第四十話 扉の向こうの友達
扉が開くと同時に、黒薔薇の蔓が飛び出した。
「うわっ!」
侵入者の両手と足首を絡め取り、床へ引き倒す。
深く被っていた外套が外れた。
「ニール……?」
床に倒れていたのは、市民枠で最初にできた俺の友達だった。
「アルト……ごめん」
ニールの手から、新しい扉の鍵が落ちる。
ヴィオレッタの蔓が、さらに強く締まった。
「あなたが解答を入れたのね?」
「待ってくれ、ヴィオレッタ!」
「彼はあなたを退学させようとしたのよ」
「でも、話を聞かないと分からないだろ!」
「離してくれ。逃げないから」
ニールは抵抗せず、俯いていた。
ヴィオレッタは迷ったあと、蔓を解く。
「説明しなさい」
「三日前、手紙が届いたんだ」
ニールが取り出した紙には、市民枠制度の廃止を検討する、と書かれていた。
「僕たちが公爵家の不正を騒ぎ立てれば、学園にいる市民枠全員を退学させるって。それだけじゃない。父さんの工房も、営業許可を取り消すって……」
「それで、俺の鞄に解答を?」
「お前一人が不正を認めれば、他の学生には何もしないと言われた」
「誰にだ?」
「分からない。顔は隠していたし、声も魔法で変えられていた。ただ、白い手袋をしていた」
ニールの声が震える。
「怖かったんだ。僕のせいで、全員が学園を追い出されたらって……。お前なら、戦争をするわけでも、誰かを殺すわけでもない。ただ退学になるだけだって……そう思おうとした」
未来の戦争でも、同じ言葉を何度も聞いた。
一人なら仕方ない。
一つの町なら仕方ない。
国を守るためなら仕方ない。
その『仕方ない』が積み重なって、世界は焼けた。
「でも、自白書に報告書も嘘だったと書いてあるのを見て、分かった。井戸まで、また奪われる。僕が怖くて黙ったら、第七街区の人たちが苦しむんだ」
「じゃあ、回収しに来たんじゃないのか?」
「違う。鍵を開けて、全部話すつもりだった」
ニールが顔を上げる。
「本当に、ごめん」
「謝れば済む問題ではないわ」
ヴィオレッタが冷たく告げた。
ニールの顔から血の気が引く。
「あなたはアルトを裏切った。犯人に脅迫されたことも、罪が消える理由にはならない」
「分かっています」
「だから、審問ですべて話しなさい」
「でも、家族が……」
「守るわ」
ニールが目を見開いた。
「ローゼンベルク公爵家の名において、あなたの家族と市民枠の学生を保護する」
「どうして……。僕は、あなたの相棒を陥れようとしたのに」
「恐怖で間違えた人間を切り捨てれば、脅した者の思いどおりになるからよ」
ヴィオレッタは傷痕の残る左手を差し出した。
「罪は自分で償いなさい。ただし、一人で背負う必要はないわ」
少し前までの彼女なら、裏切った相手を決して許さなかっただろう。
けれど今は、信じることを選ぼうとしている。
ニールは泣きそうな顔で、その手を取った。
「……必ず証言します」
「よし。なら、まだ間に合う」
俺が言うと、ヴィオレッタに睨まれた。
「あなたは簡単に許しすぎよ」
「許したんじゃない。やり直せるって言っただけだ」
「本当に、お人好しね」
「放っとく方が気分悪いんだよ」
ニールは持っていた鍵を、机の上に置いた。
「これも、相手から渡された。今夜、自白書を回収したら、旧礼拝堂の告解室へ持ってこいって」
「何時?」
「夜中の十二時」
壁の時計を見る。
十一時二十分。
まだ間に合う。
「犯人が来るかもしれない」
「ええ。グレイ先生へ知らせるわ」
俺が上着を取ると、ヴィオレッタが眉を寄せた。
「アルトは謹慎中でしょう」
「俺の自白書を取りに来るんだ。俺がいないと変だろ」
「危険よ」
「怖いけど、だからって放っておく理由にはならない」
ヴィオレッタは呆れたように息を吐き――俺の上着の襟を整えた。
「絶対に、私のそばを離れないで」
「分かった」
「返事だけは素直ね」
用意された自白書を封筒へ戻す。
署名欄は、空白のまま。
俺たちはそれを持って、真夜中の旧礼拝堂へ向かうことになった。




