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第五十一話 聖女なら疑われない

 翌朝、俺たちは軍事資料館を訪れた。


 氷狼石ひょうろうせきが入っていた展示箱に、壊された形跡はない。


「箱は三重の魔法鍵で施錠せじょうされていました」


 資料館長が貸出簿かしだしぼを開く。


「ですが、事件前夜に正規の鍵で開けられています」


 その記録を見たミレーヌの顔が青ざめた。


『借用者――ミレーヌ・エヴァレット』


 彼女の署名まで残っている。


「私ではありません」


「もちろんです!」


 館長が即座に答えた。


「ミレーヌ様が軍事資料を盗むはずがありません。何者かが署名を偽造したのでしょう」


「随分と判断が早いな」


 レティシアの冷たい声が響く。


「私の剣術が使われたときは、すぐに武器を取り上げた。それなのに聖女の署名なら、調べる前から偽物か?」


「それは……ミレーヌ様のお人柄を考えれば……」


「人柄で罪が決まるのか?」


 館長は何も言えなかった。


「レティシアの言うとおりだ」


 俺も口を挟む。


「こいつは悪女と呼ばれてるから疑う。ミレーヌは聖女だから信じる。それじゃ、証拠なんて関係ないだろ」


「アルト。言いたいことは分かるけれど、言葉を選びなさい」


「間違ってるか?」


「間違ってはいないから困っているのよ」


 ヴィオレッタは貸出簿をミレーヌへ向けた。


「本人の署名と比較しましょう。無実だと決めるのも、犯人だと決めるのも、そのあとよ」


「はい。お願いします」


 ミレーヌは迷わず自分の名前を書いた。


 二つの署名は、俺には同じに見える。


「偽物だ」


 レティシアが断言した。


「分かるのか?」


「本物は最後の文字が、わずかに右上へ流れる。偽物は下へ落ちている」


 見比べると、確かに違った。


「よく気づきましたね」


 ミレーヌが驚く。


「あなたへ送った手紙は、いつも返事すらいただけなかったのに」


「北部のとりでを減らせという和平提案を、四十二通も読まされたからな」


「三十七通です」


「残り五通は何だ」


「個人的にお返事が欲しくて送ったものです」


「……知らん」


 レティシアが顔を背けた。


 二人は思っていた以上に、以前から関わっていたらしい。


「署名は偽物としても、鍵はどうしたのでしょう」


 ヴィオレッタが展示箱を調べる。


「正規の鍵は、館長と軍事科教官、それから展示責任者だけが持っています」


「展示責任者は私です」


 ミレーヌが胸元から白い鍵を取り出した。


「平和交流展の準備中も、手放したことはありません」


「鍵を複製された可能性は?」


「型を取るには、数分間触れる必要があります」


 ミレーヌは何かを思い出したように、かばんから一通の手紙を出した。


「この手紙に従って、氷狼石の展示を提案しました」


「誰から届いた?」


「分かりません。北部の武器を民衆へ公開すれば、相互理解に繋がると書かれていました」


 ヴィオレッタが手紙を光へかざす。


 七枚の花弁を持つ、白百合の水印が浮かび上がった。


「また、この印……」


「ご存じなのですか?」


「セシリアやオルバン教諭にも、同じ紙の手紙が届いていたわ」


 ミレーヌの手紙には、続きがあった。


『防衛演習当日、武器と魔獣の撤去を要求せよ』


『白鳩が武装解除ぶそうかいじょを導けば、真の平和が示される』


「私は、生徒の安全のために正しい提案だと思っていました」


 ミレーヌの声が震える。


「私が演習の中止を求めることまで、利用されていたのですね」


「善意だからこそ、利用しやすいのでしょうね」


 ヴィオレッタが静かに答えた。


 レティシアは手紙を取り上げ、読み返した。


「ミレーヌは氷狼石を盗んでいない」


「信じるのですか?」


「こいつは甘く、現実を知らず、余計な世話ばかり焼く」


「そこまで言いますか?」


「だが、自分の理想のために魔獣を苦しめるような人間ではない」


 ミレーヌが目を見開く。


「レティシア……」


「その顔をやめろ。気味が悪い」


 言い方はひどい。


 けれど銀狼は、聖女という呼び名ではなく、自分が知るミレーヌを信じた。


 白鳩に武器を捨てさせ、銀狼に罪を着せる。


 誰かが防衛演習で、未来の戦争と同じ筋書きを始めようとしていた。

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