第四十一話 真夜中の告解室
旧礼拝堂は、学園の北端にあった。
十年前に落雷で鐘楼が壊れてから、誰も使っていないらしい。
割れた窓から月明かりが差し込み、長椅子の影を床に伸ばしている。
「本当に来るでしょうか」
後方に身を隠したグレイ先生が、懐中時計を確かめる。
「ニールが裏切ったと気づかれていなければ来る」
ヴィオレッタが囁いた。
俺たちは先にグレイ先生へ事情を話し、規律局には知らせず罠を張ることにした。
規律局の中にも、犯人の仲間がいるかもしれないからだ。
「アルト。もっと奥へ詰めなさい」
「これ以上は無理だって」
俺とヴィオレッタが隠れているのは、狭い告解室の中だった。
肩と肩が触れ、彼女の黒髪が俺の頬に当たる。
「髪がくすぐったい」
「我慢なさい」
「足、踏んでるぞ」
「それも我慢なさい」
「わざとだろ」
「静かに」
礼拝堂の中央には、ニールが一人で立っている。
自白書の入った封筒を握る手は震えていた。
「大丈夫か、ニール」
「俺なら平気だ」
小声で返ってきた一人称は、いつもの「俺」に戻っていた。
さっきまでの「僕」は、きっと怖くて強がることさえできなかったときの、素の言葉だったのだろう。
今も怖くないはずがない。
それでもニールは、自分の足でここに立っている。
真夜中の鐘が、遠くで鳴った。
礼拝堂の扉が開く。
白い手袋をした人影が入ってきた。
深い外套で顔を隠し、足音を立てずにニールへ近づく。
「持ってきたか」
魔法で歪められた声だった。
「ああ」
「告解室へ置け」
ニールが封筒を置く。
人影は中身を取り出し、すぐに動きを止めた。
「署名がない」
「アルトは書かなかった」
「ならば、お前が書かせるのだ」
「もう従わない」
ニールの声が震える。
それでも逃げなかった。
「俺はアルトを売った。怖かったからだ。でも、怖いままで友達までやめたくない」
白手袋の人物が、杖を抜いた。
「市民の分際で、選べると思ったか?」
「ニール!」
合図を待たず、俺は告解室から飛び出した。
「馬鹿! まだ早いわ!」
ヴィオレッタの怒鳴り声が追いかけてくる。
杖の先から放たれた光が、俺たちへ迫った。
黒薔薇の壁が床から立ち上がり、光を弾く。
「アルト、そばを離れるなと言ったでしょう!」
「ニールが危なかったんだ!」
「あなたも危なくなったら意味がないのよ!」
白手袋の人物が逃げようとする。
だが、出口にはグレイ先生が立っていた。
「そこまでです」
先生の灰色の魔法陣が、相手の杖を砕く。
同時にヴィオレッタの蔓が両腕を拘束した。
外套が剥がれ、男の顔が露わになる。
「あなたは……」
昨日、俺の鞄を調べた規律局の教師。
オルバン教諭だった。
「なぜ規律局の教師が、こんなことを?」
グレイ先生の問いに、オルバンは笑った。
「学園を守るためだ」
「市民を陥れることが?」
「市民枠など、最初から間違いだった。階級を越えて馴れ合えば、秩序が壊れる」
その目が、俺とヴィオレッタを憎々しげに見た。
「聖女は民に微笑み、悪女は民に憎まれる。それでいい。与えられた役から外れる者が、争いを生むのだ」
「逆だ」
俺は言い返した。
「勝手に役を決めて、そこから出るなって押さえつけるから、みんな苦しくなるんだろ!」
「無知な市民が」
「頭が悪いのは知ってる。でも、お前のやり方が間違ってることくらい分かる!」
オルバンは黙り込んだ。
ヴィオレッタが、白い手袋を切り裂く。
裏地には、七枚の花弁を持つ白百合の印が縫い込まれていた。
「誰の命令?」
「顔など知らん。手紙に従っただけだ」
「叔父にも同じ手紙が届いていたの?」
「それすら知らない。私は学園の秩序を正せと命じられただけだ」
白百合は、命令を出す。
けれど、自分の姿は決して見せない。
グレイ先生がオルバンを連行していく。
これで、俺の無実は証明できるだろう。
だが、一つだけ分かったことがある。
ヴィオレッタを孤独にしようとした者は、まだどこかにいる。
七人の聖女と、七人の悪女。
彼女たちを二つに分けた何者かが、学園の中から俺たちを見ていた。




