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第五十四話 第二警鐘

 国境防衛演習の当日。


 訓練場には、百人近い生徒が並んでいた。


 ただし、そのほとんどは幻影げんえいだ。


「俺より姿勢がいいな」


「幻影と張り合わないでちょうだい」


 俺とヴィオレッタも幻影の列に紛れ、魔獣舎を見張っている。


 壇上にはミレーヌ。


 中央の指揮台には、武器を返されたレティシアが立っていた。


「候補生レティシア」


 ガルム教官が告げる。


「何が起きても持ち場を離れるな。おとりには囮の任務がある」


「了解」


 レティシアの顔から、感情が消える。


 第一警鐘が鳴った。


 ミレーヌが、犯人を誘い出すための演説を始める。


「本日の演習では、安全が確認されるまで武器の使用を制限します」


 白百合の手紙に従っているように見せるための嘘だ。


 捜査官たちが、物陰で魔獣舎を監視する。


 だが、誰も現れない。


「気づかれたのか?」


「まだよ」


 ヴィオレッタが時計を見る。


 やがて鐘楼しょうろうから、第二警鐘が鳴った。


 その瞬間。


全檻ぜんおり、解放』


 拡声魔法から、命令が響いた。


 レティシアと同じ声だった。


「私は命令していない!」


 魔獣舎の扉が一斉に開く。


 空の檻ばかりのはずだった。


 けれど、残していた二頭の魔獣が、赤く濁った目で飛び出してくる。


「刺激薬です!」


 ミレーヌが叫ぶ。


 一頭は捜査官たちへ。


 もう一頭は、魔獣舎の奥へ走った。


「誰かいるのか?」


「全員退避させたはずよ!」


 獣の咆哮ほうこうに交じって、子供の泣き声が聞こえた。


「助けて!」


 魔獣の世話をしていた小さな厩務員きゅうむいんが、檻の陰に隠れている。


 レティシアが指揮台から動こうとした。


「持ち場を離れるな!」


 ガルム教官の声が飛ぶ。


「捜査官に任せろ。命令に従え!」


「しかし、間に合いません!」


「お前は指揮官だ。一人のために全体を捨てるな!」


 レティシアの足が止まった。


 助けたい。


 けれど、命令へ逆らうことが怖い。


 その背中が、そう叫んでいた。


「レティシア!」


 俺は幻影の列から飛び出した。


「お前はどうしたいんだ!」


「私は、命令を――」


「教官じゃなくて、お前に聞いてる!」


 魔獣が子供へ近づく。


 レティシアが指揮台を蹴った。


「助ける!」


 銀色の影が駆け抜ける。


 剣で魔獣の爪を受け止め、子供を背中へかばった。


 だが、負傷した右腕では押し返せない。


「アルト、来るな!」


「もう来てる!」


 俺は落ちていた盾を拾い、剣で叩いた。


 大きな音に反応し、魔獣がこちらを向く。


「よし。こっちだ!」


「何が『よし』よ!」


 ヴィオレッタの黒薔薇が地面を走り、魔獣の後ろ脚へ絡みついた。


 それでも止まらない。


 牙が目の前へ迫る。


 レティシアが俺を突き飛ばし、自分の左腕を噛ませた。


「また腕を差し出すな!」


「黙れ! これしか間に合わなかった!」


「お二人とも、動かないでください!」


 ミレーヌの治癒魔法が、魔獣を包む。


 体内の刺激薬が光となって抜け、魔獣はその場へ倒れた。


 眠っただけだ。


 子供も無事だった。


「レティシアお姉ちゃん……ありがとう」


 レティシアは何かを答えようとして、やめた。


 代わりに、無傷の手で子供の頭を一度だけでた。


     ◇


「なぜ命令に背いた」


 ガルム教官が、冷たい目でレティシアを見る。


「任務より感情を優先したな」


「子供が死ぬところだったんだぞ!」


「市民枠には聞いていない」


「救助と連携を評価する演習でしょう」


 ヴィオレッタが俺たちの前に立った。


「命を救った者を処罰するなら、演習の目的そのものが嘘になるわ」


 ガルム教官は何も答えず、きびすを返した。


 その後、魔獣を調べると、昨夜のうちに刺激薬を打たれていたことが分かった。


「お姉ちゃんが、お薬だって言ってた」


 助けた子供が証言した。


「誰のこと?」


 ミレーヌが尋ねる。


 子供の指が、レティシアへ向く。


「このお姉ちゃん。昨日、白い手袋をして来たよ」


「私は来ていない」


 昨日の夜、レティシアは治療室にいた。俺とヴィオレッタも途中まで一緒だった。


 誰かが彼女の声だけでなく、姿まで使っている。


 銀狼に罪を着せるため、銀狼の顔をした人間が学園を歩いていた。

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