第四十二話 退学審問
翌日の正午。
俺は学園本館の審問室に立っていた。
正面には学園長と三人の審問官。後方の傍聴席には、貴族学生や市民枠の仲間たちが座っている。
「アルト・レイン。試験解答の窃盗、および不正所持について審理する」
机の上には、俺の鞄から出てきた解答と、署名しなかった自白書が並んでいた。
「最初に証言します」
グレイ先生が立ち上がる。
「解答を盗み、アルトの鞄を捜索するよう仕向けたのは、規律局のオルバン教諭でした。昨夜、本人を拘束しています」
修繕申請書の偽造。
新しい鍵。
白百合の水印が入った自白書。
グレイ先生が、一つずつ証拠を説明していく。
「では、解答を鞄に入れた者は?」
審問官が尋ねる。
「……俺です」
ニールが席を立った。
ざわめきが広がる。
「俺が、アルトの部屋に入りました。オルバン教諭から渡された解答を、鞄の底へ入れました」
「脅されていたというのは事実か?」
「はい。従わなければ、市民枠を廃止して、父の工房も潰すと言われました」
「それでも、友人を陥れたことに変わりはない」
「分かっています」
ニールは唇を噛んだ。
「僕は怖くて……一人を犠牲にすれば、他のみんなを守れると思いました」
弱さを口にするときだけ、一人称が戻る。
けれど、逃げずに顔を上げた。
「でも、やったのは俺です。どんな処分でも受けます」
「お待ちください」
ヴィオレッタが立ち上がる。
「ローゼンベルク公爵令嬢。発言を許可します」
「ニールの行為をなかったことにするつもりはありません。ただし、処分には脅迫された事情と、自ら証言した事実を含めるべきです」
「市民枠の契約には、不正行為は即時退学とある」
「貴族学生が同じことをした場合も、事情を調べず即時退学にするのですか?」
審問官は答えなかった。
「市民枠が正式な学生であるのなら、罪だけでなく、弁明する権利も同じであるべきです」
学園長が、ゆっくりとうなずいた。
「正論だ。身分によって処分を重くすることは、学園の理念に反する」
長い協議の末、判決が告げられた。
「アルト・レインを無罪とし、謹慎を解除する」
息を吐いた瞬間、傍聴席の市民枠から小さな歓声が上がった。
「ニールには一か月の停学、および半年間の奉仕活動を命じる。ただし、脅迫と自首を考慮し、退学処分は行わない」
「ありがとうございます」
ニールが深く頭を下げた。
◇
審問室を出ると、ニールが俺を待っていた。
「アルト。本当に、すまなかった」
「俺、まだ怒ってるからな」
「ああ。当然だ」
「勝手に一人を犠牲にすればいいとか決めたことも、相談しなかったこともだ」
「……うん」
「でも、友達をやめるかは別だ」
ニールが驚いた顔をする。
「俺、そんな簡単に友達を捨てられるほど器用じゃないんだよ」
「アルト……」
「だから、戻ってきたら飯を奢れ」
「半年間の奉仕活動があるんだけど」
「なら、そのあとでいい」
ヴィオレッタが隣で呆れたように息を吐いた。
「甘すぎるわ」
「そうか?」
「ええ。ですが、今回はそれでいいでしょう」
彼女はニールを見る。
「奉仕先には、第七街区の水道管理所を推薦しておくわ」
「俺を信用できるのですか?」
「今はまだ、完全には」
ヴィオレッタは正直に答えた。
「だから、行動で取り戻しなさい。私もそうしている途中よ」
「……はい!」
ニールが去ったあと、ヴィオレッタは俺の袖をつまんだ。
「これで明日から、隣の席へ戻れるわね」
「戻れって命令か?」
「違うわ」
彼女は少しだけ迷った。
「戻ってきてほしいという、お願いよ」
人に頼るのが下手だった彼女が、初めて素直に口にした。
「分かった。明日からまたよろしくな、相棒」
「ええ」
その笑顔を見たとき、グレイ先生が廊下の奥から俺たちを呼び止めた。
「二人とも、見てほしいものがあります」
渡されたのは、オルバン教諭の机から見つかった紙だった。
白百合の水印。
その一番上には、こう記されている。
『第一対象――黒薔薇公女』
『孤立誘導計画、失敗』
ヴィオレッタを孤独に追い込んだのは、偶然でも噂でもなかった。
誰かが最初から、彼女の心を壊そうとしていたのだ。




