の門が開き始めた。

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