第四十三話 孤独にするための計画
グレイ先生は、俺たちを資料室へ連れていった。
窓のカーテンを閉め、扉に防音魔法をかける。
「これから見せるのは、オルバン教諭の机に隠されていた計画書の写しです」
ヴィオレッタが紙をめくる。
『第一対象――黒薔薇公女』
『目的――対象を孤立させ、王国および民衆への憎悪を育成する』
その下には、実行内容が並んでいた。
『保護者Eの排除――完了』
『聖女候補Cとの分断――完了』
『火傷の風評を利用した印象誘導――完了』
『西部市民区との対立――失敗』
『市民枠の仲介者排除――失敗』
保護者E。
聖女候補C。
名前がなくても、誰を指しているのか分かる。
「お母様と、セシリア……」
ヴィオレッタの声が震えた。
「先生。この計画書は、いつ作られたものですか?」
「最初の日付は六年前。エレオノーラ様が亡くなる、一か月前です」
「では、お母様は井戸の不正に気づいたから殺されたのではなく――」
「断定はできません」
グレイ先生が静かに止めた。
「グレゴールが火災を起こした証拠はあります。しかし、彼へ誰が接触し、何を吹き込んだのかは、まだ分かっていません」
ヴィオレッタは計画書を握りしめた。
「私を一人にするために、お母様を?」
その顔から、すべての表情が消えていた。
「セシリアと離れたことも、悪女と呼ばれたことも、住民に憎まれたことも……最初から誰かの筋書きだったの?」
俺は難しい計画なんて分からない。
でも、この紙がヴィオレッタを再び独りにしようとしていることだけは分かった。
「全部じゃない」
「え?」
「お前が井戸の子供を助けたことは、書いてない」
俺は計画書を指差した。
「炎の中に入ってきたことも、住民の前で傷を隠さなかったことも、セシリアともう一度話したこともない」
「それは……」
「誰かが道を作ったとしても、そこで何をしたかはお前が決めたんだろ」
最後に記された二つの文字を叩く。
『失敗』
「ほら。思いどおりだったなら、こんなことは書かれない」
「失敗させたのは、あなたよ」
「俺だけじゃない。セシリアも、ニールも、リゼットも、第七街区のみんなもいた」
「……そうね」
「でも、俺もいる」
ヴィオレッタが顔を上げた。
「これから何をされても、俺は勝手にいなくならない。だから、もう一人にはならないだろ」
「勝手に、とは?」
「退学とか、戦争とか、どうしようもない理由がなければ」
「後半が不吉すぎるわ!」
まずい。
未来のことを考えたせいで、余計な言葉が出た。
「とにかく、離れないってことだ!」
「最初からそう言いなさい」
叱られたが、少しだけ表情が戻った。
グレイ先生が計画書の最後を示す。
『最終段階――西部工廠の軍事拠点化』
『開戦時、黒薔薇の魔法鍵を使用』
『民衆への弾圧を対象の責任として公表する』
未来の本に書かれていた罪と、同じだった。
ヴィオレッタは戦争を望んだのではない。
彼女の名前と魔法を使い、誰かが戦争の準備をしていた。
「白百合の目的は、戦争なのか?」
「まだ分かりません」
グレイ先生が答える。
「ただし、これは学園だけの問題ではなくなりました。原本は王国捜査局へ渡します」
「私は、どうすれば?」
「当面は普段どおりに。護衛は増やします」
ヴィオレッタは計画書を見つめたあと、静かにうなずいた。
◇
資料室を出た瞬間、彼女が俺の手を取った。
手袋をしていない、傷痕の残る左手だった。
「どうした?」
「私を孤立させる計画なのでしょう?」
「ああ」
「なら、こうしているだけでも邪魔になるわ」
廊下の学生たちが目を見開いている。
公爵令嬢が市民枠の手を握って歩くなど、あり得ない光景なのだろう。
「みんな見てるぞ」
「見せているのよ」
ヴィオレッタは指を絡め、さらに強く握った。
「私はもう、誰に何と呼ばれても一人には戻らないと」
黒薔薇を孤独にするための計画は、その日、二人分の足音に踏みつけられた。




