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第五十話 兵士ではない少女

 放課後。


 ヴィオレッタは俺たちを作戦室へ集めた。


 机を囲んで座っているのは、俺、ヴィオレッタ、ミレーヌ。


 レティシアだけは、壁際に立ったままだ。


「座ったらどうだ?」


「指揮権を持たない者に、作戦会議へ参加する資格はない」


「捕虜として尋問しているのではないのよ。座りなさい」


「黒薔薇の命令を受ける理由もない」


「面倒くさいやつだな」


「アルト。あなたが言わないで」


 なぜかヴィオレッタに怒られた。


 机には、三つの証拠が並べられている。


 切断されたおりの封印。


 魔狼から見つかった刺激薬。


 そして、軍事資料館から盗まれた氷狼石ひょうろうせきの空箱だ。


「目的は、レティシアに疑いを向けること」


 ヴィオレッタが紙へ書き込む。


「ただ魔狼を暴れさせたいだけなら、ヴァルハルト家の剣術を再現する必要はないもの」


「国境防衛演習は、中止するべきではないでしょうか」


 ミレーヌが言った。


「再び魔獣が放たれれば、今度こそ負傷者が出ます」


「中止すれば、犯人の目的を達成させるだけだ」


 レティシアが即座に反論する。


「しかし、生徒の命より訓練を優先するのですか?」


「訓練を受けなかった者は、本当の災害で死ぬ」


「武器を持つことが、争いを招く場合もあります」


「武器を捨てれば、争う気のある者だけが武器を持つ」


 二人の視線がぶつかった。


 どちらも誰かを守ろうとしている。


 なのに、考え方は正反対だった。


「演習は続けます」


 ヴィオレッタが告げた。


「ただし、檻と魔獣はすべて再検査する。救護係も増員するわ」


「危険です」


「だから備えるのよ、ミレーヌ。中止するか強行するかの二つだけではないでしょう」


 ミレーヌは少し考え、うなずいた。


「分かりました。私も再検査に協力します」


 そのとき、窓を叩く音がした。


 銀色のたかが、レティシアの前へ降りる。


 北部からの軍用伝書鳥だった。


 レティシアは手紙を読むと、無表情のまま握り潰した。


「何が書いてあった?」


「お前には関係ない」


 そう言い残し、作戦室を出ていく。


     ◇


 レティシアを捜すと、訓練場にいた。


 負傷した右腕で、何度も剣を振っている。


 包帯は赤く染まり、足元には血が落ちていた。


「何してるんだ!」


「訓練だ」


「見れば分かる! 傷が開いてるぞ!」


「三日以内に疑いを晴らせなければ、北部へ戻れと命じられた」


 剣が風を切る。


「ヴァルハルト家の人間は、疑われた時点で指揮官失格だそうだ。潔白を証明できなければ、後継者の地位も剣も返上する」


「だからって、腕を壊す気か?」


「剣を握れない私に、価値はない」


 レティシアは本気で言っていた。


 誰かに教え込まれた言葉を、そのまま信じているように。


「じゃあ、剣を持ってないときのお前は何なんだ?」


「兵士に、剣を持たない時間は必要ない」


「飯を食うときは?」


「食事も任務の一部だ」


「寝るときは?」


「身体を回復させる任務だ」


「面倒くさい生き方だな!」


「お前に何が分かる!」


 レティシアが剣を振り抜く。


 傷口から血が飛び散った。


「国境では、私が失敗すれば人が死ぬ! 弱ければ、守れない! 役に立たない兵士へ与える食事も、寝床も、ヴァルハルト家にはない!」


 これが、彼女の本音だった。


 役に立たなければ、居場所を失う。


 だから痛くても剣を振る。


「俺なんて、役に立たないことの方が多いぞ」


「……何?」


「勉強もできない。魔法も使えない。礼儀作法も駄目だ」


「自慢することではない」


「それでも飯は食うし、寝る場所も欲しい」


 俺は彼女の前へ座った。


「何もできない日があっても、生きてていいだろ」


「兵士には通用しない」


「なら今だけ、兵士をやめろ」


「私は兵士以外の生き方を知らない」


「じゃあ、今から探せばいい」


 レティシアは剣を握ったまま、動かなくなった。


「好きなものはないのか? 任務と関係ないやつ」


「ない」


「食べ物でも、遊びでも、何でもいい」


「……魔狼」


「さっきの?」


「子供のころ、北部の魔狼を世話していた」


 彼女の声が、ほんの少し柔らかくなる。


「耳の後ろをでると、目を細める」


「好きなんだな」


「嫌いではないだけだ」


「それを好きって言うんだよ」


 レティシアはしばらく黙り、ようやく剣を下ろした。


「アルト・レイン」


「やっと名前で呼んだな」


「馴れ合うつもりはない。だが、疑いを晴らすまで、お前たちの調査に協力する」


「それでいい」


「勘違いするな。これは任務だ」


 やはり彼女は、まだ任務以外の理由を口にできない。


 それでも銀狼は初めて、自分だけで戦うことをやめた。

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